14 弱きを助ける正義の味方(2)

「イオ、どこ行っちゃったぴよ……」


 公園まで戻ってきた僕とピヨは隅々まで探したが、依緒を見つけることは出来なかった。隠れられそうな場所なんてもうないのに。別の場所に行ったのか?


 疲れて芝生の木陰に戻ってくると、置きっぱなしだったドーナツの紙袋を見つける。依緒が急に走り出すから慌てて追いかけたんだっけ。


「せっかく会えたと思ったら、またいなくなるとか……これじゃ前回の二の舞だ」


「イオの抱えている不安は思っていたより大きかったぴよね。それが見抜けなかったピヨもふがいないぴよ……」


 僕より責任を感じているようで、頭の上からしょんぼりした空気が伝わってくる。自分以上に感情の不安定な相手を前にすると——正確には頭の上だけど——冷静さが戻ってきた。一緒に落ち込んではいけない。


「大丈夫だって、きっとまた元気にひょっこり出てくる。なんならまた明日様子を見に来よう。だからもうひとつの話だ」


 根拠のない言葉で落ち込むピヨに歯止めをかけ、意識的に話を切り替える。


「……結晶ぴよね」


 もと居た場所に座り直すと、ピヨも膝の上まで降りてきた。頭の上と話すことには慣れっこだが、やはり対面の方が話しやすい。


「反応に気がついたのは今日が初めてか?」


 ちいさい頭がこっくりと頷く。


「さすがに壁一枚じゃ感知は鈍らないし、人が大勢いいる場所ならともかく、一人や二人いるくらいで気配が読めなくなることもないぴよ」


「だとしたら今日たまたま、あのタイミングで室内に憑りつかれた人間がいて、結晶の能力が発動していたってことか」


「そういうことになるぴよ。でもそれだと——」


「中にいるのは一体誰だ、ってことになるよな。修理業者って可能性もないし……一番気になるのはどんな悪霊が憑りついているかだ」


 この間の回収が上手くいったのは、対策を練ったうえで偶然に偶然が重なった幸運の賜物だ。下手をすれば命の危険もあった。

 しかし今回は相手の情報が一切ない。スタート前から前途多難なのだ。

 頭を抱えて天を仰ぐ。木々の葉が風で揺れ、モザイクのように青空を隠す。


「前回の経験則が使えないとなると……そうだ。神さまに連絡とってくれよ」


 ピヨに回収を命令した絶対的立場で、厄介なものを不注意で地上に落とした張本人。ピヨは電波か念力か知らないが空の上にいる神さまに連絡が取れる。前回は結晶を手に入れた後での通信となったが、今回は早く報告して手はずを整えるなり、方法を教えてもらうなりしよう。


「ユート、実は今さっき連絡してみたぴよ」


「どうだった? また音信不通なんてことはないよな」


「向こうには繋がったぴよが……」


 くちばしから出てきた言葉は、まったく想像しない理由だった。


「何度も『土日と祝日はお休みです』ってメッセージが繰り返されて、誰も応答しないぴよ」


「なんだそりゃ役所仕事か! そして留守電みたいな仕様はなんだ! え、なに、神さまって公務員並みの完全週休二日制とかなの?」


「その辺はピヨもよく分からないぴよ。とりあえず明日、改めて問い合わせるぴよ」


「話を聞くたびに神さまのイメージが変わるな……おかしな方向に。あとできることと言えば」


 電話を取り出し画面に出したのは、筆村さんの連絡先。部屋に入りたいなら大家に許可をもらえばいい。だけど別れ際の様子を思い出す限り、許しをもらうのは難しそうだ。


 それ以前に空き部屋に人がいるなら、警察への連絡が先じゃないか?

