第89話 忠誠心の厚い男


東門では、城壁に梯子はしごを掛けさせ、建陽の兵たちが攻城戦を開始している。

兵を指揮している義父の元へ、奉先が走り寄った。


「父上、城の中に篭っているのは、黒山の賊徒では無いようです。」

「ああ、どうもそうらしい。わしたちは互いに、嘘の情報を与えられていた様だ…!」


始めからこの命令を怪しんでいた建陽は、奉先に強く頷きながら城壁の上を見上げた。


「だが、我々も大将軍の命には従わねば成らぬ。止むを得ぬ、このまま城に火を放つしか無い…!」

苦渋くじゅうの決断を迫られた建陽は、強く歯噛みをした。


「西門を守る将は、気骨の有りそうな若者でした。彼は決して降伏しないでしょうが、彼を捕らえる事が出来れば、援軍も望めぬこの状況に、残りの兵たちは逃げ出すと思われます。」


「成る程、それは良い。では、その者に一騎討ちを仕掛けてはどうだ?お前なら、生け捕りに出来るのでは無いか?」

白い歯を見せながら振り返る建陽に、多少の驚きを見せた奉先だが、直ぐに強く頷き拱手した。


「分かりました。やってみます…!」


再び西門へと舞い戻った奉先は、城壁の上に先程の若い将を見付けると、早速、彼に向かって大声で呼び掛けた。


「俺は丁将軍の配下、呂奉先と申す。貴殿きでんは勇猛な将であるとお見受けした。一騎討ちを所望しょもうしたい!」


すると男は、怪訝けげんな表情で身を乗り出し、奉先を一瞥すると、


「馬鹿め、俺をおびき出そうとしても無駄だ。その様な挑発には乗らぬぞ!」

と言い返す。


「このまま城に篭れば火を掛けられ、全員城と共に焼け落ちる事になるぞ。だがもし、一騎討ちで俺をたおす事が出来れば、兵を引き包囲を解くと約束しよう!」


その言葉に、敵兵たちから響動どよめきが上がった。

既に東門では戦闘が始まっており、陥落するのは時間の問題である。

この状況下で、一騎討ちに勝利すれば彼らを追い払う事が出来ると言うのは、悪い話では無い。


周りの兵たちは彼をすがる様な眼差しで見ている。

若い指揮官は暫し黙考したが、やがて決断し、城壁の上から再び答えた。


「良し、受けて立とう…!だが、そちらも約束は必ず守れよ!」


「心配は無い。」

奉先は兵たちを振り返り、包囲を解いて数里すうり程後退するよう指示を出す。

取り囲んでいた兵たちは数里 退がって、そこから様子を伺う形を取った。


やがて西門が開くと、先程の将が馬に跨がって姿を現した。

彼は柄の長いげきを手に、颯爽さっそうと駆け出すと、少し離れた場所から奉先に対峙して馬を止める。


「俺は、高士恭こうしきょうと申す。いざ、尋常に勝負だ!」


彼は大声でそう名乗りを上げ、戟を構えて馬を走らせた。

それに合わせて奉先も腰の剣を抜き、馬を走らせる。


擦れ違い様に、士恭は素早く戟を突き出し奉先の胸を狙った。

互いの武器が衝突した瞬間、激しい火花が飛び散る。

奉先の剣は戟の刃を受け止め、強く弾き返した。


士恭は巧みに片腕で手綱をさばきながら馬首を返し、戟を構え直すと、再び奉先へ向かって走り出す。

奉先も馬首をめぐらせ、馬上で剣を構えた。


馬を走らせながら、戟の柄を両手で掴んだ士恭は、今度は連続した突きを繰り出す。

その素早い攻撃を奉先は馬上で上体を反らしながら巧みにかわしたが、回転させたえん(横に突き出た刃)が首筋をかすめると、肩に掛かる後ろ髪が切断され、はらりと地面に舞い落ちる。


奉先が首筋に手を当てると、僅かに切れた傷口から血が流れ出ていた。

手を開いてそれを確認した後、奉先は目を上げ、ふっと口の端を上げて笑った。


それを見た士恭は一瞬、怪訝な様子で眉を寄せたが、やがてそれは憤然とした表情に変わり、奉先を鋭く睨み付けた。

士恭は奉先が自分を嘲笑あざわらっていると受け止めた様であったが、実際はそうでは無い。


これ程の相手と対峙するのは久々である、と奉先は感じていた。


建陽と戦った時は、本気で死を覚悟したが、あの時の絶望感とはまた違った感覚である。

上手く言い表せないが、何か手応えの様な物を感じる。相手にとって不足は無し、といった所であろうか。

それが自然と笑いとなって、表情に現れたのである。


二人は再び激突し、数合に渡って打ち合う。


建陽の兵士たちは皆、固唾かたずんで後方からその様子を見守っている。

城の敵兵たちも同様に、城壁の上から身を乗り出して、二人の様子を見ていた。


士恭は戟で鋭い突きを何度も繰り出すが、その攻撃はことごとく躱される。

奉先は既に彼の攻撃を見切っており、迫り来る鋭い刃を剣で弾き返す。

やがて士恭の息は上がり、攻撃の速度は遅くなった。


その一瞬の隙を突き、咄嗟に奉先は右手で士恭の戟の柄を掴み取ると、片腕でがっしりと挟んで剣を振り下ろし、長い柄を真っ二つに切断した。


「!!」


声を失い呆気に取られる士恭を、奉先は遂に馬から引き擦り降ろした。


日が傾き始め、夕日が大地を赤く照らす頃、西門から降伏した兵士たちが次々に出て来た。

縄を掛けられた士恭は深く項垂うなだれ、奉先の足元にひざまづいている。

やがて全ての兵が追い出されると、城に火が掛けられた。


その炎は天を焦がす程に高く火柱を上げ、夜空に煌々こうこうと明るく照らし出された。

燃え盛る孟津の炎は、凡そ六十里(約25km)離れた雒陽からも確認出来る程であり、それを見た何太后は大いに恐れたが、結局、宦官たちを排除する決断には到らなかった。


行き場を失った兵士や将たちは、その殆どが建陽の部隊に組み込まれる事となったが、数名の将たちは降伏を拒み、いさぎよく斬首される事を望んだ。

そんな中に、あの高士恭の姿もあった。


「俺は敵に寝返る気など無い…!御託ごたくを並べず、さっさと首を斬れ! 」

彼はそう言って、頑として折れる態度を見せない。


士恭は武術の腕前に秀でているだけで無く、気骨が有り忠誠心も厚い。

実際に彼と戦った奉先には、その能力の高さが良く分かった。

これ程の将と巡り会う事も、そう滅多に有るとは思えない。

奉先は義父、建陽に彼を殺すのは惜しいと必死になって訴え、斬首を思いとどまらせた。


「俺たちは敵同士では無い。互いに、大将軍の命に従おうとしたまでである。お前の才は、この様な所で捨てるべきでは無いであろう…!」


奉先は士恭の肩を強く叩き、彼の赤い目を真っ直ぐに見詰めた。

士恭の目から溢れた、大粒の涙が頬を流れ落ちる。


暫し顔を伏せてむせび泣いた彼は、やがて顔を上げ、晴れやかな表情で奉先を見詰め返した。

自分をそれ程高く評価してくれた人物は、今までに居なかった。


高順こうじゅん、字を士恭と言うこの青年はこの時、奉先に対して一生の忠誠を誓ったのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます