第12話 夜の奇襲

森の中では、敵の奇襲部隊と賊たちが、白兵戦を繰り広げていた。

「襲って来た敵の人数は判らぬが、奇襲をかけて来るあたり、そう多くはないだろう…」

孟徳は、木の陰に身をひそめ、様子を伺った。

やがて、厚い雲が月の光を遮り、二人は夜の闇に紛れながら走った。


敵の人数は少ないが、彼らは精鋭部隊らしい。

一人で何人もの賊を相手にしながら、次々と倒している。


その様子を横目に見ながら、孟徳と虎淵は、敵の目から逃れる為、地面をうように進んだ。

やがて、前方にわずかに視界の開けた場所が見えてきた。おそらく森の出口だろう。

二人は全力で走った。


突如、二人の前に黒ずくめの男が現れ、行く手を遮った。


孟徳は咄嗟どっさに剣を構え、男に打ち掛かった。

相手も素早く反応し、孟徳の剣を、片手に握った剣で払い退ける。


「孟徳様…!」

それを見て、虎淵も横から男に剣を突き出したが、それも容易たやすく弾き返される。

今度は、二人がほぼ同時に打ち掛かった。

それでも男は、素早く身をひるがえし、二人の剣をね退ける。

二人を相手に、男は全く怯む様子も無く、数合の打ち合いが続いた。


「こいつ…強い…!」


孟徳がそう思った瞬間、そこに隙を見た男は急に反撃に転じ、鋭い一撃を孟徳目掛けて放って来た。

すんでの所で身をかわしたが、男の剣は、孟徳の右肩を切り裂いていた。

「…くっ!」

着物の肩口に血がにじみ、思わず苦痛で顔をゆがめる。


その時、空が晴れ、雲間から差し込んだ白い月明かりが、孟徳の足元に降りてきた。

やがて、視界が明るくなって行き、男の姿がはっきりと捕らえられた。

しかし、木の影が邪魔をして、表情までは見えない。


次の瞬間、虎淵が男に打ち掛かり、男は素早く跳び退すさった。

黒ずくめの男と虎淵は、月明かりの下、激しく打ち合っている。

孟徳は、目で二人の影を追った。

「………!」

先程から、孟徳は奇妙な感覚にとらわれていた。

素早く動き回る、男の姿を凝視する。


やがて、男の仲間らしき者たちが現れ、

「おい!餓鬼に構うな!かしらを始末するんだ!」

と、男に呼び掛けた。


すると男は、素早く身を転じて、仲間たちの方へ走り出した。


「待て…!!」


孟徳は男の後を追おうとした。が、虎淵が走り寄り、強く抱き留められた。


「孟徳様…!もう行きましょう!!」

「虎淵…!お前、気付かなかったか?!」


孟徳は、虎淵の肩を激しく掴んだ。


「あの男の太刀捌たちさばき…似ているんだよ…!奉先に…!」


そう言うと、孟徳は虎淵の腕を振りほどいて、闇の中へ走り出した。



「はぁ、はぁ、はぁ…!」

ふらつく足で、かしらは山の斜面を登っていた。

馬を失い、体中傷だらけになりながら、何とか追っ手を逃れて来た。


肩で息をしながら木にもたれ掛かり、後方を振り返る。

闇の中から、一筋の光がひゅっと音を立てて飛んで来たかと思うと、頭の頬をかすめ、一本の矢が木に突き立った。

「ひっ…!!」

頭は辺りを見回すが、矢が何処から放たれたのか、確認出来ない。


だが、何者かがこちらへ近付いて来る気配を察し、頭は額に汗を浮かべながら、剣を構えた。

やがて闇の中から、黒ずくめの男が現れた。


「くそ…!お前、りょ将軍の手先か…?!」

頭は怒鳴った。


男は無言のまま、剣を構え、頭の方へ近付いて来る。


「待て…!将軍の金をったのは、俺じゃあねぇ!手下の者が、くすねて逃げちまったんだ!」

頭は後退あとずさりながら、男に語りかけるが、男からは何の反応も返って来ない。

気が付くと、頭は崖の上まで追い詰められていた。


「お前、将軍に雇われたんだろう?幾らだ?俺はその倍の金をやる…!見逃してくれねぇか?!」

男はじりじりと迫り、頭は次第に逃げ場を失っていく。


何を言っても無駄であると察した頭は、目を吊り上げ、まだそんな力が残っていたのか、と思われるほどの力で、男に斬り掛かった。

