第4話 龍神の呪い

 

虎淵の立っている場所からは、将軍と奉先の会話までは聞こえて来ない。

 虎淵は、不安そうに二人の様子を見つめていた。

「先生…!」

 やがて、宿舎の入り口の方へ歩いて来る、奉先の元へ、走り寄った。


「すまぬ…雪辱せつじょくを晴らしてやれなかった…」

 そう言いながら、苦笑する。


「本気を出していなかったな…!あんな奴、お前なら倒せた!」


 通りの外で、二人を待ち構えていた麗蘭は、噛み付くように言った。

「…やるだけの事はした。」

「兵たちの前で、恥をかかせてやればよかったのだ!あんな奴…!」

 将軍に対し、悪感情を剥き出しにする麗蘭は、吐き捨てるように言う。


 奉先は、黙って自分の左手を見つめた。

 将軍の懇親の一撃を跳ね返した腕からは、その時の衝撃が、まだ残っているように感じられる。


「利き腕でない事を、見抜かれた…今まで、誰にも見破られた事は無い…」

 そう呟くと、左手を強く握りしめる。


「あのかたは、本物の武人だ…!」


 奉先は、少し頬を紅潮させ、瞳を輝かせた。


「なんだよ…!お前にしては珍しく、他人ひとを褒めるじゃないか?!」

「べ…別に、そういう訳では…」


 奉先としては、自分の真価を見定めてくれた、という思いがある。

 それを見澄ました麗蘭は、口を尖らせた。


「そんなに将軍の事が気に入ったのなら、付いて行って、配下に加えて貰えば良いだろう…!!」


 ふて腐れるように、顔を背けると、通りをさっさと歩き出した。


「麗蘭殿…あなたをお護りするのが、俺の使命だ…!俺は、何処へもかぬ…!」

 

