東の話

第118話 East Side Story ①

「ありあとざいやしたー」

 

 軽快なリズムと共に会計を済ませた客がコンビニから出ていく。

 それを見送った枝垂健二はレジの裏からバックヤードへ入って退勤手続きをとった。ここではタイムカードや入退勤スキャンではなく、PCへの直接入力なのがめんどくさい。

 退勤手続きが終わったところで店長と鉢合わせた。

 

「やあ枝垂君、おつかれ」

「お疲れ様です。お先に失礼します」

「ところでラフトボールは順調かい?」

「っす、今度レギュラー昇格試験があるので、そこをクリアできれば準レギュラーになって公式戦に出られるようになります」

「おお、それは頑張って」

「あざっす!」

 

 コンビニバイトからの帰路、次の給料日はいつだっかなと考える。毎月の収入は四万円程、うち五千円はラガーマシンの駐機代、一万円はアリのローン。更に一万円はチームへの月謝でそこに諸々の機材費や遠征費も重ねると、一万円あるかないかぐらいが残る。

 

「まあまあ残るか」

 

 家の事情から、ラフトボールの費用はあまり親に負担を掛けたくないからアルバイトを始めたわけだが、こうして自分の小遣いを自力で稼ぐのはいいものだ。

 アリを七三回払いのローンで売却してくれた貴族に頼めば支払いを先延ばしにできる、実際貴族は「まあ私ほどのエレガンスがあれば庶民の金なんぞ期待しないザンス」などと言ってきた。親切で言ったのはわかるがイラッときたので絶対毎月支払うと心に決めていた。

 

「そういやアリの改造パーツも注文したんだった」

 

 こちらも三回払いのローン返済、しばらくお小遣い無しの状況が続きそうだ。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 ある日の練習日、健二はいつものように基礎訓練を行い終えてシミュレーター訓練に移ろうとした時の事だ。昇格試験が近いからか、シミュレーター訓練はいつも以上に混雑している。

 レギュラーや準レギュラーにはそれぞれコーチがついて指導しているが、それ以下の訓練生にはコーチがついておらず、予め決められた課題をクリアして一定の水準に達した者だけが昇格試験に参加でき、そこで審査員が試験結果をみて判断する。

 

「こりゃ今日のシミュレーターは無理か」

 

 そんな中でもシミュレーター訓練は特に競争率が激しい、まず訓練生に割り当てられているシミュレーターが十機しかなく、訓練内容も難易度が高いのでこなすのに時間がかかる場合がある。

 昇格試験が近い今となっては混雑するのも当然だろう。

 

「アリでも弄るか」

 

 改造パーツが届くのは明日だが、先に色々調整しておくのも悪くは無いだろう。そう思い踵を返そうとしたら、不意にシミュレーター訓練の待機列に見知った顔を見つけてしまった。

 健二と同時にチームへ加入した田中 星矢たなか せいやだ。

 

「田中のやつやるなあ」

 

 内気な性格で背も低く、いつもオドオドと周りを見渡してる男だが、意外とちゃっかり物事を進めてて誰よりも早く課題を終わらせていたりする。

 今回の昇格試験も彼が一番早く課題をクリアして参加資格を得ていた筈だ。

 

「せっかくだから声でも掛けるか」

 

 更に踵を返して田中の元へ、余談だが田中星矢は田中と呼ばれることを好む。

 別にシミュレーター訓練をするつもりは無いので柵の外側から待機列の田中へ声をかける、いつの間にか最前列へ来ていた。

 

「よお田中、よくシミュレーター訓練に並べたな」

「あ、ああ健二君。なんか、混みそうに思えたからさ」

「俺もお前みたいな強かさが欲しいよ」

「おい、そこをどけ!」

 

 唐突だった、待機列の後ろから巨漢が列をかき分けて前に出てきたのだ。その男は最前列にいた田中を片手で跳ね除けた。

 田中はその場で尻餅をついたうえ、どうやら左手を捻ったらしく痛みに悶絶している。

 

「おい待てよ」 

「なんだぁ?」

 

 たまらず柵を超えて男の元へ、肩を掴んで無理矢理をこちらを向かせる。

 

「誰かと思ったらこないだ入った新入りじゃねぇか」

「お前順番を守らないだけでなく田中まで怪我させただろ! 謝れ!」

「おおそうかそうかそいつは悪かったな、ほらよ」

 

 そう言って田中の、あろう事か怪我した部分を掴んで引っ張りあげた。

 

「痛っ」

「てめ!」

 

 田中の短い悲鳴を聞いて更に健二の頭に血が昇る。思わず男を殴りそうになったが、そうなったら試験参加資格を剥奪されてしまうかもしれないので一旦冷静になる。

 

「こりゃひでぇや、ほれ早く医療室行ってこいよ、俺はシミュレーター訓練で忙しいからな」

「ざけんじゃねぇぞこらぁ!」

「も、もういいよ健二君、僕はいいから」

「お友達もそう言ってるぞ」

「チッ」

 

 これ以上口論してもラチがあかない、口惜しいがここは田中を医療室へ連れて行く事を優先しよう。

 周りの同情の目を掻い潜りながら訓練室を出る。人目の無い通路に出てから健二は徐に叫んだ。

 

「あの野郎ぜってぇぶっ殺す!!」


 もしここに宇佐美と武尊がいたら同調してリンチする算段を始めた事だろう。しかしまあ一人なので落ち着いて行動する。

 医療室に連れて行ったところ、軽い捻挫だそうだ。念の為に病院へ連れて行くが、一週間もかからないだろうとの事だった。

 

「じゃ、じゃあ僕はこのまま病院に、くれぐれもあの人には近づかない方がいいよ。なんでも高額スポンサーの息子らしいから」

「だからあんなに横暴なのかよ」


 まさか貴族の方がマシだと思える時が来るとは思わなかった。

 田中がタクシーで離れていくのを見送ってすぐ、健二の端末にチームからのお知らせメッセージが届いた。内容は来週の昇格試験でミニゲームを行う事と、その組み合わせだった。

 健二のチームには田中がいた。あとの編成をみるとバランス良く配置されてるように感じた

 そして対戦チームの方には。

 

「おいおい、マジかよ」

 

 先程問題をおこしたあの男が入っていた。

 

「ミニゲームならいくらでもボコしていいよなぁ?」

 

 健二の私怨を晴らす日は近い。

 

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