作物と家畜
大統領
ナン大国が温暖な島国のためか、その大統領はゆったりとした服装で来国した。聞いていたより寒かったようで供に上着を準備させ羽織っている。温和で紳士的な印象を受けたと王子に聞いたがミクは緊張でそれどころではなかった。
南国の風習で膝をつき手に接吻され戸惑う淑女が多かったが、第二王子の関係者は交友関係の広い王子に前もって聞いていたため粗相をせずに済んだ。ここでも第二王子が第一王子に先んじて主導権を握ることになる。
「このたびは足をお運びいただきありがとうございます――」
ありきたりで無難な出迎えの言葉を王が述べた後、各々ワインを片手に談笑を始める。晩餐にはまだ早いので軽食をつまみながら交友を深める狙いだ。そんな中、第二王子が大統領のわずかな機嫌の変化を察知する。
「やはり閣下はワインが苦手のようだな。我が王をたててにこやかに振る舞っているが、グラスのワインは少ししか減っていない」
そうとは知らずワインを勧める王族たちに第二王子は苛立ちを隠せないようだった。
「勝手に段取りを決めておいてこのざまか」
昨日の最終確認に第二王子は呼ばれなかったらしい。しかし眉に浮かべた苛立ちもすぐ隠し、遠くで大統領夫人と語らうファオンに目くばせする。打ち合わせ通り、ファオンは王に大統領夫人との挨拶を勧め、タイミングよく第二王子とミクが大統領の前に滑り込んだ。
「本日は荒れた海のなか本国にご来航くださりありがとうございます」
「お疲れでしょうと思い本国特産のビールをご用意しました」
トクトクとミクが持参したジョッキにビールを注ぐのを見る大統領の顔が少しだけ明るくなったことを見逃さず、第二王子が告げる。
「このビールは我が邸宅で採れた麦を原料にしております」
「ほう、殿下は麦を栽培しておいでなのですか」
いくら第二王子でも、異国の言葉はわからない。よってどうせ通訳の言葉を聞くことになるのだが、大統領が話しているときは大統領の目を見て聞くことを徹底した。喉を鳴らし少しばかり饒舌になった大統領はミクの手をとり膝をついてキスをする。話には聞いていたがやはりこそばゆく、ミクは照れたような笑みをこぼした。
「王女様ですか?」
「いえ、妻の一人です」
「これはこれは……お達者で」
社交的な人が多いと言われるナン大国とシャイな人が多い王国では多少温度差があったが、第二王子はその垣根を見事に取り払ってみせる。弾む話に耳を傾けながら、ミクはすぐに空になる大統領のジョッキにビールを注ぎ続けた。
司会進行役の者が登壇した。そろそろ着席する頃だろう。来賓の隣は王で譲れないが、この少しの時間で大統領と打ち解けられたのは流石王子といったところか。王子は大統領に、自邸に来るよう勧め約束まで取り付けていた。
「あなたはよき女性とよき麦を持っておられる。ぜひともお屋敷に伺いたいものです」
そう言って別れた二人は離れた席に着席する。王と大統領夫人を取り持っていたファオンも機を見計らって話を打ち切り二人に合流した。
「いつ大統領は屋敷に来られるのですか?」
「明後日の西部視察の合間を縫って来られる。島にはない羊の肉をぜひ食べたいとのことだった――」
ミクは明後日がとても楽しみになった。
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