慌ててそう言うと、虎淵と二人で、麗蘭の後を追う。


「護衛など必要無い…!自分の身は、自分で護れる!」


 麗蘭は、振り向きもせず、遠ざかって行った。

 奉先は、困ったように苦笑を浮かべ、遠ざかる麗蘭の後ろ姿を見送った。




翌朝、小鳥たちのさえずりが聞こえる、広い屋敷の廊下を、将軍と主人が談笑しながら歩いていた。


「実は将軍…今朝、お招きしたのは、縁談の話なのですが……」

主人は、躊躇ためらいがちにその話を切り出した。


だが、将軍はそれを遮るように、片手を胸の高さまで上げると、

「兵たちを、まだ少し休ませたいので…あと二日、ここへ留まらせて頂きたい。」

そう言って微笑する。

「返事は、二日後にお聞かせ願おう。」

将軍にそう言われ、主人は仕方なく引き下がった。


「所で、曹氏。この家に男児がおらぬのには、ある"呪い"が原因だと聞いたのだが…」


将軍の問い掛けに、主人は、戸惑った様子を見せる。


「噂を、ご存知でしたか…」

そう言うと、深い溜息を吐いて、静かに語り始めた。


「私の妻が、初めて子を宿した時の事でございます…」



妻、青蘭が、主人の元へ嫁入したのは、十五歳の時だった。

慎ましく、可憐で、華美かびさの無い少女であったが、主人は一目で彼女を気に入った。

やがて、大望の第一子を身篭みごもり、出産まであと僅かとなった頃だった。


ある時青蘭は、突然重い病にかかり、寝込んでしまった。

何人もの医者に看せたが、全く良くならず、元々あまり丈夫な身体では無かった為、そのままでは、母子共に危険な状態であった。


主人は、信心深いたちでは無かったが、妻の回復を願って、毎日廟堂で祈りを捧げた。

そんなある夜、主人は不思議な夢を見た。


夢枕に龍神が現れ、こう告げた。


『お前の妻か、子供の命か、どちらかを救ってやろう…』


困惑した主人だが、やはり、妻の命を救って欲しいと願った。


『では、生まれて来る男児を、わしに捧げよ…』


そう言い残し、龍神は消えていった。


その後、妻の病は、驚くほど回復に向かい、無事に出産を迎える事が出来た。

だが、生まれて来た我が子を見た時、主人は戦慄した。


生まれて来たのは、龍神のお告げ通り、男児だったのだ。


夢の話を、妻にするべきか悩んだが、結局言い出せず、虚しく月日が過ぎ去った。

やがて、生まれて半年が経った頃、その赤子は突然の病で、この世を去ってしまった。


その後、再び妻は出産するが、生まれた子供は、半年も待たず、亡くなってしまう。

その子供もまた、男児だったのだ……


「不幸な出来事が、偶然重なり合った…ただ、それだけの事なのでしょうが…妻は、今でも苦しんでいるのです…」


主人は、再び深い溜息を吐き、肩を落として目を伏せた。


「成る程…それが"呪い"と言われる由縁であったか…」


将軍は、辛そうな主人の横顔を、痛ましい目付きで見つめ、感慨深そうに、自分の顎髭を撫でていた。



人々が行き交い、賑わうまちの市場では、行商人が盛んに住民たちに呼びかけ、様々な物を売っている。

もうすぐ昼を迎える為、飲食店は客で賑わい、店の主人や使用人たちが、忙しく走り回っていた。


客の注文を聞いている、主人の背後に、黒い大きな影が近づいて来る。

主人は気配に気付いて、はっと振り向いた。

次の瞬間、机の上に、どかっと刃物が突き立てられる。


主人は驚いて跳び退いたが、いきなり胸ぐらを捕まれ、体を持ち上げられた。

「おい!こいつらが、この邑に居るだろう?!」

「ひぃ…!なっ何の事だか…?!」

主人は怯えて、震え上がった。


主人に掴み掛かった男は、顔を包帯で、ぐるぐる巻きにしている。

男は主人に、突き立った刃物の方を見るよう、顎で促した。


机に突き立てられた短刀の下には、人相書きが記された一枚の布がある。

そこには、二人の少年の顔が描かれていた。


「隠すと、為にならねえぞ…!」


男は凄みを見せて、鋭い目付きで睨んだ。



「ほう…虎淵、お前本も読むのか?」

「はい、読書は大好きです!」

両手に書物を抱えた虎淵は、満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに答えた。


奉先と虎淵の二人は、人々が行き交う、市場の通りを並んで歩いていた。

「そうか、大したものだな…」

「先生も、少しは書物を読んだ方が良いですよ!」

そう言われ、奉先は頭を掻いて、苦笑いをした。

「俺は、学問は全く…」


「おや…?何かあったのでしょうか?」

市場から少し離れた、邑の広場に、沢山の人だかりが出来ているのを、虎淵が発見した。


二人は、人垣に近づいて、後ろから広場の方を覗き見た。

広場の中心にいる、数人の男たちが、何やら大声でわめいていた。

その身なりから、彼らは盗賊団の一味のようだった。


盗賊団の中心に立っている人物は、手に白い布のような物を掲げている。


「いいか!夕方までに、この人相書に描かれているガキ共を、この広場まで連れて来い!連れて来ねぇと、この娘の首をねる!」


男は、自分の前に引き据えられた少女の首に、大きな刀の刃をあてる。


少女の衣服は乱れ、縄で身体を縛られている。

乱れた髪の隙間から、涙で濡れた、青白い頬が覗いた。


「大華殿…!!」


奉先は青ざめ、人垣を掻き分けて、前へ進み出ようとした。

「先生…!どうするんです?!」

虎淵は、慌てて奉先の着物の裾を掴んだ。

振り返った奉先は、険しい表情で、


「お前は先に、屋敷へ戻っていろ!麗蘭殿を、ここへは絶対に来させてはならぬ!!」


そう言って、人波の中へ姿を消した。



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