第128話 砦への潜入

砦にどれだけの兵が潜んでいるのか見当もつかないが、奉先の配下たちは指示通り砦の正面から矢を射掛け、砦の戦力をそちら側へ集中させた。


飛焔を連れた奉先は谷を迂回し、潜入する道を探して砦の反対側へと出た。

途中、山の中で洞穴ほらあなを発見し、飛焔をそこへ引き入れた。


「飛焔、お前は暫く此処で待っていてくれ。」

奉先がそう言うと、飛焔は一度大きく鼻を鳴らし、首を横に振って前脚で地面を激しくく。

置いて行かれる事に不満を抱いているらしい。


「必ず戻るから、大人しくしていろよ。」

奉先は笑いながら飛焔をなだめ、彼のたくましい首筋を撫でた。


洞穴に飛焔と運んで来た荷を残し、腰に宝剣を携えただけの身軽な格好になった奉先は、砦の反対側の崖をよじ登り、砦の塀に取り付いた。

幸い敵兵たちは正面からの攻撃を防ぐ為、裏側には残っていないらしい。

奉先は塀を乗り越え、砦の内側へ素早く飛び降りる。


物陰に身を潜め砦の様子を伺うと、天聖師道の信者たちであろう、白装束の者たちの姿が目に入った。

辺りを警戒しているらしい信者の一人が此方こちらへ近付いて来るのを察知し、奉先は物陰から音も無く背後へ走り寄ると、その信者を羽交はがい締めにした。

「弘農王を何処へ隠した?!吐かねば、首をへし折るぞ…!」


信者から白装束を奪い、それを身にまとって砦の奥へと進む。

弘農王は、砦の地下にある牢へ閉じ込めてあるらしい。

地下へと続く階段を発見し、奉先は慎重にそこを降りて行った。

じめじめとした薄暗い通路を抜けると、僅かな灯りがともされた地下牢がぼんやりと浮かび上がって来る。


仮にも新皇帝とあがめねば成らぬ弘農王を、この様な場所へ閉じ込めるとは…

“皇帝”とは何なのか…彼らにとって、只の道具でしか無い…

そんな事を考えながら牢へ近付き、入口に取り付けられた鍵を剣で破壊し中へ入った。


「…だ、誰?!」

暗がりの中から、問い掛ける声が聞こえる。

「あなたが、弘農王か…?」

奉先は手に宝剣を握り締め、ゆっくりと声のする方へと近付く。

仄かな灯りの下、その姿がぼんやりと浮かんだ。


「……!?」

奉先ははっとして、思わず立ち止まった。


目の前に怯えながらたたずむのは、まだ幼い少年である。

弘農王が若いとは聞いていたが、奉先が彼を見たのは初めての事であった。

その瞬間、彼の脳裏に自分を見上げる、血塗れの童子の顔がよみがえった。


「おじさん…誰?僕を、助けに来てくれたの…?」

少年は震える声でそう問い掛ける。

「…いや、違う。俺は…」


その時、牢の外に人の気配を感じ、奉先は咄嗟とっさに少年の腕を取って入口の近くに身を隠した。


牢の扉が開いている事に気付いた信者が、慌てて中へ入って来る。

振り返ろうとしたその男を、奉先は素手で殴り倒し、再び少年の腕を引っ張って地下牢から脱出した。


「おい、お前…!弘農王を何処へ連れて行く!?」

奉先は信者から奪った白装束を纏っていたが、走る二人の姿を発見し、怪しんだ兵士に呼び止められた。

兵士は剣を抜き放ち、二人に近付いて来る。

立ち止まった奉先は、少年を背後へ押しやりながら、ゆっくりと剣把けんぱに手を掛けた。


「待ちなさい…!」


その時、兵士の背後から現れた白い影が、そう声を掛けた。

その者は全身を白装束で覆っており、わずかに目元だけが覗いている。

声はしわがれ、男とも女とも付かない声色であった。


その背後には、同じ様な白装束を身に纏う、護衛と思われる屈強な男たちの姿がある。

「大人しく陛下を此方へ渡しなさい。そうすれば、見逃してやる…」


その者の姿に少年は怯え、奉先の着物の袖に強くしがみ付く。

奉先は一瞬そちらへ視線を送ったが、再び向き直り、


「陛下?ふっ…囚人の間違いではないか?」

そう言ってふてぶてしく笑い、その人物を睨み付けた。


「貴様、董卓の手の者だな。陛下を暗殺に来たのであろう…!」

「?!」

その言葉に、少年は驚いて奉先を見上げた。


「………」

奉先は黙ったまま、目の前の白い者を睨み据えている。


「さあ、陛下。此方へ来なさい。そいつは、暗殺者なのです…!」

白い者は腕を伸ばし、少年に手招きをする。

彼は戸惑い、どうすれば良いか分からずそこから動く事が出来ないでいる。


「走れ…」

振り向く事無く、奉先が呟いた。

「え…?!」

その言葉は自分に向けられたものなのか咄嗟には判断出来ず、少年は彼を見上げて躊躇ためらった。


「走れっ…!!」


今度はそう叫び、奉先は素早く腰の宝剣を抜き放つと、白い者へ向かって疾風しっぷうの如く迫った。

それと同時に、少年は弾かれた様に反対方向へと走り出す。

奉先の剣刃は、目にも止まらぬ速さで一瞬にして白い者の目前に迫った。


「!?」


白い者は驚きの余りその目を見開き、咄嗟に身を引いてすんでにそれを避けたかに見えた。

が、次の瞬間、顔を覆う布が切り裂かれ、白い布がはらりと舞い落ちる。

その下から現れた顔は、見るも無惨に焼けただれ、醜くおぞましいものであった。


「天華様…!」

護衛の男たちが慌てて彼女の前を塞ぎ、盾となって奉先の次の攻撃を防ぐ。

護衛たちは剣を抜き、一斉に奉先に斬り掛かったが、彼は素早く身を転じて護衛たちの剣を次々に弾き返し、鋭い宝剣で彼らの剣先を破壊し斬り伏せて行った。


「お、おのれ…!その者を捕らえ、八つ裂きにせよ…!!」

天華はれた不気味な声色で、声を限りに叫んだ。


やがて砦の正面を守っていた敵兵たちが異変に気付き、どっと此方へ押し寄せて来る。

奉先は、護衛たちがたじろいだ隙に身をひるがえし、少年の去って行った方向へ向かって走った。

前を走る少年に追い付くと、素早く彼の身体を腕に抱え、砦の塀を駆け上がる。


「逃がしては成らぬ…!射落とせ…!」

天華の叫び声が背後から聞こえ、敵兵たちが放った矢が降り注いで来る。

奉先は立ち止まらず塀の上を走り、少年を抱えたまま砦の外側へ飛び降りた。

飛んで来た矢が奉先の頬を掠め、血が飛び散る。

二人の身体は谷の傾斜へ転がり落ち、そのまま谷底へと姿を消して行った。


「追え、奴らはまだ生きているに違いない…!」

天華は砦の上から谷底を見下ろしながら、その醜い顔を白い布で覆い隠した。



夕刻が迫り、辺りは夕日に赤く染まり始めている。

追跡の兵たちは谷を降りて彼らを探したが、その姿を発見する事は出来なかった。

砦の兵たちも疲弊している。天華は 一先ず彼らの捜索を諦め、一度全部隊を砦へ引き揚げさせた。


「あの者は、何故なにゆえ陛下を殺さず、連れて逃げたのか…?」

天華は砦の塀に佇み、赤い夕日を濁った瞳に映し、小さく呟いた。



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