第78話 旅の集団


「本当だ!見たんだよ、女を…それも絶世ぜっせいの美女だぜ…!」

「馬鹿な事を言うんじゃねえ!この御時世ごじせいに、女が旅なんてしてる訳がえだろう!」

「しかも絶世の美女だと?笑わせるな!女に飢えて、まぼろしでも見たんじゃないのか?」


男たちは卓を囲み、「わっはっは!」と大きな笑い声を上げて男をののしった。

笑われた男は、不満げに腕を組んで椅子に座り込む。


「あの女をさらえば、かしらが喜ぶに違い無えってのに…!」

男が溜め息混じりに呟くと、隣に座っていた髭面ひげづらの大男が彼の肩を叩いた。


「良し、そんなに言うなら物は試しだ!その旅集団を追ってみようではないか…!」

その男の一言で、他の者たちも興味をかれたらしく、次々に参加に名乗りを上げる。

宿の一階にある広い食堂で、その無頼漢ぶらいかんたちは、仲間を募り旅集団を襲う計画をささやき合っていた。

 

食堂の片隅で、男たちの声を黙って聞いている者がある。

「………」 

奉先は椀のあつもの(スープ)を飲み干すと、空の椀を卓の上に強く叩き付ける様にして置いた。


一日半歩いて、この小さな城邑じょうゆうへ辿り着いた奉先は、むらの者に教えられて、この宿へやって来た。


奴らが話していたのは、玲華れいか殿の事では無いだろうか…


宿の一室へ通され、その部屋で荷を解いた奉先は、先程の男たちの会話を思い起こした。

玲華たちは、昨日の朝には野営地を払って、叔父の居る戦場へ向かっている筈である。

彼らが追い掛けた所で、今更追い付くのは難しいであろう。

だが、何も言わずに出て来てしまった。


もし、俺が戻るのを待っていたとしたら…

そう考えると彼女らの事が心配になった。が、今から引き返すのは、余りにも時間が掛かり過ぎる。


一刻も早く、義兄上あにうえの元へ戻らねば…


奉先は着物を脱ぎ、桶に注いだ水で、塞がり掛けている脇腹の傷を洗った。




山間やまあいの街道から少し離れた場所にある野営地には、十から二十人の少数団が野営をしている。

彼らはあれから、もう二日もその場から動いていない。


「お嬢様、そろそろ移動した方が宜しいのでは…?」

従者の一人が、黙々と馬の毛並みを刷毛はけ(ブラシ)で整えている、少女の背後からそう声を掛けた。


「あの男は、逃げたのですよ…!きっとやましい事があったに違いありません。待っていても無駄です!」

かなりの年長で、顎髭あごひげに白い物が混じった従者はやや語気を荒げ、彼女に言い聞かせる様に言った。


顔を上げた玲華は振り返って、少し目に険しさを現しながらも悲しげに答えた。


「あと一日、あと一日だけ待って…!そうしたら、もう行くから…」


玲華の黒い瞳は、潤んで揺れている様に見える。

従者は深い溜め息をくと、首を左右に振りながらきびすを返し、その場を離れて行った。


出発の日の朝、玲華が急いで奉先の幕舎へ向かい、入り口の幔幕を開いて中へ入ると、既に彼の姿は消えていた。

仲間たちと手分けをして、辺りを探したが何処にも見当たらなかった。


従者たちは皆、彼は逃げたのだと断言して出発の準備を整えたが、玲華は彼らを説得し、暫くそこへ留まる事を承諾しょうだくさせた。


その日の午後、偵察に出ていた仲間が馬でせ帰り、焦燥しょうそうした様子で玲華の元へ向かった。

「盗賊です!もう、近くまで来ています。直ぐに此処を離れましょう…!」


従者たちは驚き、あたふたと出発の準備を始める。

玲華も止むを得ないと決断し、仲間たちと共に出発の準備を急いだ。


彼らは、荷を引く車馬しゃばと護衛の騎馬たちと共に、街道をひた走った。

長い外套がいとうを羽織った玲華は、頭に被った布で髪を覆い隠すと、武装して馬にまたがり、他の護衛たちと共に後方で敵の襲来に備える。


