第11話 旅の道連れ

出会ったまちから、三日目の夜を迎えていた。

天候にも恵まれ、順調に道程どうていを進んで来た。

南へ向かうほど、山々の白さは衰え、少しずつ緑の大地が見える様になっていった。


先頭に、趙泌が馬上で荷車を繋いだ馬を引き、後ろに孟徳、虎淵がそれぞれ馬にまたがって続いていた。

荷車には、趙泌が背負っていた、薬が入っているらしい大きな箱と、玉白を乗せている。


四人は、街道から少し離れた、平らな場所を見付けると、焚火を囲んだ。

「この調子で行けば、あと二日もあれば着きやす…!」

趙泌は、擦り合わせた手を、焚火にかざす。

「趙泌殿のお陰で、本当に助かりました!ねえ、孟徳様…!」

虎淵と趙泌は、すっかり打ち解けた様子で、会話を交わしていた。


孟徳が、焚火の傍へ行って腰を下ろすと、玉白が近付いて来た。


「…何だよ、ここに座りたいのか?」


玉白は、じっと孟徳を見下ろしていたが、やがてその隣に腰を下ろした。

「玉白殿は、やっぱり、お姉様がお好きなんですね…!」

二人の様子を、目を細めて見ていた虎淵が、冗談っぽく言うと、孟徳は睨み返した。


「玉白、お前には気の毒だが…お前の姉さんはもう死んだんだ…!帰って来る事は無いんだよ…!」


玉白は、不思議そうな顔で、孟徳を見つめている。

「…言っても無駄か…」

そう言って、目を伏せた。

やがて眼差しを上げ、玉白の黒い大きな瞳を覗き込んだ。


「お前は、信じてるんだよな…自分の目で確かめるまでは、姉さんが生きていると…!」


玉白の瞳は、赤い炎に照らされて、揺らめいている様に見えた。


趙泌が、鍋に水といいを入れ、手早く掻き混ぜ、火に掛けている。

出来た粥を二つのわんそそぎ、それぞれ孟徳と虎淵に勧めた。


「明日も、早朝から出発しやすぜ…!若い人は、しっかりと栄養をつけねぇとな!あっしは、見張りをやってるから、ゆっくり休んでくだせぇ。」

趙泌はそう言うと立ち上がり、少し離れた場所にある、大きな岩の上に腰を下ろした。


椀にがれた粥を食べ干した虎淵は、鍋から新たな粥を注ぐ。

「玉白殿も、お食べ下さい…」

そう言って、椀を玉白に差し出そうとした。が、椀は虎淵の手から滑り落ち、地面に転がった。


「虎淵…?!」


それを見て、咄嗟に孟徳は立ち上がろうとした。

「……!!」

しかし、急に視界が歪み、激しく地面が揺れている感覚に襲われた。


虎淵は、地面に仰向けになって倒れている。

ふらつく足を、二、三歩踏み出したが、立っているのがやっとだった。

孟徳は膝から崩れ落ち、そのまま、虎淵の隣に倒れ込んだ。

意識が遠退き、視界の端には、焚火の前に膝を抱いて座り、じっとこちらを見つめている玉白が映った。


「ようやく眠ったか…」


岩の上で、遠くの山々を遠望していた趙泌は、冷めた目付きで、肩越しに振り返った。

岩から飛び降り、焚火の方へ歩いて来る。


「おい、玉白!ぼさっとしてんじゃねえ!さっさと手伝うんだ!」


趙泌に呼ばれ、玉白は青白い顔を上げた。


趙泌は、手早く二人の腕を、縄で後ろ手に縛った。

虎淵と孟徳を、玉白と二人で荷車へ運び込み、その上に筵を掛けた。


「良し、焚火を消すんだ!急がねえと、かしらを待たせちゃ後が怖えぞ…!」

そう言って、玉白をかすと、出発の準備を急いだ。




荷車を引かせた馬に、鞭を呉れながら、趙泌は山道を急いだ。

玉白は、荷車から空を見上げていた。


月の光が、森の木々の間から、怪しく差し込んで来る。

青白い月はまるで、自分たちを追い掛け、頭上高くに留まったまま、こちらを見ている様に感じられた。


谷を抜け、丘を超え、やがて道沿いに、一塊の集団が野営しているを、趙泌は遠望した。

やがて、その集団からも趙泌の姿は確認された。

物見の男が、仲間を振り返って怒鳴った。

「趙泌の野郎が現れた…!おかしらに知らせろ!」


「随分、待たせたじゃねぇか!」


趙泌の頭上から、恐ろしいだみ声が降って来た。


かしらは、熊の様に大きな図体で、踏ん反り返って趙泌を睨んだ。

顔つきは、まるで虎の様で、鼻が非常に大きい。

獣の皮を身に着けていて、盗賊の様な格好である。


