第25話 呂布奉先

明明が、一本の紐を両端で括ったものを、器用に指に巻き付け、様々な形を作って見せている。


「へぇ、上手なものですね!!」

それを見て、虎淵は感嘆を漏らす。


「"あやとり"ですよ。ほら、東京塔トウキョウタワー!!」

「え?え?とう、きょう…?」


笑顔でそれを披露する明明を、虎淵は目を白黒させて見ている。

二人は、燭台の明かりが灯った小さな一室で、筵を並べてくつろいでいた。


そこへ、扉を激しく開いて、孟徳が入って来た。

「あ、孟徳様!師亜様のお話は、もう宜しいのですか?」

孟徳は、きっと虎淵を鋭く睨むと、彼の両頬を強く掴んで引っ張った。


「お前、いつからあいつを、"師亜様"なんて、呼ぶ様になったんだ?!」

「しゅ、しゅみましぇん…!明明しゃんがそう呼ぶのれ、つい…!」

虎淵は慌てて弁解する。


「此処を出る…!あいつは、俺たちに協力する気は無い!此処に居る理由は、無くなった…!」


そう言って孟徳は立ち上がると、再び部屋を出て行こうとする。

「え…!今からですか…?!」

「外は雨ですよ…!もう夜遅いですし、明日になさってはいかがですか?」


慌てて虎淵が立ち上がり、明明は引き止めたが、孟徳はそのまま部屋を出て行ってしまった。


「明明ちゃん、色々とお世話になりました…!」

虎淵は振り返りながら言うと、急いで孟徳の後を追い掛けて行った。


砦の外は、激しい雨となっていた。辺りを雷光が照らし、雷が鳴り響いている。

孟徳は一瞬躊躇ちゅうちよしたが、雨の中足を踏み出した。

二人は、雷鳴が轟く暴雨の中を、借りて来た二頭の馬に乗って、砦から出て行った。


その様子を、小さな雨戸を開け、玄徳は暗い表情で見詰めていた。


「兄者、あの二人出て行った様だな…」


立ち尽くす玄徳に、雲長がそっと声を掛けた。


「仕方が無い…あいつが選択した事だ…」

玄徳は振り向かず、降りしきる雨の外を、じっと見詰めたまま答えた。


「兄者がどんな選択をしようと、俺たちは兄者に付いて行く…!」


振り返ると、そこには雲長だけでは無く、翼徳と明明の姿もある。

玄徳はただ黙って目を細め、彼らの姿を見詰めた。




鄭邑ていゆうの城では、刺史の暁塊ぎょうかい呂興りょこう将軍の前に、集められた十数名の配下たちが、整然と並んでいた。

「結局…師亜を討ち取る事は出来なかった、と言う訳か…!」

暁塊は、手に握った鮮やかな翡翠の首飾りを、全員の前に示しながら、忌々しげに言った。


「あんな小僧に、出来る訳が無い…!」

「よくもおめおめと戻って来られたものだ…!」

「我々の恥さらしではないか…!」

並んだ配下たちの間から、数々の罵声が上がる。


血濡れた衣服を着替え、額の傷に包帯を巻いた奉先は、罵声が飛び交う中、黙して目を伏せたまま、暁会と呂興将軍の前に立っていた。

呂興将軍は、ただじっと奉先の様子を見詰めている。


「お前たち、黙れ!!」


突然、暁会が声を荒げて怒声を放つと、辺りは水を打った様に静まった。


「貴様らの中で、師亜に指一本でも触れた奴はいるか…?!」

そう言われ、罵声を上げていた配下たちは、皆目を伏せ俯く。


「だが、こいつはどうだ?あの忌々しい小僧から、首飾りを奪って来た…!上出来ではないか…!」


一転して暁会は上機嫌となり、奉先の傍まで歩み寄ると、彼の肩を強く叩いた。


「わしはこいつが気に入ったぞ!わしの護衛にしたい程だ…!」

そう言って笑うと、今度は唖然とする奉先の背中を、ばしばしと何度も叩いた。

