23 視える者と視えざる者(2)
「なに考えてるんだよ!」
僕は慌ててアパートの薄いドアと、武道の構えを見せる有珠杵の間に立つ。
「仲村君の予想通り、ドアを破壊して室内に入ろうと思っているわ。さあ……今度はどうやって止めるつもりかしら?」
「なんで僕が挑発されてるの⁉」
いよいよ手段を選ばなくなった有珠杵だが、本当に実行できるので
「できることなんて頭を下げて頼むか、全身でドアをかばうくらいだ」
「土下座して靴を舐めながら許しを請うとか、自ら体を差し出して苦痛に身をゆだねるとか……人は見かけによらない性癖を隠し持っているものね」
「曲解からのねつ造! 逆にお前の性癖が垣間見えてるよ!」
「私は仲村君に合わせているだけで、本質は尽くすタイプなの……ああっと、有益な個人情報を渡してしまったわ。この先、弱みを握られていいように
「そんな弱みで屈服するやつじゃないだろお前は。とにかく警察沙汰はダメ、近所迷惑になる手段も禁止だ」
「……上手くいかないものね」
有珠杵はつまらなさそうに両肩の力を抜く。そんなにドアを破壊したかったのか。
「ピヨにはコフレの
謎は全て解けたように、ピヨが鋭い意見を飛ばす。僕にしか聞こえないので言葉を選ばない。
「ドアチャイムの時は手首、ノックの時は腕。だからドアを壊そうとすればユートが抱きついて止めてくれると思ったぴよ」
「身を
「学年トップの頭脳と乙女心の相乗は難しいぴよね……コフレ、がんばれぴよぅ」
有珠杵を応援するピヨ。僕が体を張って止めることで、有珠杵に何の得があるんだ? 力ずくじゃなくて、持ち前の賢さを活用したスマートな作戦を期待していたんだが……。
「ったく、鳴かぬなら鳴かせてみせるってクレバーな主張はどこ行ったんだ」
「心理的圧迫をかけることで、追い込んだ末に鳴かせてみせる算段だったの」
「冷酷だな! それ織田信長サイドの思想だから!」
「仲村君、勘違いしているようだから伝えるけれど」
諭すように僕の目を見る有珠杵。
「『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』という句を織田信長が実際に
「お、おう。急に頭のいいとこ出してきて……」
「そして私が強行的で短絡的に見える策を選んだ理由は、習い事の時間を加味したうえで、仲村君とチーズケーキを食べに行く時間を確保するため」
「からのチーズケーキ!」
「店の営業時間は心配いらないけれど、目的の商品が売り切れてしまっては元も子もないから」
物憂げに夕暮れ空を扇ぐ有珠杵。どんだけ食べたいんだよ……戦国武将を引き合いに出してまで正当化したい理由でもあるまいし。そんなに食べたいなら僕に構わず一人で行ってほしい。
「ところで仲村君は今までどんな方法を試したの? 強硬手段を除けば、呼びかけるくらいしか手段がないけれど」
「今までだと……そういえば直接的にコンタクトを取ろうとしたことはないな」
というか、僕自身はアクションを起こしていない。玄関ドアの投函口から様子をうかがうのみで、依緒や那須の行動を横で眺めていただけだ。
「ユートもできることはやっておくぴよ」
一理あるが、有珠杵が散々脅迫した後で呼びかけるのも今さらだな……なんて思いつつ、投函口を押し開ける。ツッコミ過ぎて荒れた喉を整え、声を投げ入れた。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか……ある中学生の女の子がこちらの家の方に用事があると言っているんです。ドア越しで構いませんので、まずはお話を聞いてもらえないでしょうか」
誠意を込めて呼びかけるが、六畳間に反響する声は虚しく溶け消える。
「気配はするぴよが、強さに変化はないぴよね。イオに関する情報を出したら反応があるかとちょっぴり期待したぴよが……」
「仲村君」
投函口の高さから顔を上げると、有珠杵が冷ややかな目が僕の体温を下げる。不機嫌になっているのは火を見るより明らかだけれど、その理由が分からない。
「中学生の女の子って誰?」
「ぴよっとぉ⁉ 修羅場の予感ぴよ!」
頭の上のひよこが小っちゃな翼をはためかせた。
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