第79話 謎の男


武器を持った盗賊たちが一斉に男に斬り掛かったが、彼は素早く身を転じて攻撃をかわし、目にも止まらぬ速さで彼らの武器を弾きながら、次々と盗賊たちを打ち倒して行く。


その様子に度肝を抜かれ、玲華の体を抱えていた男は呆気あっけに取られていた。

玲華はその隙を逃さず、思い切り頭突きを繰り出し、男の顔面を殴打すると掴んだ腕を振り解く。


「奉先…!!」


玲華はそう叫んで、足元の剣を拾い上げると彼に走り寄ろうとした。


「玲華殿、来るな!こいつらは、俺が食い止める!今の内に逃げろ!」


敵の返り血を浴び、振り返った奉先は、悪鬼の如く鋭い眼差しで玲華を睨みそう怒鳴った。

その勢いに、玲華は思わずたじろぎ、急いで彼に頷くときびすを返して、叢の中を走り出した。


玲華の後を追い掛けようと、盗賊たちも叢の方へ走り出す。

が、その前に奉先が飛び出し行く手を阻む。

そして、血濡れた剣を素早くひらめかせて、男たちに斬り掛かった。



盗賊の残党らは、逃げる旅集団の後を追って街道を走っていた。

やがて前方を川にさえぎられた車馬と従者たちは、逃げ場を失い立ち往生してしまった。


後方からは盗賊らが迫り、彼らは完全に追い詰められた。

盗賊たちは馬から降りると、皆手に武器を構え、勝ち誇った様に笑いながら、ゆっくりと彼らに近付いて来る。


その時、山の斜面の上から放たれた矢が、盗賊の一人を貫いた。

「!?」

驚いて振り向き斜面の上を見ると、いつの間にか弓矢を構えた兵士たちが、ずらりとそこへ連なっている。


「な、なんだって…!?」

それを見た盗賊たちは皆震え上がり、我先にと自分の馬にまたがると、一目散に逃げ去って行った。


やがて林を抜けて街道へ出た玲華が、仲間たちの姿を発見して走り寄った。

「お嬢様!よくぞご無事で…!」

年長の従者は目に涙を浮かべて、玲華に走り寄る。


「あたしの我がままで、みんなを危険にさらしてしまったわ…!ごめんなさい!」

玲華はそう言って、溢れる涙を拭った。


「彼らのお陰で、助かりました!」

従者がそう言って後ろを振り返ると、後方から武装した集団が姿を現した。


「あ…あなたたちは…!!」


玲華は彼らを、驚きの表情で見上げた。




逃げる盗賊の残党を追い掛け、奉先は一気に斬り伏せた。

叢の中には、十数名の盗賊たちがむくろと成り果て、倒れている。


奉先は額の汗を拭うと、乱れた呼吸を整えたが、その後、苦痛に顔を歪めた。

脇腹の傷口が開き、再び流血している。


傷口を押さえながら、奉先は玲華の姿を探して走った。


暫く走ると前方に人影が見え、奉先は咄嗟に近くの木に身を潜めると、そこから様子を伺う。

その人影は一人で、恐らく誰かを探している様子だ。


まだ残党が居たか…


奉先は剣把けんぱを強く握り締め、敵が射程距離に近付くのをじっと待った。

やがて、敵の足音は直ぐ背後にまで接近した。


次の瞬間、素早く木の陰から飛び出し、そこに立つ人影を一閃いっせんで斬り裂く。

だが、奉先の剣は舞い落ちたの葉を真っ二つに切断したのみで、人影は素早く身をひるがえし、後方へ退いていた。


奉先は素早く間合いを詰めて、再び敵に剣を突き出す。

敵は、打ち出される剣刃を弾き返し、巧みに攻撃を躱した。

一瞬の隙をき、長い剣で奉先の首筋を狙ってやいばを突き出した。


奉先はそれをすんでに避け、体を回転させながら後方へ跳び退り、敵との距離を置く。

相手も数歩下がって、奉先に対峙たいじした。


こいつ、強い…!他の者とは段違いではないか…!


