第135話 反董卓連合


『反董卓連合』の拠点は、河内かだい酸棗さんそう陽翟ようてき魯陽ろようの四箇所に置かれた。

袁本初えんほんしょが陣を置いたのは、雒陽らくようの北岸にある“河内”である。


孟徳は本初の本陣へ向かい、早速そこで彼と面会した。

さぞや呆れ顔で出迎えるであろうと思っていたが、孟徳の前に現れた本初は笑顔を絶やさず、


「弘農王の事は聞いた。残念だか、仕方があるまい。まぁ、そう落ち込む事は無いぞ…!」

そう言って彼の肩を抱いてろうねぎらった。

何だか少し拍子抜けし、その様子を薄気味悪く思いつつ孟徳は本初の顔を見上げ、


劉伯安りゅうはくあん殿の事は、どうなった…?」

と、問い掛けた。

すると本初はやや表情を曇らせ、


「それなのだが…伯安本人から拒絶されてしまってな…どうも、上手く行きそうに無い…」

溜め息混じりにそう答え、自分の顎を掻きながら苦笑する。


本初は、董卓が立てた皇帝に代え、幽州ゆうしゅう大司馬だいしば劉虞りゅうぐを新皇帝として擁立する事を諸侯らに図っていたのである。


やはり、劉伯安は断ったか…

本初の悔しげな横顔を見詰め、孟徳は当然の事だと思った。


それはそうであろう。伯安は、

「皇帝に代わって新皇帝になるなど、忠義にもとる…」

と答え断ったと言うが、その様な計画に乗れば、袁本初に良いように利用されるだけであり、万が一にも連合軍が敗北すれば、偽皇帝と呼ばれ逆賊とされるのは自分なのである。


劉伯安は賢い…“皇帝”になるのは、危険な賭けと言えるであろう…


『孟徳殿…“皇帝”とは一体何だ…?』


そう奉先に問われた事を思い出し、孟徳は眉宇を陰らせ少し考え込んだ。

本初は、暗い顔をしている彼を落ち込んでいると勘違いしたのか、

「孟徳、そう落ち込むな。」

と言って、再び慰める様な口調で彼の肩を強く叩く。


「実は、貴殿きでんには酸棗さんそうへ向かって欲しいのだが、行ってくれるか?」

「酸棗へ?」

「ああ、酸棗に集結した諸侯たちはどうも士気が上がらず、まとまりを欠いているらしい…」


本初の笑顔の理由はそれか…


奥歯にものが挟まった様な、歯切れの悪い口調で語る本初を見詰めながら、孟徳は成程なるほどと納得した。


兗州えんしゅうの西、陳留郡ちんりゅうぐんに位置する酸棗には、劉岱りゅうたい橋瑁きょうぼう袁遺えんい張超ちょうちょう張邈ちょうばく鮑信ほうしんといった諸侯が集結していたが、彼らは刺史や太守などで、ろくに戦闘経験が無い者ばかりであった。


それに引き替え、董卓は常に辺境の地で異民族を相手に戦っていた歴戦の猛者もさであり、彼のもとには、呂布や徐栄じょえい胡軫こしん華雄かゆうといった猛将が名を連ねている。

連合軍側は完全に尻込みをし、彼らは出撃の準備は愚か軍法会議も開かず、毎日酒宴を繰り広げている有り様であった。


「分かった。直ぐに向かおう…!」

孟徳は微笑を浮かべてそう答えると、本初に向かい拱手した。


孟徳が兵を率い、酸棗で挙兵する事を伝え聞いた縁戚の曹氏と夏侯氏から、彼の元へ数名の若者たちがせ参じた。


曹仁そうじん、字は子孝しこう曹洪そうこう、字は子廉しれん夏侯惇かこうとん、字は元譲げんじょう夏侯淵かこうえん、字は妙才みょうさい

彼らは皆、孟徳の従兄弟いとこたちである。


陳留太守である張邈は喜んで彼らを出迎えたが、


「董仲穎は大軍をようしているとはいえ、我々連合軍の方が数ではまさっている。雒陽らくようを東側から包囲しているにも関わらず、誰一人先鋒として出撃しようとはしないのだ…」

