第38話 鉄鎌の雷震


うっすらと雪が積もり、白くなった地面が真っ赤な血で染まる。

それを、孟徳はただ呆然と見詰めた。

目の前で、冷たい地面に倒れた虎淵は、うつぶせになったまま全く動かない。


両手を突いてひざまづいた孟徳は、震える指先で、てついた地面をいた。


「よくも…よくも、虎淵を…!」

孟徳は呻く様に言うと、血走った目を上げ、雷震を睨む。


次の瞬間、孟徳は剣を掴んで、再び雷震に斬り掛かった。


「うあああっ!!」


孟徳は激しく打ち掛かったが、打ち込む剣は全て弾き返される。


雷震は鉄鎌の柄で剣を受け止めると、今度は、勢い良く孟徳の体を後方へ押し倒した。


「大人しく、切り刻まれろ!」


力では到底敵わない。上から鎌で押し付けられ、孟徳は押し戻そうと、必死に足掻あがいた。

鉄鎌の切っ先が、孟徳の首筋に迫る。


「くっ…!」

咄嗟に、孟徳は雷震の腹部を蹴り上げ、首に迫った鎌を剣で打ち払った。


飛び退ずさった雷震は、鎌を大きく振りかぶると、今度は孟徳目掛けて勢い良く横へ薙ぎ払う。


「往生際の悪い野郎だ…!」


孟徳は迫り来る鎌を剣で受け止めたが、内側に向けて湾曲わんきょくする鎌の切っ先が、孟徳の腕を切り付けた。


「うっ…!」

袖が裂け、血が飛び散る。


「くそ…!」

息を乱しながら、孟徳は再び雷震に斬り掛かる。


「喧嘩を売る相手を間違えたな…!お前に、わしは倒せぬ!」


雷震はそう言うと、孟徳の剣を鎌の刃で受け止め、つばに引っ掛けると、そのまま跳ね上げた。

剣は孟徳の手を離れ、回転しながら地面に突き立つ。


襲い来る大鎌を、孟徳は身をひるがえしてかわしたが、やがて追い込まれ、鋭い鎌に腕や足を切られ、全身を傷だらけにされた。


「はぁ、はぁ…!」

孟徳はあえぎながら、両膝を地面に突いた。

血濡れた大鎌を肩に担ぎ、薄笑いを浮かべながら、雷震はゆっくりと孟徳の背後へ回る。


地面に鎌を立て掛ける様に置くと、素早く孟徳の頭を掴み、ぐいと前方に押し倒す。


「うっ…!」

孟徳は抗ったが、鎌の刃先に、首を強く押し付けられた。


「お前には、此処で死んで貰う!わしに盾突いた事を、後悔するが良い…!」

「くっ…!」

鎌の柄を掴み、地面に突いた手で必死に抵抗するが、鋭い鎌の刃が孟徳の首筋に触れる。


虎淵…!!

孟徳は、横目で倒れた虎淵に視線を向けた。


俺の所為せいで…!


孟徳の視界は、涙で曇った。

自分の軽率な行動が、虎淵を死に追いやってしまったのだ。

孟徳には、男に殺される事よりも、その思いによる後悔の方が余程大きい。


鎌の刃に押し付けられた孟徳の首筋から、血が流れ出す。


「死ね…!」


雷震が掴んだ孟徳の頭を、一度大きく持ち上げ、再び勢い良く鎌の刃の上に押し付けようとした時、黒い人影が人垣を飛び越して輪の中へ舞い降り、素早く二人の前に立ちはだかった。


