40 偽物の正義(3)

 目の前に突然広がった孔雀の飾り羽が僕と国前さんを分断する。荒く編まれた網のような見た目とは裏腹に鋼線のように頑強。揺らすことすらできない。


 取り乱す僕に奇異の目を向けるように、羽についた黒い丸模様が一斉に僕へと向けられる。虫にたかられたような感覚に鳥肌が立ち、反射で手を離す。


「なんだよこれ……!」


「ここで仕掛けてくるぴよか、クジャク!」


 姿を現さないクジャクに警戒はしていた。同時に協力者がいる以上、部屋全体を回転させるような手段には出ないという油断もあった。


「クァゥ……あ、遊ぶのはほどほどにしろ」


「私はいたって真面目だ。職務にも忠実でいる」


 部屋の中にクジャクの姿はない。声だけが響き渡る。

 再び依緒を畳の上に寝かせると、国前さんは立ち上がって僕に向き直った。


「だから用件を済ませよう」


「逃げるぴよ!」


 身構える僕にピヨが叫ぶ。


「ピヨが相手できるのはクジャクだけ、クニサキが実力行使に出たらどうにもできないぴよ、だから逃げるぴよ!」


「そんなこと言ったって……依緒はどうなる!?」


「ユートまで捕まったら今度は誰が助けに来るぴよ! 目的達成にはユートの無事が最優先ぴよ!」


 奥歯がギリギリとゆがむ。

 次なんてあるのか? ここで助けなきゃ二度とチャンスはないかもしれない。

 だけど具体的に助ける方法はない……。


「お願いだから言うこと聞いてぴよーっ!」


「……くっ……そぉぉぉ!」


 僕は玄関に向けて反転した。

 身体の捻りに右足だけが反応せず、バランスを崩し倒れる。


「なっ、足に……羽!?」


 移動を阻害したのは足首に絡みついたツタ――のような、クジャクの飾り羽。畳から生えているように見える様はまるで植物だ。

 嫌悪感を抑え込み引きはがそうとするも、密着して剥がれない。


「聞いた話では頭に乗せたひよこと会話しているそうだが、なるほど。異常だね」


「これじゃ拷問ぴよ! さっさと自由にするぴよ!」


「足首だけの拘束で済ませているのは温情だ。法律じゃ絶対に禁止されているが、ここでは私が正義だからね……変な動きを見せなければ、いま以上の拘束はしない」


 ピヨの猛抗議なんてもちろん届かない。


「では取り調べを始めようか。『鍵』はどこだい」


 横で僕を見下ろす警察官が、笑顔を浮かべながら聞いてくる。


「正直に話せば情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はある、手荒な真似はしないと約束しよう。時間があるとはいえ、お互いに面倒は嫌だろう?」


「ふざけるな。答えはずっと一緒だ。そんなもの持っていない」


「偽証はよくないよ。私はあの日聞いているんだ。仲村君が『鍵』を持っていると自白したところをたしかに聞いた、真後ろでね」


 自白? そんな覚えはないし、真後ろにいただって?


「ブランコに座ってつぶやいていたじゃないか『大切な鍵だ』と。私はアパートの塀と木を挟んで、しっかりと耳にしている」


「もぴかして一週間前の夜のことぴよか……?」


「あの夜に『鍵』を拾った。だからずっとアパートに執着していた。だから私を挑発していた。私の誘導に乗って大家を疑う振りをして、この部屋に入ろうとした」


 そうか。そうだったのか。

 なぜ僕が目的の物を持っていると勘違いしていたのか、理由がようやくわかった。


「だからずっと僕が『鍵』を持っていると……大家さんに不利な噂を聞かせ続けたことも……はっ、あはは……!」


 とんでもない勘違いに思わず笑いがこみあげてきた。本当にくだらない。


「あのときの僕が手にしていた鍵を見せますよ」


 自由になった腕でブレザーの胸ポケットから鍵を出し、天井に掲げる。


「これがあのとき手に持っていた鍵です」


「ぜっ……全然違う! ボクの探している『鍵』じゃないっ!」


 答えたのはクジャクの声。顔を見せずとも、どこからか様子を見ている。


「言ったよね、偽証は良くないと」


「いいえ、間違いなくこれはあのとき出していた大切な自宅の鍵です。見たんですよね、あの夜。聞いただけじゃなくて・・・・・・・・・・


 キーケースから出したマンションの鍵が、室内灯の明かりを照り返す。


 僕が小学生のころ家の鍵を落としたときに、母さんが買ってくれた恐竜のキーケース。これなら紛失の可能性は減るし、落としても交番に届けてもらいやすいようにするため、裏に名前が書いてある。


 二度と同じ失敗しないために母さんが講じた、合理的な対策だ。


「辺りは暗かったし、真後ろじゃ僕の後頭部に被って形まで判別できなかったかもしれませんが……でも見たんですよね? まさか言葉だけを聞いて、探している鍵だと決めつけた――自分の考えは間違っていない、自分は絶対に正しいと思い込んでいたんですか?」


 国前さんの笑顔にぎこちなさが生じる。


「勘違いだったら間抜けな話ですね。昨日『依緒の捜索で鍵を探している』と話したのも、もしかして僕に鎌をかけるためですか? 焦っていたんですか?」


 図星だ。国前さんの固まった表情が答えていた。


「おっ、おい」


 不穏な空気を感じたように、クジャクが口を出してくる。


「お、お前が持っている奴を見つけたと言ったから、ここまで協力したんだ。それが……ま、間違いだった? 『鍵』がない以上、お前との約束は守れないぞ」


「少し黙って見ていろ。手も出さなくていい」


 国前さんの声色から余裕が消えた。


「では仲村君が毎日この部屋に来た理由はなんだ。『鍵』以外になにがある」


 僕は自分だけが分かればいいと思って話す。


「初めは偶然でした。あいつと一緒にここへ来ていたら、目的の『結晶もの』がこの部屋にあると分かった」


「要領を得ないな」


「自分の目的が第一だったけど、昨日話して、この部屋に入って変わった。窮屈で気持ちの悪い場所から出してやりたい、自由にしてやりたいって……こんな奴に捕らわれているなんてなおさらだ」


 喉が焼けつくように熱を帯びてきた。でも声を抑えることはできない。

 僕は立ち上がり国前さんと対立する。


「自分しかいない部屋で何が正義だ。自分より弱い女の子を連れ込んで、いやらしいことをして、それのどこが正義の味方だよ犯罪者」


 僕も勘違いをしていた。警察官の制服を着ている人間は正しい行いをすると。


 でも外見と中身は必ずしも直結しない。

 大学生を装う高校生もいれば、中学教師だと言葉で飾る女性もいる。だから真に眼を向けるべきは中にある本質。


 自分の眼に映るものを間違えるな。

 目の前にいるのは、偽物の正義をまとった――悪だ。


「僕が毎日ここへ来た理由は依緒に助けてと言われたからだ。お前みたいに身勝手な正義を振りかざす悪人から依緒を奪い返すために僕はここにいるんだ!」


「もう分かった」


 いきなり僕の右腕が握られ、力ずくで持ち上げられる。

 振りほどこうと身体ごとよじるが、力じゃかなわない。


 カシャリ。腕に銀色の輪がはめられた。

 鈍い光を放つ拘束具を確認したと同時に、僕は頬に衝撃を受け畳に倒れ込んだ。

 

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