第22話 義勇団

せん…大きくなっても、ずっと一緒だよね?」


「はい、ずっと一緒です。」

「いなくなったりしない?」

「しませんよ…!」


 奉先は笑って、幼い麗蘭れいらんの手を引き、夕暮れの道を歩いていた。


「麗蘭様が大きくなって、立派な主君になれば、配下として一生お助けします!」

「絶対…約束する?」

「約束します!」

「もし、約束破ったら?」


奉先は、今度は苦笑し、麗蘭を振り返った。

麗蘭は、大きな黒い瞳をきらきらと輝かせながら、奉先を見上げている。


「どんな事があっても、約束は絶対に守ります!」


そう言って、奉先は腰を落とすと、麗蘭を背中に背負った。


麗蘭の小さな手が、奉先の肩に掴まり、背中に温もりが伝わった。

大きな赤い夕日を眺めると、胸に激しく懐かしさが込み上げる。




ふと奉先は、目を覚ました。

奉先が寝ていた場所は、兵舎の一室だった。広い室内には、何人もの仲間が、とこを並べて一緒に寝ている。


気付くと、肩に何者かの腕が絡み付いている。

奉先はぎょっとし、慌てて体を起こした。見ると、とこに陵牙が入り込んでいる。


「おい…!陵牙!俺の寝床で何やってんだ?!」


奉先は、陵牙の肩を激しく揺すって起こした。


「う、うん…?俺の寝床、扉の前だから…寒くて眠れねえんだよ…!」


陵牙は眠そうに目を擦りながら、起き上がる。

指差す方を見ると、成る程、隙間風で扉が鳴っている。


「…つー訳だから、お休みー…」

「ちょ、待て…!おい!」


 陵牙は再び、奉先の寝床に横になる。

「うるさいぞ…!!」

同じ部屋で寝ている仲間の誰かが叫んだ。

「…ったく…!」

奉先は溜め息をつくと、仕方なくその部屋を出た。

廊下へ出ると、足元に付いて来た子猫が、小さな鳴き声を上げながら体を擦り寄せて来た。


「お前も眠れないのか…?」


そう言って、子猫を抱き上げ懐へ入れる。

その時、遠くに馬のいななきが聞こえた。



「おい!起きろ!」

奉先は、馬当番の男に、馬鍬まぐわの柄で叩かれ、目を覚ました。

昨夜、子猫を連れて厩舎へやって来た奉先は、まぐさに潜り込み、いつの間にかそのまま眠ってしまったらしい。

馬当番に追い立てられ、わらまみれたまま、外へ追い出された。


「こんな所で、何をしている…?」


そこへ、呂興将軍が配下を従えて現れた。

数人の配下が、うまやから黒竜こくりゅうを引き出している最中であった。

藁塗わらまみれになっている奉先を、将軍はいぶかし気な顔で見ている。


昨夜ゆうべは寒くて、その…寝床を、同僚に奪われて…」


思わず、しどろもどろになって説明をする。

将軍は奉先に近付くと、頭に付いた藁を指で摘んで取った。

それを見て、奉先は慌てて体中の藁を手ではたき落とした。


将軍は、ふんっと鼻で笑い、

「調度良い、お前を呼びに行かせる所であった。」

そう言って、配下の一人に指示し、厩からもう一頭引き出させ、その馬を奉先に与えた。

将軍は黒竜にまたがると、奉先を振り返った。

「わしに付いて来い…!」



朝の空気はまだ少し湿って、ひんやりと冷たかったが、風は心地好い。

将軍と奉先は馬を並べて、屋敷が建ち並ぶ街道を歩いた。

奉先の懐から、子猫がひょっこりと顔を出し、大きな欠伸あくびをする。

将軍が向かった先は、暁塊が宿泊している屋敷だった。


「こいつが、師亜をたおすと申すか?まだ子供ではないか…!」


広間に数人の配下を従えて現れた暁塊は、眉間に深い皺を寄せ、訝しそうに奉先を見ている。


「だが、腕は確かだ。」

将軍は澄ました表情で答えた。

「まあ良い…とにかく、あの小僧に一泡吹かせてやらねば、腹の虫が治まらぬ…!必ず師亜を討ち果たして参れ!」

暁塊は、口角から泡を飛ばしながら、奉先に怒鳴った。


暁塊の屋敷を出ると、二人は再び元来た道を引き返した。

前を行く、馬上の将軍の後ろ姿を、奉先は黙って見詰めていた。

将軍の乗る黒竜は、見た事も無いような素晴らしい毛並みをした名馬だ。

奉先に与えられた馬も、黒竜には及ばないとは言え、立派な馬である。


「何を考えている?」


突然、将軍が振り返った。

「別に…何も…」

「言いたい事が有るのなら、言え。構わぬぞ…」

「将軍は素晴らしい馬を持ち、財力も権力も持っておられる…何故、曹家の財産など…?」

かねは幾らあっても、困らぬであろう…」

将軍は薄笑いを返した。


「わしが金を持っていると…?違うな、金はあの暁塊の様な人間の懐へ入るのだ…地位や名誉は、金で手に入れる物だ。その為に、金が必要なのであって、わしが金を欲しがっているのでは無い…」

将軍は馬を進めながら、独り言の様に言った。


そういうものなのか…?

