第三章 黄巾の反乱と漢王朝の衰退

第54話 蒼天已死


曹孟徳そうもうとくは再び、雒陽らくようの城門の前に立っていた。

振り返ると、遥かに雄大な北邙山ほくぼうざんが望める。


「師匠…俺はまた、此処へ戻って参りました…」


孟徳は、遠く霧に霞んで見える美しい山々を眺めながら、目を細め呟いた。


頓丘とんきゅうに赴任した孟徳は、そこで県令として職務をこなしていたが、一年も経たずに罷免ひめんされてしまった。

その理由は、宦官たちの讒言ざんげんにより、皇后を廃された宋氏そうしが、従姉妹いとこの夫と同族であった為、それに連座する形となったのである。


自身に過失があった訳では無いが、遠い親族の者にまで罪が及ぶとは、世知辛せちがらい世である…と孟徳はつくづく実感した。


その後、一度、故郷くにへ戻ったが、故事に明るい者を必要とした朝廷は、孟徳を議郎ぎろうに任命し、再びこの雒陽へ呼び戻したのである。


正直な所、官職に就く事に不信感を抱いていただけに、再び中央へ行くのは気が進まなかったが、"議郎"とは、光禄勲こうろくくんの属官で、皇帝の側近である。

皇帝に助言、上奏じょうそう出来る立場となれる為、孟徳は拝命する事にした。


黄色い砂塵さじんが吹き抜け、それに運ばれた黄色い布切れが、孟徳の足に絡み付いた。

それを手に取り開いて見ると、そこには朱墨しゅずみで文字が書かれている。


遂に、此処まで来たか…


孟徳は目を上げ、手から離れた布切れは、再び風に乗って蒼天の彼方へと舞い上がった。



"蒼天已死 黄天當立 歳在甲子 天下大吉"


蒼天そうてんすでに死す 黄天こうてんまさに立つべし 歳は甲子こうしにありて 天下大吉ならん》



布に記されていたのは、その文字である。


雒陽へ来るまでの道々、通り掛かった村やさとで、白墨はくぼく(チョーク)で役所の門等に、"甲子"の文字が書かれているのを幾度か目にした。 

                         

冀州きしゅう鉅鹿きょろく張角ちょうかくという者があり、『太平道たいへいどう』と呼ばれる道教を民衆に広めていた。


張角は、自らを大賢良師たいけんりょうしと称し、信者たちに符水ふすいを飲ませる等して治病ちびょうを行い、病を癒したとされる。

そうして人々の信仰を集め、太平道はやがて数十万人もの信者をようするまでになった。


太平道は、表向きは善道を説き、道教としての色を濃くしていたが、内部では軍事組織を作り上げ、信者たちが結託して、武装蜂起を企てていた。

地方では、役人と信者たちの衝突が度々起こってはいたが、この時点ではまだ、朝廷を牛耳る宦官たちには、事の重大性が認識出来なかったと言える。


しかし、漢王朝崩壊の足音は、確実に近付きつつあった。



議郎を拝命した孟徳は、意欲的に皇帝に上奏を行った。


先ずは、朝廷に巣食すく魑魅ちみ魍魎もうりょうたちを、皇帝の周りから排除せねばならない。

孟徳の見た所、皇帝は壮年に差し掛かったばかりでまだ若いとは言え、決して愚鈍ぐどんな皇帝では無い。

それどころか、慈悲深く、人の意見を聞く耳も持っている善良な人物であった。


しかし宦官たちは、その皇帝の耳目じもくを完全に塞いでしまっており、特に皇帝は、宦官に対して絶大な信頼を寄せている為、その認識を覆すのは難しい。

邪悪な者が蔓延はびこり、善良な者がしいたげられている現実を幾ら訴えても、皇帝は理解を示す事は無かった。


結果、二度の上奏を行ったが、朝廷に根付いた病巣は最早、簡単には取り払う事が出来ない状態であり、孟徳は己の無力さにさいなまれるばかりであった。



「あの、白面郎はくめんろうが…生意気に皇帝に上奏などしおって…!」

宦官、蹇碩けんせきは、忌々ましく孟徳の書いた書簡を握り潰し、床へ投げ捨てた。


橋公祖きょうこうそは既にこの世に亡く、後ろ盾を失った今では、好き勝手には振る舞えぬ…ようやく、我々の恐ろしさを身に染みて感じておる頃であろう…」

中常侍ちゅうじょうじの筆頭格とも言える張譲ちょうじょうは、薄ら笑いを浮かべながらその様子を見ていた。


「今度こそ、あの小僧を始末したい…!良い策は無いか…?」

「最近では、書庫にこもって、書物ばかり読んでいると聞く…最早、気に掛ける事も無かろう。」

息巻く蹇碩をなだめる様に、張譲は静かに答えた。


「それより、太平道の者が動き始めている…今はそちらの方が重大である。我々も足をすくわれぬ様、用心せねばなるまい。いざとなれば、曹孟徳は死地へ追いやってしまえば良い…」


「うむ…」

張譲の言葉に、蹇碩も納得したのか、渋い顔のままだが小さく頷いた。



孟徳は、書庫にある大量の書物を整理する役目を買って出た。

宮中を出入りする、悪官や汚吏おりたちと顔を付き合わせるより、書に没頭している方が余程ましである。

出仕しては直ぐに書庫へ篭って、殆ど誰とも顔を合わせず会話する事も無かった。


その頃、孟徳は曹家に従事じゅうじしている数名の若者たちに、呂興将軍の食邑しょくゆうを探らせていた。


奉先は、暫く将軍の刺客として働いていた様であるが、ある時、将軍の怒りを買い、牢へ閉じ込められた。

一度は牢から脱出したが、身代わりとなった男が処刑される事となり、男を助ける為、再び将軍の元へ戻ったという事である。


だが、その後、将軍のそばから奉先の姿は消え、その足取りは掴めなくなった。


一体…今、何処にいるのであろうか…

俺が迎えに行くまで、何があっても死ぬなよ…!


雒陽城の楼門ろうもんから、美しく広がる赤い夕焼けを眺めながら、孟徳は遠い友に思いを馳せた。



そんな孟徳の元へ、ある日珍しく訪問客が現れた。


「あなたが、曹孟徳殿か?」


背の高い、立派な顎髭を生やしたその壮年の男性は、書庫の入り口に立ち、柔らかい声で書に目を通している孟徳に呼び掛けた。

多少、わずらわしい目つきであったが、孟徳は振り返り、男の方へ体を向けて軽く挨拶をした。


「何か、ご用でしょうか…?」

「皇帝に、二度も上奏を行った若者がいると聞き、会ってみたくなったのでな…わしは、王子師おうししと申す。…あなたの敵では無い。」 


孟徳の目は、常に敵か味方かを探っている様である。

男はそう言って、目元に微笑を浮かべ、孟徳を見詰めた。


「ああ、あなたが、王先生でしたか…!」

孟徳は僅かだが、その目から険しさを取り除いて、男を改めて見上げた。


王允おういんあざな子師ししと言うその人物は、昔、名高い儒者である郭泰かくたいから、「一日に千里を走り、王佐の才である」と称賛されたと言われる。


長い顎髭は、駿馬のたてがみの如く整えられ、清潔感のある着衣には皺の一つも無い。

丁寧に結んだ髪から、後れ毛の一本も垂らしてはおらず、清廉せいれんで実直な人であるのは間違いないが、何処かかたい印象である。


何となく、孟徳は橋公祖の姿を重ねてみたが、やはり人格的には彼に及ぶ者はいないであろう。


王子師は、その後も度々孟徳を訪ねては、書庫で世間話などをして行った。

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