第37話 白昼の喧騒



昼に近付き、降り続く雪は一層強くなり、城内の景色を白く染め始めた。

孟徳と虎淵は、人々で賑わうまちの市場を、肩を並べて歩いていた。

風は冷たく、頬に触れる雪は刺すように冷たい。

だが、二人でこうして歩くのは、数ヶ月振りである。

虎淵はそれだけで、充分楽しかった。


武術や剣術は奉先に習ったが、書物や学問については、孟徳に教わった。

虎淵にとっては、孟徳と奉先が自分の師なのである。


「虎淵、腹が減らないか?」

「そうですね、どこかで食事を取りましょう…!」

そう言って、二人は繁華街へ続く赤い大きな門を潜った。


辺りには、美味そうな食事の香りが漂っている。

どの店も客が一杯で、入れそうに無い。二人は席のいている店を探して歩いた。

大勢の人々が行き交う中、賑わう店先の柱の陰に立って、二人の姿を睨んでいる男が居た。

男は、隣に立つもう一人の男の肘をつついた。


「見ろ、あの餓鬼だぜ…!」

「ああ、確かにそうだ…!兄貴に知らせて来る…!」

一人の男はそう言うと、その場から走り去った。


孟徳と虎淵は、ようやく落ち着ける店を見付け、席に座った。

「ご注文は?」

直ぐに店の者が現れ、二人に声を掛けた。


「俺はめんにするよ。虎淵、お前は?」

「僕も同じ物をお願いします。」

店員は頷くと、店の奥へ入って行った。


するとそこへ、大きな鉄の鎌を背負った大男が現れ、二人の席の前に、どっかと座る。


「おい!此処は、餓鬼が来る様な場所じゃあぇぞ…!」

男は二人を鋭く睨み、しわがれた声で怒鳴った。


虎淵は思わず身をすくめ、慌てて孟徳を振り返ったが、孟徳は怖じける様子を見せず、男を睨み返した。


「この店しか空いていなかったのだ。仕方が有るまい…!」

「生意気な奴だ…!俺が誰だか、教えてやる…!表へ出ろ!」


右目の上に深い傷痕が残る顔を孟徳に近付け、男は生臭なまぐさい息を吐きながら低く言った。


「孟徳様、相手にする必要は有りません…!行きましょう!」

虎淵が孟徳の肩を掴み、立ち上がる。

黙ったまま、孟徳も立ち上がり、虎淵の後に付いて店を出た。


「小僧、逃げるのか?!ふん!女の様な見た目だが、中身も女の様だな…!」


背後から、男の怒鳴り声が聞こえる。

男のそのあざけりの言葉に、孟徳は立ち止まって振り返った。


「おい、貴様…もう一度言ってみろ…!」

孟徳は怒気をあらわにして、男を睨む。


次の瞬間には、孟徳は地を蹴って男に飛び掛かっていた。

素早く腰にいた剣を抜き放ち、振り上げた剣を、男の頭上から振り下ろす。

だが、男が背負っていた大きな鉄鎌てつがまによって、孟徳の剣は難無く止められた。


「小僧、腕に自信が有る様だな…!」


男は孟徳の剣を弾き返しながら、不敵に笑う。

孟徳は素早く飛び退くと、男に向けて剣を構えた。


「孟徳様…!」

驚いた虎淵が、孟徳に走り寄る。

だが虎淵が止める間も無く、孟徳は再び男に斬り掛かった。


この騒ぎで、店先に人だかりが出来ていた。

虎淵が辺りを見回すと、その中の数人の男たちが、野次馬たちを輪の外へ追いやっている。どうやら、あの大男の仲間らしい。

いつの間にか二人は、辺りを敵に取り囲まれていたのである。

まずい…!

そう感じた虎淵は、不安な表情で孟徳を振り返った。


男が振り上げた大鎌は、孟徳の懐を狙って飛び込んだ。

すんでの所でかわしたが、鎌の先が衣服をかすめ、孟徳の着物を切り裂いた。

男は、大きな鉄鎌を片手で持ち、軽々と振り回している。


「俺は、"鉄鎌てつがま雷震らいしん"と恐れられている!次は、その細首をき切ってやるぞ…!」

そう言うと、雷震は鎌の先で孟徳の首を指し示す。


「やれるものなら、やってみろ…!」


孟徳は、そう叫んで雷震に向かって行ったが、突然、何者かに足元をすくわれ、体勢を崩された。

そのまま地面に倒れると、頭上から雷震の鎌が襲って来る。

孟徳は素早く地面を転がって、鎌の攻撃を避けた。


「くそ…!」

だが、立ち上がろうとした時、雷震の振り下ろした鋭い鎌が、孟徳の左肩に突き刺さった。


「うぐっ…!!」

思わず膝を折り、孟徳は地面にひざまづく。

両手で鎌を掴んで抜き取ろうとするが、びくともしない。傷口から血が滲み出し、着物が赤く染まった。


「孟徳様…!!」


虎淵は叫ぶと、咄嗟に剣を抜き、雷震に斬り掛かった。

雷震は孟徳の肩から素早く鎌を引き抜き、旋回させると、虎淵の攻撃を鉄の柄で弾き返した。


「ふん…!貴様から、血祭りに上げるとするか…!」


そう言いながら、今度は虎淵に鎌を向ける。


「虎淵…!」 

孟徳は血で染まった左肩を押さえながら、青白い顔を上げた。


大男の雷震は、重い鉄鎌を振り回し、虎淵に打ち掛かる。

数合の打ち合いが続き、虎淵は剣で鎌を受け止めた。


「小僧、なかなかやるな…!」

雷震は鎌の切っ先を、虎淵の顔に向ける。


鋭い刃先が、じりじりと虎淵の目前に迫って来る。

虎淵が力を振り絞って、鎌を押し戻そうとした時、虎淵の腹部に激痛が走った。


「うっ…!!」


見ると、いつの間にか鉄鎌の柄の、反対側からも刃が飛び出している。

その刃は、虎淵の腹部に深く突き刺さっていた。


雷震はにやりと笑うと、虎淵の腹部に刺した鎌を強く引き上げる。


「うっ!ああ…!!」

傷口から血が流れ、虎淵が悲痛な叫び声を上げた。


「虎淵…!!」


孟徳は叫びながら、雷震の足元に跪いた。


「やめろ!やめてくれ…!」

地面に両手を突き、土下座の姿勢を取る。


「頼む…!俺が悪かった…!今すぐ、此処を立ち去るから…虎淵を、殺さないでくれ…!」


頭を地面に押し付けて懇願する孟徳の姿を、雷震は冷ややかに見下ろし、血塗ちまみれの鎌を虎淵の腹から抜き取ると、虎淵の頭を掴んでその首に押し当てた。


「残念だが、お前らを殺さねば、金を貰えぬのでな…!」


雷震は不敵に笑ってそう言うと、虎淵の首に当てた鎌を、一気に横に引いた。


「やめろおぉーー!!」


虎淵は膝から崩れ落ち、ゆっくりと体を傾けて、雷震の足元へ倒れて行く。

孟徳の叫び声は、雪の降りしきる寒空に響き渡った。

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