奉先には、理解しがたい事だった。

世の中金が全てでは無い…とまでは言わないが、必要なだけあればそれで良い。


必要以上に金を欲する人間というのは、何処までも欲が尽きる事は無いのか…

金の為なら、人の命までも奪う…人の命は金より軽い物なのか…


奉先の表情は曇っていた。


「金さえあれば、何でも手に入れる事が出来るのだ…お前にも、その内解るだろう…」


そう言って将軍は、自らの腰にいた一振りの剣を、奉先の前に差し出した。

その剣には、見事な彫刻が施され、正に宝剣であった。


将軍が振り向いた時、辺りを強い風が吹き抜け、将軍の長い髪が風になびいた。

奉先は何も答えず、ただ将軍の鋭い目を見詰め返し、その剣を手に取った。




「孟徳様…!こっちです!」

虎淵が手招きをしている。

「どうしたのだ?」

孟徳は虎淵が導くまま、砦の狭い通路へ入って行った。


通路を抜けると、少し開けた場所に出た。

上を見ると、高い空洞になっており、その先には空が広がっている。

虎淵は頭を低くするよう、孟徳に手で合図を送り、岩場の下を見るよう促した。

孟徳がそっと、岩場の間から下を見ると、そこには沢山の人々が、剣や槍を手に稽古をしている。

そこは、広々とした訓練場であった。


雲長、そして翼徳と名乗った、師亜の弟たちが、彼らに武術指導をしていた。

見ると男たちに紛れて、女子供たちも武装して、稽古を行っている。


「これは…師亜の奴は、兵士を鍛えているのか…?!」

「彼らは、どうやらただの盗賊団では無いようです…!」

二人は、囁く様な声で話し合った。



赤い炎が揺らめいている。

薄暗い部屋の中心に、円卓が置かれ、中央に燭台が設置されている。

手をかざすと、炎は長い火柱を揺らめかし、右へ左へといざなわれる。


「師亜…!いや違う、玄徳であったな。お前の本当の名は、劉玄徳だろう…!」

部屋の入り口に、孟徳が立っていた。


「…邪魔を、しないでくれぬか…?」

玄徳は振り向きもせず、炎を手で操り続けている。


「ああ、悪い。祈祷の最中だったか?お前には、未来が見えるんだろう?」


孟徳の口調には、何処か小馬鹿にした様な響きがある。

玄徳はようやく顔を向けたが、わずらわしい物を見る様な目付きで、孟徳を見た。


「未来が見えるのでは無い…そのきざしを感じ取るのだ。それが、人より少し強いというだけの事…」


「だが、此処にいる者たちは、お前を予言者だと信じている…!彼らを信じさせ、武装集団を指揮し、王朝を乗っ取るつもりなのか?!」

それを聞いた玄徳は、少し驚いた様に眉を動かし、孟徳を凝視した。


「"劉"は、漢王朝の姓だ…!お前は、中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょうの末裔であろう…!漢の皇室と血縁にある者が、何故なにゆえ盗賊となり、朝敵ちょうてきとなる…?!」


「…ふんっ…あいつらめ…」

玄徳は軽く舌打ちし、両腕を組んで孟徳に向き合った。


「俺が思うに…お前の弟たちは、口が軽すぎるな…!」


孟徳は目を細め、少し得意げな表情をする。

それを見て、玄徳は溜め息をつきながら、首を横に振った。


「…漢王朝は、およそ四百年も続く王朝だぞ…劉姓の者など、掃いて捨てるほどいる…それに、俺たちは、盗賊団では無い…!」


「じゃあ、何だ?怪しい…宗教団体…?」

「それも、違うな…言うなれば、"義勇団ぎゆうだん"だ。民をまもる事を目的とし、戦闘目的で兵を鍛えているのでは無い。身を護る為だ…!」


「あれだけの兵力を持っていて、戦闘はしないなんて…嘘だろ…?!」

孟徳は、たちま怪訝けげんな表情をする。


「やがて大乱が起こり、天下は乱れる…群雄が割拠かっきょし、血で血を洗う戦乱の世となった時、誰が民を護れる…?誰も、護ってはくれぬ…!」


「天下が乱れる…って、漢王朝が滅亡するって言いたいのか…?!」


「どうかな…だが、不変など無い。"時"は常に変化して行くものだ…」

玄徳は、呆気に取られた顔をしている孟徳を、真っすぐに見詰めた。 


「そんな事より、お前が助け出したいと言っていた男…」


長い衣をひるがえし、玄徳は円卓の後ろ側へ回ると、壁際に置かれた棚から何かを取り出し、孟徳に投げて渡した。


「奉先…?」

手には、小さな桃の実が握られていた。

「そうだ、そいつはどんな奴なんだ?」

玄徳は棚にもたれ掛かって、桃の実をかじっている。

「どんなと言われても…」

孟徳は手の中にある、薄桃色の実をじっと見詰めた。


「外見の事では無い、中身の話だ…」


玄徳は微笑し、かじりかけの桃を示して見せた。


「奉先は…誰より強く、優しく…誠実で、あるじを護る為なら、命掛けになれる様な…そんな男だ…」


そこまで言った時、孟徳は、はっと顔を上げ、玄徳を見た。


「ちょっと待て!何でお前が、奉先に興味を持つんだよ…?!お前、幼女趣味の変態だと思っていたが…まさか…?!」

「ふふ…っ」

玄徳は意味深な表情で笑い、言った。


「どんな奴か知った上で、協力するかどうかを決める。」

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