第47話 管狼と李月



翌日早朝、奉先は管狼、李月の二人と共に、将軍の屋敷から出立した。

三人は馬をかしに急かして、一日半でじょうまちまで辿り着いた。


宿に入ると荷を解き、管狼と李月たちは早速、衛賢の情報を集める為、邑内ゆうないを偵察に出掛けた。

奉先も同行したが、二人は奉先には目もくれず、二人だけで会話を交わしている。


二人は必要な情報すら与えてくれそうに無い。

が、それには構わず、奉先は黙って二人の後を付いて歩いた。


「衛賢は、まだこの邑には戻っておらぬ様だ…現れるまで待つ。」


宿へ戻ると、管狼がそう言った。


「…いつ現れる…?」


明日あすかも知れぬし、十日後かも知れぬ…!とにかく、現れるまで待つのだ!」


お前は黙っていろ…と言わんばかりに、問い掛ける奉先の前に身を乗り出し、李月は鋭い眼光で睨みつける。


それを見た管狼は、揉め事を起こすなとあらかじめ将軍から言い付けられていたのであろう、いきり立つ李月をなだめる様に間に割って入り、彼の胸に手を当てた。


短絡的たんらくてきで粗暴な行動が目立つ李月だが、管狼には頭が上がらないのか、小さく舌打ちをしながらも、その場は大人しく引き下がった。


二人は共に、八尺(約185cm)はある大男で、奉先よりかなり年長に見えるが、実際の年齢はよく分からない。

特に、李月の髭は剛毛で、しかも顔の半分は濃い髭に覆われているという有様であり、この上ない強面こわもてなのである。


それに比べると、管狼の方が見た目は幾らか柔和にゅうわと言える。

それでも、太く濃い眉に、吊り上がった鋭い目という、充分に荒くれた感じはあるが、李月よりは話が通じそうだ。


この二人と、十日も一緒に過ごすのはぞっとしないが、標的が現れない限り、彼らにはどうする事も出来ない。

奉先は、黙って彼らから離れると、薄暗い部屋の片隅で瞑座めいざした。




それから三日目の朝、動きがあった。


「衛賢が戻って来た…!今から、奴の屋敷へ踏み込むぞ…!」


偵諜ていちょうから連絡が入ったらしく、管狼は奉先と李月を呼び寄せ、急いで身支度を整えるよう伝えた。


夜の間に雨が降り、道は湿りを帯びている。

彼らはまだ薄暗く、濃い霧の立ち込める中を、衛賢の屋敷へ向かって直走ひたはしった。


大きな屋敷の前に辿り着き、管狼が小さく門を叩くと、内側から開かれ、内通者の男が姿を現す。

彼は内通者に金子きんすを手渡すと、さっさと去れ、と顎で合図をし、奉先と李月を振り返って、小さくうなずいた。


門を潜ると、三人は素早く室内へ侵入する。

屋敷には幾つも部屋があり、想像していたよりずっと広かった。

賈人こじんとは聞いていたが、かなりの蓄えを持っているらしい。


その時、奥の部屋から何者かが走って来るのが見えた。


「一体…何事なのでしょうか!?」


そう言いながら走って来た男は、困惑した表情で彼らを見上げる。


「衛賢、貴様を引っ捕らえに来たのだ…!乱暴な真似はしたく無いのでな…大人しく、隠した金のありかと、仲間の盗賊の居場所を言え!」

「そっそんな…!何かの間違いです!私は、盗賊など知らないし…金を隠したりはしておりません…!」


衛賢は周章狼狽しゅうしょうろうばいし、三人の前にひざまづくと、許しを請う様に何度も稽首けいしゅを繰り返した。


それには構わず、管狼は振り返って李月を見ると、


「室内を捜索しろ…!」

と短く言い、自らも衛賢の上を跨いで行くと、捜索を始めた。


「おい、そいつをしっかり見張っていろよ…!」

李月は衛賢を指差しながら、奉先に向かって怒鳴った。


管狼と李月は、部屋に積み重ねて置かれたたんかごを、容赦無く蹴り飛ばし、中身を床に撒き散らす。