董卓を恐れて中々出陣出来ずにいる酸棗の諸侯たちの情けない姿を、溜め息混じりに語る。


張邈と張超は兄弟で、張邈、あざな孟卓もうたくと言う人物の方が兄である。

彼らと比較的年齢の近い、済北相さいほくしょうの鮑信や孟徳らとは知り合った当初から打ち解け、彼らは非常に気が合った。


「臆病者は相手にする必要は無い。我々だけで出陣しようでないか…!」

孟徳はそう言って笑い、ふさぐ孟卓の肩を叩いた。


その頃、南陽郡なんようぐん魯陽ろように布陣していた袁本初の異母弟おとうと袁公路えんこうろが、配下として従軍していた孫文台そんぶんだいを単独で雒陽に向かわせていた。


孫堅そんけん、字を文台ぶんだいと言うこの勇猛果敢な将は、黄巾党の反乱の際、朱儁しゅしゅんに従軍して宛城えんじょう攻略で先陣を切って戦ったあの猛将である。


文台には、まだ十五歳になったばかりの息子がいる。

彼の名は孫策そんさく、字を伯符はくふと言う好奇心旺盛で、父に似て勇猛な少年であった。

文台はこの息子に大いに期待を寄せており、このいくさでは父の戦い振りを見せる絶好の機会と考え共に従軍させていた。


伯符には同じ歳の少年、周瑜しゅうゆ、字を公瑾こうきんと言う義兄弟がいた。

彼もまた文台と伯符に付き従い、初めての戦に参加していた。


孫文台は真っ直ぐに雒陽へ向かい、北上している。

この機を逃さず攻撃を仕掛けるべきだと考えていた孟徳は、張孟卓の配下、衛茲えいじを従え、鮑信、張超らと共に雒陽を目指し進軍を開始した。



「東から曹操軍、南から孫堅軍が攻め込んで来ております!」


その報が雒陽に届くと、直ぐ様軍法会議が開かれ、将軍らが呼び集められた。

軍師の李文優は広い卓の上に地図を広げ、敵の進軍状況を説明し、それから各武将たちに兵の配置を支持した。


「曹操軍は東から直進し、成皋せいこう県の要害を占拠しようと考えているでしょう。徐将軍には兵を率いて滎陽けいよう県まで進軍して頂き、そこで曹操軍の行く手を阻んで貰います。」

そう言って、文優が徐栄に切れ長な目を向けると、徐栄は心得たと強くうなずく。

するとそこへ、


「俺は、曹孟徳のいくさを知ってる。俺が行って、曹操軍を撃破しよう…!」


二人の前へ進み出た奉先がそう主張した。

それに対し、文優は奉先を仰ぎ見ると、


「呂将軍には、汜水関しすいかんを護って貰わねばなりません。胡将軍らと共に、北の袁紹軍に備えて頂きたい。」


と、冷静な口調で答える。

奉先は白地あからさまに不満の表情を向けたが、文優は眉目を動かさず彼を一瞥いちべつした。


胡軫こしん、字を文才ぶんさいという人物は、武勇に優れ勇猛な将であるが、非常に傲慢ごうまんで短気な性格だった為、他の将軍らとの折り合いが悪かった。


その上、さきの一騎討ちで奉先が重傷を負わせた牛毅ぎゅうきは彼の弟分であり、胡軫は特に奉先に対して悪感情を強く抱き、二人の仲は険悪そのものである。

それを知ってか知らずか、文優は彼らを共に戦わせる積りでいるらしい。


奉先は強く歯噛みをしたが、その場は大人しく引き下がった。


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