19 那須聖臣という男は恐ろしい
「大将の知り合い?」
那須が小声で聞いてくる。僕は部屋ひとつ分むこうに立っている国前さんに顔を向けたまま、的確な関係性を探す。
「あー……目をつけられてる」
「すげえ。やっぱり大将はマジ大将だな」
「望んだことじゃない。困ってるんだ、僕だって」
近づいてくる国前さんはやれやれと疲労気味な表情を見せつつ、警官帽子のつばを深くする。地面を踏みしめる足音がやけに尖って耳に届く。
「仲村君、どうしてこのアパートにいるのかな? 何かここに来る理由があるのかい? 話を聞かせてもらうよ……いろいろと」
「簡単には逃がしてくれなさそうぴよ。どうするぴよ、ユート?」
無人のアパートに人がいるかどうか調べていました。
見ても聞いても、怪しさしかない言葉だ。ただでさえ信用されていない相手に、こんなパワーワードは口から出せない。絶対に。
対応によっては今後警戒されて、アパートや公園の周囲を自由に歩くこともままならなくなるかもしれない。まだ結晶探しも
飲んだ唾の音が、自分でも驚くほどはっきりと聞こえた。
「……大将、貸しひとつだからな」
言い残すと、那須はフレンドリーに両手を広げて国前さんに近づいて行く。
あいつ何をするつもりだ……?
「いやーお巡りさん、ちょうど良かったです」
「? 君は?」
少し虚を突かれたように足を止める国前さん。対して那須は臆することなく距離を詰める。
「俺たち高校の新聞部で、このアパートに幽霊が出るって噂を調べに来たんです。ぜひお話を聞かせてください」
「新聞部……?」
困惑の顔色を浮かべながら、那須と僕の顔を交互に見定める警察官。
那須の意図はまだ読めないが、こうなっては乗っかるしかない。極力平静を装って設定にうなずく。
「掲載記事のネタ探しっすよ。一部じゃ有名な心霊スポットになってるみたいで」
「ああ……そんな根も葉もない噂を信じてここまで来たのかい。学生ならもっと有意義な記事を書くべきじゃないのかな」
「学業に勤しむ生徒たちの息抜きとして、現実とかけ離れたコンテンツを提供するんです。古典文学にも収録されている怪談が時代に合わせ今なお残っているのは、民衆に望まれているジャンルである証拠に他なりません」
「いま春だよ? 怖い話なら普通は夏にするもんじゃないの」
「今のうちに取材して、シーズン手前で発信するのがベストなんです。ファッションだって早いところでは五月から夏物を展開するじゃないですか。学内のエンターテインメントをけん引する新聞部としても、同じく季節を先取りしたいんですよ」
国前さんの疑問に対し、事前に準備していたかのようにつらつらと答えていく。
「だいたい、警察に幽霊が出るかなんて聞いてどうするんだい」
「幽霊がいるなら人はいないですし、幽霊じゃなければ人間の可能性があります。無人のアパートに人がいるなんて不審ですし、そうなったらもうお巡りさんの出番じゃないですか。まぁ市民が地域の安全確認として質問していると思ってください。といっても気楽な感じで構いません……で、実際に出るんですか?」
「出るわけないだろ。この辺りに勤務して一年ほどになるけれど見たこともない。もちろん、このアパートに関しての事件も起きていない。君たちが興味を持つようなものはここにないよ」
間髪入れずに質問をし、今度は国前さんを回答者の立ち位置に回す。
「ピヨはキヨオミに恐怖と才能を感じているぴよ……」
僕も同じ驚きを感じていた。客観的に観察するとよく分かる。
那須は都合よく話を逸らすのが上手い。質問にもっともらしい答えを返し、向けられた疑念を受け流す。出まかせだと思わせない
質問攻めに構えていた僕の不安はどこへやら、たった数分のやりとりでこちらが主導権を握っていた。
「出るわけない……ですよねー。俺も見たことないし、幽霊は信じない派っす」
言葉に緩急をつけながら、おどけるように同調する。しかしそれで会話を終わらせることはしない。
「でも噂くらいは聞いたことあるんじゃないですか?」
間髪入れずに次の質問。ずっと那須のターンだ。
