第121話 董卓暗殺計画


突然、室内へ飛び込んで来た奉先を、部屋の奥に座していた仲穎が怪訝けげんな眼差しで見上げる。

青褪めた奉先は、扉を開け放ったまま、部屋の入り口に立ち尽くしていたが、彼の目に映ったのは今し方まで談笑していたらしい二人の姿であった。


「奉先、何処へ行っていた…?この孟徳が刺客せっかくなら、わしは今頃殺されていたかも知れぬぞ…!」


仲穎はそう言うと、隣に座している曹孟徳に視線を送り、再び大きな声を上げて笑う。

孟徳も仲穎に微笑を向けた後、今度は少し冷めた目付きで奉先を見上げた。


何時いつまで、そこへ突っ立っている積もりだ?お前も此処へ来て座れ…」

孟徳の向かいの座席を指し示し、そちら側の床板を指でとんとんと叩きながら、仲穎が言った。

奉先は少し顔を紅潮させながら、黙って室内へ入ると、言われた通り席へ腰を降ろす。


孟徳はその様子を黙って見詰めていたが、顔を上げた奉先が真っ直ぐに彼の瞳を見詰め返しても、彼はにこりともしなかった。

互いに睨み合う二人の間には、何処どこか険悪な空気が漂っている。


「奉先、孟徳は実に面白い男よ…!」

その空気を破る様に、仲穎が笑って孟徳の肩を強く叩く。

肩を叩かれた孟徳は、その勢いの強さに若干じゃっかん顔を歪めたが、苦笑いを浮かべて仲穎を振り返った。


「相国、実は今日お邪魔したのは…相国にお渡ししたい物があるからです。」

そう言うと、孟徳は持って来た荷を解き、それを仲穎の前へ差し出した。


差し出されたのは、真新まあたらしいさやに収められた一振りの剣である。


仲穎はそれを手に取ると鞘から抜き取り、七色の美しい輝きを燭台しょくだいあかりかざした。

それを見た奉先は、思わず目を見張る。

あの剣は…!


「これは見事な剣だ…!これを、わしに呉れると申すのか?」

「はい、それは" 七星剣 "と呼ばれる宝剣でございます。」

孟徳の声を聞きながら、仲穎は七星剣の輝きに魅了された様にその剣刃を眺めている。


「相国が、私の首をねる時は…是非その剣をお使い下さい。」


そう言って孟徳が拱手すると、仲穎は少し驚きを現して彼を振り返った。

奉先もまた、同時に驚きの顔を向ける。


「それは一体、どういう意味だ、孟徳殿…!?」

思わず声を上げ、問い掛ける奉先に、


「あなたには関係の無い事です、奉先殿…」

孟徳はそう答え、彼を一瞥いちべつする。

二人の様子を見た仲穎は小さく含み笑いを浮かべ、


「…良かろう、それが望みとあらば、必ずこの剣を使うと約束しよう…!」

そう言って剣を鞘へ仕舞った。


「それでは、私はこの辺りで失礼します。」

「待て…!」


孟徳が立ち上がろうとした時、仲穎が鋭く呼び止めた。


「これ程の剣を、ただで貰う訳には行かぬ…奉先、孟徳に馬を一頭見繕みつくろってやれ。」

振り返って奉先にそう命じる。

奉先は拱手し、「承知しました。」と、短く答え素早く立ち上がった。


二人は足早に屋敷を出ると、仲穎の厩舎きゅうしゃがある兵舎へと向かった。

肩を並べて歩く間の二人は終始無言で、言葉を交わす事も無く厩舎へと辿り着いた。


奉先は馬房ばぼうから一頭の馬を引き出して来ると、その馬の手綱を孟徳に差し出す。

孟徳は黙って手綱を取り、その見事な黒い馬の背にまたがった。

馬を進めようとした時、奉先が咄嗟とっさに孟徳の腕を押さえて引き止めた。


「孟徳殿…!あなたは、相国を暗殺する積もりで来たのであろう?だが、失敗すると分かって、咄嗟にあの剣を相国に献上する事を思い付いた…」


「………」

孟徳は黙したまま、険しい表情で彼を見詰める奉先を見下ろしている。


「余計な気を、起こさぬ方が良い…!」

「では、俺を捕らえて、相国の前へ突き出すか…?」


「…西門の警備をゆるめておく。そこからなら、脱出は難しく無い筈である…夜までに雒陽ここを去らねば、俺はあなたを捕らえねばならなくなるだろう…!」


孟徳は暫し目を細めて彼の瞳を見詰めた後、黙って向き直り、手綱をしごいて馬を走らせた。

走り去る孟徳の背を見詰める奉先は、瞳を赤く染めてそれを見送った。



屋敷へ戻り居室へ向かうと、杯を傾けながら彼の帰りを待っている仲穎の姿があった。

仲穎は酒器を卓の上へ置き、鋭く酔眼を上げて奉先を睨む。


「奉先、お前…孟徳がわしを、暗殺しに来たと思ったか…?」


「はい、実は…しかし、思い過ごしだった様です。」

一瞬ひやりと背筋を冷たい物が走ったが、奉先は平静さを装った。


「奴は、暗殺など考えたりはせぬ。だが、この剣を寄越よこしたのは、雒陽らくようを脱出する決断をしたからに違い無い。」

「!?…何故、そうお考えに…?」

奉先は瞠目どうもくし、手にした七星剣を眺める仲穎を見詰めた。

握った拳に汗が湧いて来る。


「奴はな…自分の"負け"を認めたのだ。勝ち目が無い事を悟り、この様な真似を…」


七星剣の怪しい光を瞳に映し、ふんっと鼻で笑う仲穎の言葉の意味は、奉先には理解出来ない。

やがて立ち尽くす奉先に視線を送り、仲穎は彼の前に剣を差し出した。


「この剣は、お前にやろう。捕吏ほりを送って孟徳を捕らえろ。そして、お前が奴の首を取って来るのだ…!」


奉先は一瞬躊躇ためらったが、素早くその場に片膝を突いて、それを受け取った。

かしこまりました…!」



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