暁会の力の強さに、思わず顔を歪め、苦笑いを浮かべる。


「これは戦利品だ、お主にやろう…!」


暁会は、奉先の肩を強く抱き寄せる様にして、いかつい顔を近付け、奉先の手に師亜の首飾りを握らせた。

それから、呂興将軍の方を振り返って言った。


「討伐軍の準備は、出来ているであろう…!次こそは、師亜を始末してくれねばならぬぞ!」


「心配無用…直ぐにでも、出陣の準備は出来ている…!」

呂興将軍は、険しい表情を崩さぬまま答えた。




屋敷の外は、激しい雨が降り注いでいる。

時折、雲間から稲妻が走り、辺りに雷鳴が鳴り響く。

呂興将軍の部屋へ通された奉先は、将軍と二人きりで向かい合っていた。

そこへ美しいしょうが現れ、二人の前に酒器を置き、優雅な手つきで酒を器へ注いだ。


「お前はもう、戻って来ぬと思っていたぞ…」


そう言って将軍は器を手に取り、薄笑いを浮かべながら、奉先にも取るよう目で促した。


「偵察の兵に、尾行されていた…お陰で、俺の居所を師亜に掴まれた…」


酒器に手を伸ばさず、真っ直ぐ見据えて答える奉先を、将軍は鼻で笑った。


「ふんっ…失敗は、わしのせいだと言いたいのか?だが、お前が師亜を引き付けている間に、砦に侵入し、偵察は成功した。少しは役に立ったぞ…!」

そう言うと将軍は、手に取った酒をあおった。


「俺をおとりに、師亜を砦から誘い出せたという訳ですか…」

奉先が皮肉った様な口調で言うと、将軍は彼の目を睨みつけた。


「これも戦略と言うものよ…!上手く行けば、お前が師亜をたおしたかも知れぬしな。だが、お前は師亜を斃せなかった…いや、斃す機会が有りながら、そうしなかった…違うか?」


将軍は、何もかも見透かしている、と言わんばかりの顔つきをしている。


「俺が不首尾で戻る事を…最初から、見抜いておられたのか…」


将軍はにやりと笑った。

「だが、約束は約束だ…忘れたとは言わせぬぞ…!」

そう言いながら、自分の器に酒を注ぎ始めた。


「さあ取れ、ここで誓って貰おう…!一生わしのめいに従うとな…!」

将軍は、酒器を高く掲げる様な仕草で、奉先の前へ差し出した。


自分の前に置かれた酒器に、ゆっくりと目を落とした奉先は、押し黙ったまま、それを手に取った。


「良い案がある…!お前を今日から、わしの義弟おとうととする…!」


「?!」


将軍のその言葉に、奉先は驚きを隠さぬ表情をした。


「わしとお前は、義兄弟だ!生死を共にすると誓おう…!これからは、呂姓を名乗るが良い…!」


更に将軍は、困惑する奉先に構わず続ける。

「名は…そうだな、お前の武勇は、楚漢そかんの猛将"黥布げいふ"にも匹敵する。ゆえに"布"としよう…!」

そう言うと、器の酒を一気に飲み干した。


「呂布奉先…!それがお前の名だ…!」


将軍は、空にした酒器を床に置き、奉先にも同じ様にせよと目配せをする。


奉先は、酒器の中の濁った酒が、燭台の明かりできらきらと煌めいているのを、ぼんやりとした瞳で見詰めていた。


「呂布…奉先…」


そう自分の名を呟くと、やがて酒を口へ運んだ。


その時、部屋の外から、将軍の側近の声が聞こえて来た。

「将軍、面会を望む者が参っております…!」


「誰だ…?」

将軍は席に座したまま、外へ声を掛けた。


趙泌ちょうひつ…と名乗っております。」

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