奉先は額に汗を浮かべて瞠目し、目の前に立ちはだかる大男を見上げた。


男は、壮年を少し過ぎた頃であろうか。

びんから顎髭あごひげにかけて、伸びた無精髭ぶしょうひげを生やし、乱れた野性的な髪には白色が混ざっている。

堂々たる体躯たいくの持ち主で、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした男である。


「貴様、盗賊の癖に…随分と良い剣術の腕前ではないか…!」


そう叫んだのは、男の方である。


こいつ…何を言っている…?

奉先は訝しげに眉をひそめて、男を睨んだ。


「その技、暗殺剣か…貴様、刺客だな…!しかも、手負いの様だ…」

男はそう言うと、鋭く奉先を睨み付ける。

奉先の足元には血痕けっこんが付いている。彼は脇腹を押さえて顔を歪めた。


「次の一撃で、楽にしてやる…!」


言うが早いか、男は地を蹴って奉先に斬り掛かる。

奉先も素早く剣をひるがえし、男の攻撃を剣で弾き返した。


打ち出される男の攻撃は素早いだけではなく、正確で迫力がすさまじい。

更に襲い来るその攻撃を剣で受ける度、衝撃が腕に伝わって来た。

剣を握っているのもやっとな程である。

奉先は反撃の隙を伺ったが、次の瞬間、それより先に何と奉先の剣が真っ二つに折れてしまった。


将軍から貰った宝剣は、虎淵との戦いの時に失っていた。

その剣は近くのむらで手に入れた、安価なものである。


奉先は刃先はさきの折れた剣を、地面に投げ捨てた。


斬られる…!


心臓の鼓動が大きく高鳴った。

今まで幾度と無く敵を斬り伏せて来た。

遂に、自分にその番が回って来ただけの事である。


因果応報いんがおうほうという言葉を聞いた事があった…

奉先は瞬時にそう思い、覚悟を決めた。


男の剣は、奉先の心臓を狙って放たれた。



「やめてっ!!」



突然、悲鳴にも似た叫び声が響き渡り、その場の空気が固まった。

男の剣先は、奉先の胸の前で止まっている。


「二人とも、何をしているのよ…!?」


両目に溢れる涙を浮かべた玲華が、そこに立ち尽くしていた。


「玲華…!」

「玲華殿…!」


二人は同時に叫び、次に同時に互いの顔を見合わせる。


「叔父様!!」

玲華は叫んで男の腕に飛び込み、肩を震わせて泣いた。


この人が、玲華殿の…!

奉先は呆気に取られて、二人の姿を見詰める。

やがて顔を上げた玲華は、振り返って奉先を見上げると、そっと彼に歩み寄った。


「奉先…」

そう小さく呟くと、次の瞬間、彼の胸に抱き付いた。


「もう、会えないかと思った…!」


玲華は腕に力を込めて、彼の体を強く抱き締める。

「れ、玲華殿…すまぬ…」

奉先は思わず狼狽うろたえながら、自分の胸に顔をうずめ、泣きじゃくる玲華を見下ろした。


「おい、もう良かろう…!」


呆れた表情で二人を見ていた男は、玲華の肩を掴んで自分の方へ引き寄せる。


「奉先、血が…!」

玲華は彼の脇腹から、再び血が流れている事に気付いた。

「大丈夫だ…」

そう言って、奉先は傷口を手で押さえる。


「貸してみろ!」

男が歩み寄り、奉先を木の側へ座らせると、自分の着物の袖を引き千切ちぎって彼の体に巻き付け、傷口を強く縛った。

玲華が彼に肩を貸して立ち上がらせようとしたが、男が素早くそれを制し、奉先の腕を取って自分の肩に掴まらせた。


「仲間を呼んで来るから、待ってて…!」

そう言って、玲華は先に走って行った。


男は奉先の体を支えて歩きながら、彼に横目で視線を送った。


「まだ、名乗っていなかったな…わしは、并州へいしゅう刺史ししてい建陽けんようと言う者だ。お前は? 」


男の態度は憮然ぶぜんとしたものだが、声の響きには誠実さと力強さが宿っている。


「俺は、奉先…呂奉先と申します。」


奉先は男のたくましい横顔を見詰めながら、淀み無い口調で返事を返した。

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