「何者だ、貴様…?!」

雷震は孟徳の頭を掴んだまま、目の前に立つ男を睨んだ。


「そいつを放せ…もなくば、貴様の首が飛ぶ事になるぞ…!」


男は鋭い目付きで雷震を睨み返す。


「…?!」


薄らと目を開いた孟徳は、苦しげにその人物を見上げた。

長い衣をひるがえして立つその男に、孟徳は見覚えがあった。


男は、背負った長い剣身を持つ大剣たいけんを抜き放ち、雷震に向ける。


「てめぇ…!わしを誰だか知ってて、大口を叩いてんじゃあ無ぇだろうな…?!」

額に青筋を立てながら、雷震は男に怒鳴った。


「お前が誰かは知らぬ…だが、俺にも異名があってな…"剣聖師亜けんせいしあ"と言う名を知らぬか…?!」


「剣聖師亜だと…?!奴は、死んだと噂されている…!てめぇ、いい加減な事を抜かすんじゃねぇ!」


雷震は驚きを隠せない表情をしながらも、疑いを抱いた目で息巻く。


「だったら…本物かどうか、試してはどうだ?!」

男の声は冷静そのものである。


「てめぇが本物の師亜なら…その首にゃ、大金が懸かってる…!是が非でも、頂くぜ!」


雷震は孟徳の頭を強く引き寄せ、

「小僧、逃げるんじゃねぇぞ…!」

そう言うと、掴んでいた腕を放し、鉄鎌を振り回して男に向けた。

そして素早く地を蹴り、男の喉元を目掛け、唸りを上げる鎌を振るった。


放り出された孟徳の体は、倒れた虎淵の足元へ転がった。


「虎淵…!」


全身血だらけになりながら、孟徳は這う様にして虎淵に近付き、虎淵の体を抱き起こすと、その体を強く抱き締めた。


退け!退きやがれ!」


そう叫びながら、人垣を割って入って来たのは、翼徳よくとく雲長うんちょうである。

翼徳は、取り巻きの男たちを威嚇いかくする様に睨み付ける。

男たちはそのすごみに圧倒され、その場の全員が尻込みした。


雲長は素早く孟徳の前にひざまづき、虎淵の首筋に手を当てた。


「まだ息がある…助かるかも知れぬ…!」


それを聞いた孟徳は、涙で濡れた顔を上げ、雲長に哀願した。


「虎淵を…虎淵を助けてくれ…!」


雲長は頷くと、自分の着物を裂いて、虎淵の体の傷口に押し当てた。

 

鉄鎌と大剣との打ち合いは続いていた。

雷震は大きな鉄鎌を振り回し、玄徳げんとくの大剣を圧倒する。

玄徳は冷静に攻撃をかわし、重い鉄鎌の攻撃を跳ね退けた。


一瞬の隙を見て、玄徳は素早く後方へ飛び退く。

そして今度は、一瞬にして反撃に転じ、目にも止まらぬ速さで地を蹴って宙を飛び、雷震に向けて剣を突き出した。


速い…!!


そう思う間も無く、剣刃は目前に迫り、鉄鎌の柄でそれを防御するのが精一杯だった。

玄徳の大剣が鉄鎌の太い柄に激突し、激しい衝撃音を立てる。

その勢いに、雷震の体は後方へ弾かれた。


「な、何…?!」


見ると、鉄鎌の柄が真っ二つに切断されている。

雷震は額に脂汗をにじませ、激しく肩で息をした。


「どうした、もう終わりか?!次は腕だ…!掛かって来い!」


玄徳の声は冷静だが、その目には殺気を漂わせている。


「ま、待て…!わしはただ、金で雇われただけだ…そいつらに恨みは無ぇ…!」

雷震は声を振るわせながら慌てててのひらを向け、玄徳を制した。


「誰に雇われた?」

「誰かは知らねぇ…!そいつらを殺せば、金をやると言われたのだ…!」

玄徳は視線を落とし、虎淵の手当てをする雲長と、その側で涙を流して見守る孟徳の姿を見下ろす。

向き直った玄徳は声を荒げ、雷震に怒鳴り付けた。


「金の為に、少年に手を掛けるとは…下郎げろうめ…!とっとと失せろ!」


雷震は弾かれる様に人垣を掻き分け、その場から逃げ去って行った。

周りを取り囲んでいた男たちは、それを見て、皆目で合図を送り合い、散り散りに姿を消した。


玄徳は、孟徳の隣に膝を突き、虎淵を覗き込む。

「どうだ?」

「危険だ…だが、俺の師がこの近くに住んでおられるはず…そこへ運ぼう!」

雲長はそう言うと、冷たく血の気を失った虎淵の体を抱え上げる。

風雪が吹きすさぶ中、彼らは足早あしばやにその場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます