第六章 反逆の迅雷と戦火の都

第111話 戦火の追想



駆け抜ける馬蹄ばていが地面を削り、土煙を巻き上げている。

そのうしろから、更に多くの馬蹄の音を轟かせながら、山賊たちが馬を走らせていた。

山間やまあいの狭い山道さんどうを、彼らは馬を飛ばしている。


「この餓鬼!待ちやがれーーー!!」

山賊たちは怒鳴り声をき散らしながら、前を走る騎馬を追う。

騎馬には頭から布を被った人物が乗っているが、小柄な体型から少年の様に見えた。


やがて山道を抜け、開けた場所へ出ると、そこは行き止まりである。

「……!!」

少年は馬の足を止め、そびえる岩肌を見上げた。


背後から山賊たちが追い付いて来る。

彼らは馬を降り、各々武器を手にしながら少年に近付いた。


「もう逃げられねぇぞ!有り金、全部置いて行きやがれ!」

山賊たちは薄笑いを浮かべ、馬上の少年を取り囲み、崖下へと追い詰める。


「くっ…!」

少年は興奮する馬を御しながら、強く歯噛みをした。


その時、山道の脇のくさむらを、風の如く駆け抜ける大きな影が現れ、山賊たちの頭上を飛んだ。


「!?」

その影に驚き、彼らが振り返って頭上を見上げた瞬間、放たれた矢が彼らの腕や肩を貫いた。

「うぎゃ…!!」

矢は先頭に立っていた三人の男たちを同時に射抜く。

更に着地する瞬間にも矢は放たれ、後方の男たち三人も次々に倒れて行った。


腕や肩を射抜かれた男たちはおののき、地面を這って叢へ隠れようとしたが、叢の中から更に別の騎馬が現れ、彼らの前に立ちはだかった。


「詰まらぬ山賊共、さっさと失せろ…!!」


馬上の男は山賊たちを睨み付けると、大声で怒鳴る。

「ひいぃぃ…!いっ命だけは…!」

山賊たちは慌てふためいて、体を引きずりながら全員その場から逃げ去って行った。

馬上の男は少年を振り返り、


「危ない所であったな、怪我は無いか…!?」

と、今度は優しく声を掛けた。


馬から降りた少年は、頭から被った布をそっと取り払う。

その下から流れ落ちる長い黒髪が風になびき、そこには美しい少女の姿が現れた。


「ええ、大丈夫よ。叔父様…!」


少女は満面の笑みで答えると、男の方へと走り寄る。

男は馬から降り、飛び付く少女の体をたくましい腕で受け止めた。


「玲華!再び、このような危険な場所へ来るとは…全くお前は、お転婆てんばな娘だ…!」

そう言いながら、男は少女の頭を優しく撫でた。


「ごめんなさい、でも…どうしても、叔父様に会いたかったの…!」

胸に顔を埋める玲華は、男の体に回した腕でぎゅっと強く抱き着く。

男はふっと笑うと、


「お前が会いたかったのは、本当にこのわしか…?」

と、少し意地悪な口調で問い掛ける。


「お、叔父様…!」

顔を上げた玲華の頬は、たちまち赤く染まった。



「玲華殿!!」



背後から呼び掛けるその声にドキリとして、玲華は思わず肩をすくめる。

振り返ると、そこには弓を片手に歩み寄る、愛おしい青年の姿があった。

山賊たちに馬で頭上から矢を放ったのは彼である。


「久しぶりだな、玲華殿…元気だったか?」

彼は目を細め、優しい瞳で彼女を見詰めている。


「奉先…」


玲華が小さく呟いた時、山道の方から大声で、

「お嬢様ーーー!!」

と叫びながら、こちらへ走って来る集団があった。


「みんな…!無事だったのね!」

玲華は振り返り、彼らの方へと走って行く。


「自ら山賊たちのおとりになるなんて…!私共がどれだけ心配したか、分かりますか!?」

大きな荷を背負った従者の青年は、そう言って玲華を叱り付けた。

「ご、ごめんなさい…かん…!」

思わず玲華は苦笑し、彼に謝る。


「はぁ…全くお嬢様ときたら…」

その後、"貫"と呼ばれたその青年は、急に力が抜けた様にその場にへたり込んでしまった。



玲華と旅の一行は、丁建陽ていけんようの陣営へ案内された。

建陽は董卓支配下の雒陽を離れ、郊外に野営地を築きそこに駐屯している。


「逆賊董卓に屈する事無く、父上は漢王朝の為に戦っておられる。狭い所で窮屈きゅうくつであろうが、我慢してくれ…」

奉先は玲華と従者たちを宿舎へと案内し、荷を解く彼らに語り掛けた。


「大丈夫よ、心配しないで。それにしても驚いた!あの山賊たちを、同時に三人も倒すなんて…一体、どうやったの?」

不思議そうな顔で問い掛ける玲華に、


「はははっ!簡単な事だ。矢を三本同時に放ち、三人に当てる。」


奉先は笑って弓矢を射る格好をして見せた。

玲華は益々不思議そうな顔になり、呆気に取られた様子で彼を見上げている。

その二人を、脇で荷物を片付けながら、従者の貫が眉をひそめて見ていた。


「それでは、玲華殿。何か困った事があれば、何でも言ってくれ。」

そう言って玲華に笑顔を投げ掛けると、奉先は幕舎ばくしゃの入り口から出て行く。


「お嬢様、冗談に決まってますよ。矢を三本も同時に射るなんて、出来っこ有りません。我々を揶揄からかっているんですよ。」

立ち尽くしている玲華を見上げた貫は、呆れた口調でそう言ったが、玲華は去って行く奉先の後ろ姿に向かって、黙って微笑んだ。



「丁将軍…!!」


夕刻が迫り、大地に赤々と夕日が照り反される頃、偵察へ出ていた兵士が帰還し、慌てた様子で建陽の幕舎へ報告に訪れた。


「雒陽より、董卓配下の牛毅ぎゅうき率いる討伐軍が発せられました!その数、凡そ二千…!」

額に汗しながら報告する兵の言葉を、建陽は冷静に座したまま聞いている。


「慌てるな、直ぐに部隊を編成する。将を呼び集めよ…!」

建陽は素早く立ち上がると、側近たちを振り返り、彼らに指示を言い渡す。

それから鋭く眼光を光らせ、やや口角を上げながら呟いた。


仲穎ちゅうえいめ、そろそろしびれを切らしておるな…我々を一気に揉み潰しに掛かったか…」



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