「まあ古い建物だからね」
国前さんは話の流れに不自然さを感じることもなく、二階通路の裏側を見上げた。鉄骨素材は錆びきった十円玉のように変色し、悪しき呪いに蝕まれているかのような腐食がところどころに広がっている。
「創作の素材としては魅力的なんだと思うよ。一部の人たちには」
「このアパートはいつも見回りしているんですか?」
「一応ね。敷地が木に囲まれていて目隠しされているから、不良のたまり場になりやすいんだ。そうさせないために巡回してる」
「入り口くぐっちゃえば見えないっすもんね。でも大家さんは癖の強い方ですし、勝手にそんなことして怒られませんか?」
「もちろん協力してもらっているよ。自分の土地で好き勝手されるのは嫌だからね……って、会ったのかい」
「まず大家さんに取材しましたから。なっ?」
突然振り返った那須に、気後れを見せないよう取りつくろって返事をする。
筆村さんと那須は面識がないのに、さも自身の経験のように話す
「派手な蝶ネクタイが目立つ人、個性的な方でした」
「というわけで俺らもちゃーんと許可取ってます」
那須のVサインが勝利を表す。これで僕たちの行為は正当化された。
もしもすべて計算づくだったとしたら、那須聖臣という男は恐ろしい策士……いや、知将と呼ぶべきかもしれない。ただ調子が良くてずる賢くゲスいエロ男子高校生じゃなかったんだ。でも謝罪はしないぞ。
ただし後で国前さんに確認されると厄介なことになる。那須はこの場限りだけれど、僕は筆村さんと今後も関わるんだ。早めに会って、さりげなく今日の出来事を伝えておかなければ。幽霊取材をどう言い換えたものか……。
「大家さんに了承を得ているなら、自分は口出ししないよ。でも仲村君」
国前さんが那須の横を抜けて、僕の前に立つ。穏やかな表情で目に見えぬ銃口を突きつけている——そんな雰囲気を感じてしまう。
「本当に幽霊が目的なのかい?」
「……それは」
アパートにいる理由は認められたが、僕自身への不信が消えたわけじゃなかった。ここからは僕のターンだ。
過去二回のマイナス印象を払拭するなら相応の理由が必要だろう。付け焼刃じゃ相手の疑惑を強めるだけ。握った拳の内側がぬるぬると滑る。
「もしかして、この前言っていた中学生の迷子が関係あるとか?」
迷子……ああ、依緒のことだな。
先日、交番に連れて行こうとして逃げられた件で、僕の不審度上昇に拍車がかかったんだ。
せっかく話題に出たんだから「本当は依緒が気になって」という理由で行くか?
「その顔は図星かな。よほど可愛い子だったんだろう」
「いや、そういう理由じゃなくて」
待ってください。不本意な納得をされている気がします。
「大将……さすがに中学生の幕府を開くのはどうかと思うぜ」
「もういいから! 隠語として定着させるな!」
「幕府? 何の話だい?」
「こっちの話です、他意はありません!」
那須の一言で場が混迷する。お前もう言いたいだけじゃないの⁉
「『英雄色を好む』なんて言うしなあ。互いに合意のうえなら俺は問題ないと思うけど……こんなご時世だ。スキャンダルされないように忍べよ」
「こんなにも人の口に戸を立てておきたいと思ったことはないぞ……」
マッチの火を火炎放射器並みの威力へと引き上げる暗黒話術師、那須聖臣。
今後は言動に気を配らないと、風評被害で知らぬ間に学内炎上されられるかもしれない。なんでこんなやつと面識を持ってしまったんだ……。
国前さんには馬鹿だなと流してほしかったのに、険しい顔つきで僕を睨んでいた。
もしかして、すでに燃えちゃってる? 鎮火の言葉なんて思いつかないぞ。
「あ、そーいえば日本史の宿題あるんだった。取材も済んだし帰って勉強しなきゃ」
寄ってきた那須が僕の肩に手を回し、前に向かって押し出すように歩かせる。
国前さんとすれ違うと、片方の眉を吊り上げ、してやったりと笑って見せた。
不本意な部分もあるけれど、高額な借りを作ってしまった気がする。
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