ミクの過去

 ミクはこちら側の者が「原始の砂漠」と呼ぶ、セズ砂漠の向こうから来た民族である。ミクの一族は大規模な灌漑農業で多くの人口を養っていた文明の中にいたが、適切な灌漑をせずにいたため塩害で多くの農地がダメになり、東へ東へと土地を求めて移住してきた。もう向こうには砂漠しかないというところまで来て、ある王国の傘下にはいる。その王国は、異教徒を酷く弾圧した。


 ミクの部屋で二人、久しぶりに寄り添うようにソファーに掛け、王子に肩を抱かれながら、ミクは話し出した。ミクたちけも耳、頭部の横に平べったい耳がついているのではなく上に犬のような立ち耳がついている種族は、古来から自然神を崇めて生きてきた。しかしその王国では人である王そのものが宗教の中心であり、それを敬わないものは敵視された。


「人は穢れた存在であり、自然がそれに時折天罰を下すという私たちの主張は受け入れられませんでした。彼らは母なる大河を埋め立てては流れを変えたり、山を崩して幾何学的な新しい山を築きそれを王墓と称したりしました。私たちの二代前の祖先は、その考えを神への冒涜として立ち上がったのです」


 武器をとり少数民族でありながら軍と戦ったところで、勝てる見込みはなかった。案の定惨敗し落ちのびる彼らを、あろうことか王国の市民が匿い、救った。そしてあるとき一族を匿った市民の一人が長老にこう告げたという。


『あなた方のやられていた灌漑農業も、自然の改変の一つです。我々は自然のままの狩猟や採集をする生活では大人数を養えません。だから森を切り開き地下水をくみ上げ本来乾くべき土地にも水をまき作物を育てるんです――そうしなければ一族が飢えるから。でも土地の力は有限です。多作をするたびに土は飢え、対策を施さないまま地下水をくみ上げるとまれに地下の土からの塩が土を汚します』


『なにが言いたい? 我々は生まれながらにして自然への背徳者だと言うのか?』


『違います。土が飢えたとき、我々が何をするがご存知ですか? 肥料というものを撒きます。新たに土に栄養を与えるのです』


『収穫した作物をまた埋めるとでも?』


『排泄物を肥料にするんですよ』


 ここで長老は怒りのあまり男の首元を掴んだ。汚物を母なる自然に返すとはいかなることかと目を血走らせていった。一族にとって汚物は火の力で清め海に流すものだったからだ。


自然がお怒りになると思いますか? いいえ、それで作物は育ち土は肥えるのです。灌漑にしろ、地下水ではなく川の水を使えば塩害にはなりにくい。あなた方の来た道に鬱蒼とした森はおろか、畑に使える土地もありません。あなた方こそ自然の僕を謳いながら正しい知識を拒み豊かな自然を壊してきたのです』


 男は汚いはずの人の排泄物が土地を豊かにし、川の流れを変えることで安定した水を農地に供給できるようになったことをあげ、所詮我ら人も自然の一部であると諭す。Godは全て受け入れておられると言う男の言葉に長老は心打たれ、棄教を決意したが、その一か月後、王国は寒冷化による壮絶な飢饉で体制を崩壊させ、滅亡した。一族は王国を発ち新たなる真理の獲得を目指しさらに東を目指した。


「けも耳にはそんな過去があったのだな」


「ですから、我々がテロなどというおぞましいことを起こしにこちらにやってきた訳ではありません。テロリストはけも耳移民の地位向上を求めていたと聞きましたが、本当のけも耳が希求しているのは自然神に代わる神の存在です」


 ミクが述べたことは、王子にとって新しく、そして含蓄の深いものになった。

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