やがて、遥か後方の山に黄色い砂塵さじんが立ち昇るのが見えた。

近付く馬蹄ばていの音が、次第に大きくなって行く。


「急いで…!」

玲華は仲間たちを励まし、速度を上げさせた。


だが、盗賊たちは見る間に彼らの集団に接近して来る。

逃げ切れそうに無いと判断した玲華は、護衛たちの馬を停止させ、襲い来る盗賊団を迎え撃つ構えを取った。


それを見た盗賊たちの先頭を行く男は不敵に笑い、仲間を振り返って大声たいせいを上げた。

「掛かれーーー!!」


玲華は剣を抜き放ち、果敢に盗賊たちに斬り掛かる。

戦闘が始まった。盗賊たちと護衛たちが入り乱れて、乱戦になる。


盗賊の一人が、玲華にげきを突き出し、それをかわそうとした玲華の頭に被った布を切り裂いた。

途端に玲華の長い黒髪がほどけ、肩から滑り落ちる。


それを見た男たちは瞠目どうもくし、直ぐに玲華に殺到した。

「見ろ!俺の言った通りだろう!」

男の一人が嬉しげに彼女を指差しながら叫ぶと、周りの盗賊たちは皆、「おおーーー!」と歓喜の声を上げる。


「お嬢様!お逃げ下さい!」

護衛が叫んで玲華を振り返った時、彼の肩を槍が突いた。


護衛は馬からどさりと転げ落ち、他の護衛たちも盗賊の多さに苦戦しながら、また一人と馬から落とされて行く。

玲華は背後から長い外套を掴まれ、馬から引きり降ろされた。


「きゃあ!」

地面に転がり落ちた玲華は、外套を脱ぎ捨て直ぐに立ち上がると、走って近くの林へ逃げ込んだ。


「おい!女に傷を付けるんじゃねえぞ…!追え!」

数人の盗賊たちは馬を降り、玲華の後を追い掛けて、次々と林へ飛び込んで行った。


「はぁ!はぁ…!」


玲華は林の中を、息を切らせながら走った。

やぶの中へ駆け入り、剣を胸元に構え、身を潜めて息を殺す。


彼女の目の前を盗賊たちが走り抜けたが、彼らは玲華の姿を見失い、辺りを捜索し始めた。


「お嬢ちゃん、出ておいでー!大丈夫だ、怪我をさせたりはしないよぅ…!」

いかつい盗賊の男が、猫撫ねこなで声で辺りに呼び掛ける。

「止せよ!逆に気味悪がって、出て来ねぇじゃねえか!」

仲間がその男の背中をど突く。


玲華は彼らの様子を息を殺して見ていたが、その時、何者かの腕が背後から伸び、一気に彼女の体を抱きかかえた。

「捕まえた!!」


「きゃああーーっ!」


玲華の悲鳴が辺りに響き、仲間たちが走り寄る。

男に抱えられ、茂みから連れ出された玲華は、足をばたつかせて足掻あがいている。


「でかしたぞ!ほう、確かにこいつは美人だ!かしらさぞかし喜ぶに違い無え…!」

そう言うと髭面の男は、手で玲華のあごを掴んで持ち上げる。


さわらないで…!!」


玲華は男を睨み、足で蹴り上げようとしたが、男は素早く玲華の足を掴み取り、両足の動きを封じる。

盗賊たちは玲華を取り囲み、皆 めるような視線で「げへへっ」と薄気味悪い声で笑い、彼女を見下ろしている。


と、その時、突然 くさむらの中から黒い影が飛び出し、男たちの背後へ素早く近付くと、振り向く間も無く背中から斬り付け、盗賊たちは次々にその場へ崩れ落ちて行った。


「ひいいっ…!!」

残った盗賊たちは慌てて武器を取り、その影を目で追った。

そこには、左手に血塗られた剣を握り、彼らを鋭く睨み付けている長身の男の姿がある。


「き…貴様、何者だ…!?」

剣や戟を構えた男たちは、狼狽うろたえながら男に問い掛けた。


「そのを放せ…!」


男は彼らに切っ先を向け、低くうなる様な声で怒鳴り付ける。

彼の姿に目を見張り、玲華は思わず大きく息をんだ。

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