 だけど泥棒だとしても、空室に忍び込む間抜けもいない。それを理由に部屋を開けてもらうにしても冗談に聞こえるだろう。僕の心証が悪くなるだけだ。


「次に遭遇できる機会が確実にめぐって来るとも限らないよな。いっそドアチャイムを鳴らして呼びかけてみるとか」


「無茶はダメぴよ。また腕をかじられるかもしれないぴよ?」


「うっ……それはごめんだな」


 悪霊に苦しめられている人は気になるが、自己を犠牲にしてまで助けたい、という考えには至らない。

 僕はあくまでも自分は平穏を求めるしがない高校生。漫画のように特別な能力ちからが使えるわけでもないし、弱きを助ける正義の味方なんかじゃない。


「ママっ!」


 大きな声が聞こえてきたのは木の裏手、歩道からだ。

 上半身を伸ばして顔を覗かせると、駆けてきた小さな女の子が、お母さんに抱きついている。見覚えのあるポシェットは、公園で迷子になっていた子だ。


「ダメじゃないの一人でお家を飛び出して、危ない人に捕まったらどうするの! ……心配したんだから」


 強く言い聞かせる声は一転、泣きそうな声でぎゅっと抱きしめる。


「遅くなってしまい申し訳ありません」


 女の子の後ろから現れたのは、先ほど一緒にいた正義の味方けいさつかん


「お家のことを聞いたのですが帰りたくないと仰いまして……話を聞いたら歯医者に行く予定だったと」


「はいしゃ痛いからやだ! さっきのところで遊ぶほうがたのしい、テレビみたりプリン食べたり、けいさつごっこしたい!」


 ごね始めた女の子に、警察官は優しい笑顔と声で話しかける。


「いいかいゆみちゃん。お医者さんに歯を元気にしてもらえば、冷たいアイスクリームやジュースも美味しく食べ飲みできるんだよ。どっちも大好きだよね? だからお母さんと一緒にお医者さんに行こっか」


 頭をなでられ、小さな頭がこくりと頷く。それを見ていた母親は一安心したように頬が緩んだ。


「本当にありがとうございました。国前さん……ですよね。先ほど交番でお名前をうかがいました。近所でも有名なんですよ、あの交番にはイケメンの素敵なお巡りさんがいるって」


「あはは……これは嬉しい反面、恥ずかしいですね」


「それであの、お菓子の代金はおいくらだったんでしょうか」


 財布を取り出す母親に、気まずそうに笑っていた国前さんは手のひらを見せる。


「それは本官のポケットマネーなのでお気になさらず。むしろ金銭授受は少額でもいろいろと面倒なご時世なので、できれば今日の一件ごとなかったことにしていただけるとありがたいです。ゆみちゃんも今日のことはお巡りさんとのないしょ、だよ? 約束を守らないとぉ……また逮捕しちゃうぞ~」


「わーっ、なんでもしますゆるしてくださいー」


 おそらく意味を理解せず言っているのだろう。まさにごっこ遊びだ。

 それから母親がもう一度礼を言い、我が子の手を取り歩き出す。


「またあそぼーねー」


 一件落着すると国前さんは交番に帰って行った。一部始終を見守っていた僕もまた首を引っ込める。


「絵に描いたような良心的警察官ぴよ」


「小さな子供には優しいのな。僕だって同じ未成年なんですけど」


 口を尖らせるも、以前ほどの嫌悪感はなくなっていた。迷子の一件を通して、真面目で優しい部分を垣間見た気がするから。職務に忠実でなければ、深夜にふらつく僕に声をかけることもなかっただろう。真面目な警察官だ。


「迷子の母親を見つけたついでに憑りついた人間も見つけてくれないかな」


「一般人には不可能だから自力で頑張るぴよ」


 結晶についてもう一点。悪霊の姿や声を知覚できるのは憑りつかれた本人と僕たちだけ。写真や動画におさめることも不可能。誰かに手伝ってもらうことはできない。


「家を探して、記憶喪失少女を探して、今度は結晶探し……今月は探してばっかりだ。将来は探偵にでもなれって天のお告げか?」


「結晶も大切だけど、今は新しい家を探すことを優先してほしいぴよ」


「とりあえずホームレス高校生の可能性はなくなったし、先に問題を解決しておいた方が憂いなく新居で暮らせるだろ」


 正直、他で契約できる部屋が見つかるとは思っていなかった。室内で変なこともなかったって大家自身が言っていたし、今や孔雀荘への不安要素はない。

 筆村さんの言葉の真意は汲み取れないけれど、僕以外に住んでいないのなら他の部屋を気にする必要もない。


 部屋探しは落ち着いた。明日からは結晶探しが始まる。

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