「申し訳ありやせん…!こいつらが、鄭へ行きたいなんて言い出すもんで…ちっとばかし、遠回りになっちまいやして…」


うろたえながら、趙泌は振り返って、荷車の方を指差した。


「ろくな奴じゃ無かったら、てめぇの首を引っこ抜いてやる!」


頭は趙泌を押し退け、大股で歩きながら荷車へ近付き、頭の後から付いて来た仲間が、筵をめくった。


「ああ…?何だ、餓鬼じゃねぇか…!俺は使える奴を連れて来い、と言ったろう!!」

頭は、鬼の形相で趙泌を振り返った。


「あっしらに、大の大人を捕まえるなんて、無理でさぁ…!だが、そいつは使えやすぜ!剣の達人なんだ…!」

趙泌は、慌てて弁解した。


「ふん…!全く、約に立たねぇ!」


そう言いながら、頭は懐から取り出した金子きんすを、趙泌の足元に投げた。

趙泌はしゃがみ込んで、それを拾い集めたが、

「…たったの、これっぽっちですかい…?」

と、情けない顔を上げた。


「文句があるのか!次は、もっとましな奴を捕まえろ!」


頭が怒鳴っている内に、仲間たちが虎淵と孟徳を、荷車から引きずり降ろしていた。

荷車の端に座った玉白は、ただ押し黙って、その様子を見つめている。


頭は、二人を火の傍まで連れて来させると、孟徳の着物の襟首を掴んで顔を上げさせ、手桶に汲んだ水を勢いよく掛けた。


「おい!起きろ!薄鈍うすのろめ!」


孟徳は意識を取り戻したが、次に、激しく咳き込んだ。

「うう…」

朦朧とする意識の中で、孟徳は地面に倒れて身悶みもだえた。


虎淵も、仲間たちに同じように、水を掛けられた。

意識を取り戻した虎淵は、顔を上げ、辺りを見回した。

「も、孟徳…様…!」

虎淵の目に、倒れている孟徳の姿が映り、彼は一瞬で正気を取り戻した。

立ち上がろうとしたが、両手を縛られ、自由が利かない。


虎淵は振り返って、荷車の側に立ち尽くしている、趙泌と玉白を見た。


「趙泌殿…!僕たちを、騙したんですね…!」


虎淵の声は震えていた。

趙泌は黙ったままうなだれ、玉白を荷車へ乗せると、馬を引いて、その場から立ち去って行った。


「いいか、お前ら!今日から、俺がお前らの飼い主だ!逃げようなんて考えたら、酷い目に合うぞ!」


頭が二人に怒鳴り付けながら、仲間たちに出発の合図を送る。

仲間たちは、孟徳と虎淵を引きずる様に連れて行くと、太い木で組んだ大きな檻へ、二人を放り込んだ。

檻には大きな車輪が付いており、やがて車輪を軋ませながら動き始めた。


後ろ手に縛られ、冷たい床板に転がされた孟徳は、きっと顔を上げた。

「趙泌の奴…!今度会ったら、ただでは済まさぬぞ!」

虎淵は、隣でぐったりとうなだれている。


「孟徳様…僕が付いていながら…本当に、申し訳ございません…」

「何を言っている…!終わった事はどうでも良い!ここから逃げる事を考えろ!」


孟徳は、木組みの間から外を見た。

ざっと見回して、小集団のこの賊は四、五十人程度だ。

盗賊だと思っていたが、彼らは奴隷商人だった。

自分たちの他にも、檻に入れられた人々がいるらしい。数台の檻車が引かれているのが見えた。


ふと、丘の上に昇った青白い月を、孟徳は見上げた。

「…?!」

何かいる。そう思った次の瞬間、


「虎淵!伏せろ!」


物凄い早さで、何かが檻の中へ飛び込んで来た。


外では、何人かが呻き声を上げて、一瞬にして馬から転がり落ちていた。

「敵襲だ…!!」

かしらが怒鳴って、腰の剣を抜き放った。

次々と矢の雨が降って来る。

頭は剣で、飛び交う矢を払い落とし、馬を飛ばして森へ駆け込んだ。

仲間たちも、頭に続いて森へ馬を走らせる。


降り注ぐ矢が治まり、孟徳が顔を上げると、檻の中には無数の矢が突き立っていた。

後ろ手に縛られたまま、矢の一本を抜き取ると、やじりで縄を切った。


「大丈夫か…?!虎淵!」


虎淵を自由にし、振り返ると、先程まで閉まっていた檻が、開け放たれている。

何者かが、檻車を開けて行ったらしい。

他の檻車からも、囚われた奴隷たちが逃げ出していた。


「まだ、近くに敵が潜んでいるかも知れぬ…!」


孟徳は、倒れた男の腰から剣を抜き取り、虎淵と共に森の方へ走った。

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