互いの剣が、激しく火花を上げる。


頭の腕から放たれる一撃は凄まじい。

振り下ろされた剣を、男は受け止めたが、片手では止められない。

思わず肩膝を地面に突き、剣把けんぱを両手で支えた。


頭の攻撃は、男を圧倒している。

腕の筋肉には血管が浮き出し、全身の力を込めて男を追い詰める。

頭の剣は、男の額にまで迫った。


だが、熊の様なその大男を次第に押し返し、遂に男は、頭の剣を激しく後方へ退けた。


「…な、何…!!」


そしてそのまま、男は一気に剣を右へ薙ぎ払い、頭の胴体を真一文字に斬り裂いた。

頭の巨体は、断末魔の叫び声を上げながら、のけ反る様に、地面に仰向けに倒れた。


男は、息を整えながら立ち上がった。

「やったか…」

いつの間にか、男の仲間たちが周りを取り囲んでいた。

男たちは、倒れた頭を確認している。


「初仕事としては、上々の首尾だな…将軍もお喜びになるだろう…」


仲間の一人が、男の肩を軽く叩いた。

男は、顔や首筋に返り血を浴びていたが、拭う事もなく、夜空に浮かぶ白い月を見上げた。



丘の上から、頭と思われる、男の叫び声が聞こえた。

孟徳と虎淵は、声のした方を振り返り、そちらを目指して走った。

やがて、丘の方から走り降りて来る、少数の騎馬集団を目撃した。


「奉先…!!」


孟徳は、その騎馬集団が降りて来る方向へ走った。

しかし、彼らはあっという間に林間を走り抜け、二人の視界から遠ざかって行く。


二人は必死に後を追って街道まで走り出たが、砂塵だけを残して、既に騎馬の姿は掻き消えていた。

孟徳は全身から力が抜けた様に両膝を突いて、その場に座り込んでしまった。


「孟徳様…!血が…!」

そこで始めて、孟徳が傷を負っている事に気付いた虎淵は、自分の着物の裾を破り、孟徳の肩に押し当てた。


孟徳は、深くうなだれたままでいる。

そのまま、死んでしまうのではないかと思われるほど、呼吸が浅い。

虎淵は不安になり、孟徳の肩を揺すった。


すると突然、孟徳は左手で虎淵の腕を掴んだ。


「…奉先は、生きている…!」


そう呟いて、驚いた虎淵の顔を見上げる。

やがて東の空に掛かる雲が、淡い紫色を帯び、辺りは白々と明け始めた。

孟徳の瞳は、柔らかな朝日を浴びてきらめき、表情は爽やかに晴れ渡っていた。




日が中天に差し掛かる頃、孟徳と虎淵は、道沿いにようやく小川を見つけ、冷たい水で喉を潤した。

夜通し、飲まず食わずでここまでやって来た二人の体力は、最早もはや限界に達している。

二人は、河原に仰向けに倒れ込んだ。


やがて孟徳は、肩の痛みで目を覚ました。

日は傾きかけている。いつの間にか、眠り込んでしまっていたらしい。

虎淵が、濡れた布で肩の傷口を洗い、布できつく縛っていた。


「孟徳様、良かった…!気がつかれましたか!」


「すまぬ…どれくらい眠っていた?急いで発とう…!」


体を起こし、立ち上がろうとする孟徳の肩を、虎淵は慌てて押さえた。

孟徳は、痛みに思わず眉を寄せる。


「申し訳ありません…!大丈夫ですか…?」

「ああ、このくらい平気だ…」

「もう少し、お休みになった方が宜しいですよ…!」


どう見ても、孟徳の顔には、疲労の色が濃く浮かんでいる。

虎淵は心配顔で、孟徳の顔を覗き込んだ。


「立ち止まっている暇は、無いだろう…!」


孟徳は、強い眼差しを上げた。


「落ち着いて下さい…!あの男がもし、先生だとしたら…孟徳様に怪我をさせるとは、考えられない…それに先生なら、僕たちにも気付いたでしょう?何も言わず、去って行くなんて…やはり人違いではないでしょうか?」

「それを確かめる為にも、やはり鄭へ行かなければ…」

「しかし…!」

虎淵が言い掛けると、


「…!待て!」

いきなり孟徳は、虎淵の口を手で塞いだ。


「誰か来る……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます