第148話 仲間との再会


「止めないか、お前たち!彼は略奪とは関係無いと言っているだろう!」

興奮する邑人たちを押し退け、間に割って入った伯斗が青年の前を塞ぐ。


「それにお前たちこそ、河辺で死んだ兵士から金品を奪い取ったであろう…!お互い様では無いか…!」

更にそう言って怒鳴ると、邑人たちは少しの悪そうな顔をしたが、幾らか落ち着きを取り戻し、皆不満の表情を浮かべつつもやがてその場を去って行った。


「またお会いしましたね、虎淵殿。」

「ああ、貴方は先程の…!お助け頂き、有り難うございます!」

伯斗が微笑を向けると、虎淵は安堵あんどの表情で彼を見上げる。

それから、ゆっくりと後ろを振り返りながら、伯斗が視線を送った先を見るよううながすので、虎淵は眉をひそめつつその視線の先を辿った。


するとそこには、小波さざなみの様に引いて行く邑人たちの間に佇んでいる一人の青年の姿がある。

その姿を認めた瞬間、虎淵は思わず大きく息を呑んだ。


「も、孟徳様…!!」


山並みに沈み行く夕陽に赤く照らし出され、驚きの表情でそこへ立ち尽くしているその美しい顔立ちの青年は、紛れも無く彼が探し求めていた人である。

次の瞬間、弾かれた様に走り出した虎淵は、勢い良く孟徳の体に抱き着いていた。


「孟徳様、孟徳様…!嗚呼ああ、良かった…!きっと、生きていると信じておりました!!」

虎淵は彼の体を思い切り抱き締め、声を震わせて何度も彼の名を呼ぶと、大粒の泪をこぼす。

その抱き締める力が余りに強く、孟徳は息が出来ずに彼の腕の中で藻掻もがいた。


くっ…苦しい…!


虎淵は、はっとして孟徳の肩を掴み、今度はぐいと引き離す。

そして孟徳の首に巻かれた包帯を見詰めて問い掛けた。


「孟徳様、怪我をされているのですか?!その首は…?」

「喉に矢傷を負っていてな、今はまだ声を出す事が出来ぬのだ。」

そう答えながら、伯斗が二人に歩み寄った。


「そ、そんな…大丈夫なのですか?!」

心配そうな顔で見詰める虎淵に、孟徳は苦笑を浮かべながら小さく頷いて見せる。

すると、


「兄様、孟徳…どうかしたのか?」


そこへ戻って来た鈴星が、彼らのただならぬ様子を感じ取り、いぶかしげに近付くと、そこに現れた第三の人物の顔を見上げて二人に問い掛けた。


「あ、貴女は…もしや、鈴星様では?!」

突然、虎淵が驚きの声を上げる。


「!?」


それに驚いたのは孟徳である。


まずい…!虎淵は、鈴星を知っている…!


「あなた…誰?」

鈴星が眉をひそめてその顔をじっと見詰めると、虎淵は苦笑を浮かべ、


「覚えていらっしゃいませんか?僕は、曹家で孟徳様…いや、麗蘭様の従者を……っ」

そこまで言い掛けた時、咄嗟に孟徳が手を伸ばし、虎淵の口を塞いだ。

孟徳は首を強く横に振って、何かを訴え掛けている様だが、虎淵は訳が分からず彼の腕を振り解く。


「も、孟徳様…っ、どうしたんですか?!」

「………!!」

酷く狼狽ろうばいした様子の孟徳に、虎淵は首をひねる。

すると鈴星は目を見張り、


「…虎淵…?そうか、思い出した…!お前は確か、奉先の弟子で麗蘭の従者だった…」

そう言って虎淵の顔をじっと見詰め、その後はっとして孟徳を振り返る。

信じられないと言った表情の鈴星は、唇を震わせ目元を赤くしながら孟徳を見詰め、問い掛けた。


「孟徳…?お前…お前だったのか…?!やっぱり…お前が、麗蘭なのか…?!」


鈴星の顔は見る間に紅潮し、両耳の端まで真っ赤になって行く。


「………っ!」

怒りに震える彼女の瞳を凝視ぎょうしする事が出来ず、孟徳は思わず戸惑った様に視線を足元に落とした。

それを見た鈴星は俯き、握った拳をわなわなと小刻みに震わせる。


「ずっと…ずっと、わらわの事を…だましておったのだな…!」


違う…!鈴星、俺は……!


慌てて顔を上げた孟徳は、必死にそう訴えようとしたが、次の瞬間、真っ赤な顔を上げた鈴星が鋭く彼を睨み付けた。

その瞳には、大粒の泪があふれている。


「お前なんか…お前なんか、大嫌いだ!!」


そう叫ぶと同時に、手に握っていたらしい結んだひもの様な物を孟徳に目掛けて投げ付け、鈴星は彼に背を向けて走り去ろうとした。


「…鈴星…!!」


「?!」


その呼び声に、鈴星は思わず立ち止まった。

咄嗟に口から出たその声は、酷くかすれてはいたが、それでも孟徳は必死に声を絞り出した。


「…お前を、騙す積りでは無かった…!だが、お前を傷付けてしまって…ごめん、許してくれ…」


振り返った鈴星の瞳に溢れた泪が、頬を伝って流れ落ちる。


「…本当に…ごめん…」

目元を赤く染めながら、孟徳は再びそう呟いた。

鈴星は黙ったまま彼を見詰めていたが、やがて泣きながら顔をそむけてその場から走り去ってしまった。


その様子を、虎淵は訳も分からず呆然と見詰め、静かに孟徳に歩み寄った伯斗は、彼の足元に落ちている結ばれた紐を拾い上げた。


それは、彼らを照り付ける夕陽の色を吸い込んだ様な、唐紅からくれない色のかんを結ぶ為のひもである。


「鈴星のやつ…お前の為に、の金でこれを買ったのであろう…」

そう呟き、小さく溜め息をくと、立ち尽くす孟徳の前にそれを差し出した。

孟徳は赤い目でそのひもをじっと見詰めていたが、やがて顔を上げ、


「伯斗殿…色々と、世話になりました…」


そう言って彼に向かって拱手きょうしゅし、力無く肩を落として歩き始める。

伯斗は黙ったまま、立ち去る彼の後ろ姿を見送った。


「あの…孟徳様、僕…何か悪い事を言ったのでしょうか?」

「…いや、気にするな。これで、良かったのだ…」


困惑した顔で問い掛ける虎淵に、孟徳はそう答えたが、彼の表情は浮かないままであった。

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