37 もっとも合理的な作戦

 昨日の夜、眠れない頭で一生懸命考えた。授業中もずっと悩んだ。

 残された時間で選択できる『最良の作戦』とは何かを。


 目的は閉じられたクジャクの密室から依緒の身体を取り返すこと。クジャクや協力者と対峙する必要はない。


 達成に有効な要素はたったひとつ。

 相手が欲しがっている『鍵』を僕が持っている……と誤解されていること。利用したい事実だが『鍵』が何かすら分かっていないし、バレたら圧倒的不利に陥るのは明白。


 リスクと隣り合わせのアドバンテージ。実質、僕が持っている手札はゼロだ。


 以上を踏まえて立てた作戦は。


願いの結晶ラウィッシュ・ダストの力を停止させる」


 町の夜を自転車で切り裂く。今日の外気は一段と冷たく感じる。寒さで表情筋はこわばるも、回り続けている頭の中は熱い。


「それは昨日やろうとして失敗したぴよ」


「不意を突かれたからだ」


 肩に止まるピヨに説明を始めたのは、事前の打ち合わせをするため。


「部屋が回転すると分かっていれば、押入れの奥にある結晶まで手を伸ばすのは難しくない」


「結晶の力が停止させたとして、その後はどうするぴよ」


「それで終わりだ。依緒の身体は現実世界に戻ってくる」


「ぴぇ? どういうことぴよ?」


 ここから話すのは予想でしかない。そう前置きして考えを並べていく。


「クジャクが能力を使えなくなれば、部屋は元に戻る。あの雑然とした部屋があるべき空間に帰ってくるんだ」


「まるでクジャクのいた部屋が本来の二〇一号室みたいに言うぴよね」


「みたいじゃなくて、その通りなんだ」


 順序だてて説明する。


 ここ数日、ドアポストから中を覗くとピヨは結晶の気配を感じていた。反応があるのは結晶のエネルギーが使われているとき――つまりクジャクが能力を使っている場合と分かっている。しかし室内に変わった点は見つけられなかった。


 一見、矛盾した状況。だけど素直に考えれば実にあっさりと答えが出た。


 異常のない室内を見せる。

 それが発動していた能力の正体だ。


 クジャクは支配する空間を自由に操れるとを言っていた。だから二〇一号室という空間を隠すこともできるはず。

 姿をさらさないことに徹底する。あの臆病な性格を加味すると、われながら納得のいく推論だ。


「でも押入れの中に結晶があるとは限らないぴよ。別の場所に移動していたらどうするぴよ?」


「それはないと思う」


 昨日は僕が結晶に触ろうとした直前に叫び声を聞いた。結晶がクジャクにとって大事な物には違いない。


 だからこそ、押入れの奥なんて分かりやすい場所に隠すのが納得できなかった。


 施錠された部屋と言えど、ビビり屋のクジャクがお粗末すぎる選択。まだ台所の下やトイレの裏の方がまだ見つかりにくい。なんならベストは協力者に管理を任せることだ。このように安全性の確保にはいくつか考えられる。


 それなのになぜ押入れの奥を選んだのか?


 選んだのではない。

 選べなかった……動かせなかったと考えたら。


「押入れに置いておく理由、もしくは動かせない理由がある。いずれにせよ結晶は今も押入れの中にある可能性が高い」


「都合のいい説明をつけているだけに聞こえるぴよ」


 だから予想だって言ったろ。こっちは知ってることだけで作戦を練るしかないんだから。


「肝心の部屋にはどうやって入るぴよ。鍵はかけられているし、もうクロハタの力は借りられないぴよ」


「大家自身に開けてもらうんだ。鍵は持ってきたから依緒を確認させろと言えば難しい話じゃない」


 向こうだって交換するための前提にしているだろう。


「ぴぅーん……ぽんぽん話が進むとは思えないぴよ。先に鍵の確認だと言ってきたらどうするぴよ」


「時間制限を設けておいて疑うとは思えないけど……こっちが優位に話を進められるように第三者――警官を連れていく」


 依緒の捜索願いが出ているのは国前さんから聞いている。だから重要な証拠をつかんだと言えば無視はしないはず。しかも疑いをかけるのは評判の良くない大家。僕の言葉にも説得力が出るだろう。


 僕が『鍵』を持っている時点で、大家が無下にすることはないだろうけど。


「部屋さえ開けてもらえばこっちのものだ。あとは最短最速で押入れの結晶を無力化しに行く。これが依緒救出の作戦だ」


「それこそ昨日の二の舞になる危険があるぴよ! クジャクがユートを向こうの空間に強制移動させたら……」


「突然消えるんだろ? 明らかに異常事態じゃないか。警察が調べないわけがない」


 これが第三者を連れていくもうひとつの理由。


 誰もいない部屋でいきなり僕が消えたら、まず室内を調べるだろう。そこで結晶を見つけてもらえば事態は動く。動かせない場所から動かすのだから、クジャクにとって不都合である可能性が高い。


 もしも空間が維持できなくなれば最良……というのは高望みしすぎか。


「コフレに言われたばっかりぴよ、自分を大事にしろって」


「そんなこと言われてたか?」


 自らを犠牲にするなんて考えてはいない。あくまでも目的達成のために考えうるもっとも合理的な作戦だ。そして依緒の救出が優先順位の一番というだけ。


「ま、向こうだって警察官の前で僕を消すリスクは負わないだろ。大丈夫だって」


「無茶をしたらコフレの正拳突きがユートの内臓をえぐるぴよ」


「上手くいっても成果によって瀕死の重傷か……善処する。それよりピヨ、結晶の無力化は頼んだぞ」


「ピヨは不安で仕方ないぴよ……」


 小さな身体がぷるぷると震える。僕だって不安だ。

 けれど依緒の願いを叶えられるのは僕しかいない。

 計画を立てた後は実行あるのみ。僕が誰よりも成功を信じなければならない。


 公園前の交番が見えた。いよいよ作戦開始だ。



 引き戸を開けるとデスクに国前さんが座っていた。まずは幸先がいい。昨日の今日で話を通しやすいからだ。


 僕にとって頼もしき協力者となる警察官は、柔和な顔で僕を見る。


「どうしたんだい。切羽詰まった顔をして」


 事情を説明すると、大家の自宅までの同行を引き受けてくれた。まずは第一段階クリアだ。

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