衛賢は、青ざめた顔でその様子を見詰めていたが、ほんの一瞬、背後の壁の方へ目を動かした。


その仕草に不審を感じた奉先は、衛賢が視線を送った壁の方へ目を向けた。

そこには、絵が描かれた一枚の掛け軸が下げられている。


「どうした…?」

じっと壁を見詰める奉先に、李月が怪訝けげんそうに問い掛けた。


奉先は壁に近付くと、掛けてある掛け軸を掴んで取り払う。

そこには、何の変哲へんてつも無い壁があるだけであったが、拳で叩いてみると、中が空洞になっているらしく、音が反響して聞こえた。


「おい!李月、道具を出せ…!」

管狼に言われ、李月は背負っていた大きな荷物を広げると、中から大きなつちを取り出した。


そして、李月は槌を両手で振り上げ、力任せに壁に叩き付けた。


壁は、大きな破壊音と土埃を上げながら、ばらばらと崩れ落ちた。

それを見た衛賢は、額に汗を浮かべ、顔面蒼白となる。


土埃を手で払い退けると、そこには壁と壁の間に隠された、金銀財宝の入った大きなかめが、幾つも現れた。


「これでも、まだしらを切る積もりか…!?」


管狼が衛賢を振り返り、鋭く睨みつけた時、隣の部屋に身を潜めていた何者かが飛び出し、いきなり管狼に斬り掛かった。


不意を突かれた管狼は驚き、慌てて腰から剣を抜こうとしたが、相手の剣が振り下ろされる方が数倍速い。


剣刃が目前に迫った時、奉先の剣が鋭くひらめき、敵のやいばを弾き返した。

そして、そのまま相手の体を一閃いっせんにして斬り伏せる。


衛賢は既に仲間を呼び集め、屋敷を包囲していたらしく、途端に外から、武器を手にした数十名の男たちが乗り込んで来た。

彼らは、武器を振りかざして次々に襲って来る。


奉先は、一斉に襲って来る敵の攻撃を素早くかわし、狭い室内を跳び回りながら、次々に敵を倒して行く。


その混乱に乗じて、逃げ出そうとしている衛賢に気付いた李月は、手にした槌を振り下ろし、衛賢の脳天をかち割った。

頭蓋骨を砕かれた衛賢は、血飛沫を上げながらその場に崩れ落ちる。


「おい!殺したのか!?」

管狼が李月に走り寄る。


「もう奴は、必要無いだろう…!」


悪びれずそう答える李月に、呆れた様に首を振った管狼は、止むを得ないといった様子で、再び襲い来る敵を倒しに向かった。


敵の返り血を浴び、悪鬼あっきの如く剣を振る奉先に敵が群がったが、雑魚が束になった所で、彼の敵では無い。


「大人しくすれば、命までは取らぬ…!」


奉先が剣を突き出し、男たちを睨み据えながら怒鳴った。

取り囲んだ敵は、攻撃の隙を見付けられず、その場の全員が戸惑っている。


次の瞬間、背後から敵が襲い掛かったが、奉先は振り向きもせず、正確に男の胸板を剣で貫いた。

それには流石に恐れを成し、取り囲んでいた男たちは次々に逃げ始める。


奉先は、胸板を貫かれた男の体から剣を引き抜こうと、一度その体を強く後方へ押した。

絶命した男の体は、後ろの壁に衝突し、壁はもろくも崩れ去る。

その壁もまた、空洞が作られていたらしく、ぽっかりと空いた穴の中に通路が出来ていた。


そこに何かの気配を感じ、奉先は中を覗き込んだ。

暗がりに目を凝らすと、中に人影がある。


「……!?」


そこには、幼い幼児を抱え、震える女の姿があった。

女は、衛賢の妻であろう。その足元には、三人の童子が身を寄せ合い、奉先を見上げている。


「おい!金を回収して、そろそろ引き上げる…!どうかしたか…?」


背後から管狼が呼び掛けた。

奉先は振り返り頷くと、


「何でもない…ねずみの巣があった…」


そう答え、その場から素早く立ち去った。

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