第116話 Merry Merry Merry ⑩
「てなわけでここがワイのお世話になっとる野々宮ボクシングジムや」
ボクシングを始めると決めたその日の放課後、宇佐美の勧めで武尊からボクシングジムを紹介してもらい、早速体験入会を行う事となった。
学割が効いてなんと千円ですんだので学生として非常に有難い。
ちなみに宇佐美はシミュレーション訓練があるからと別れ、澄雨は「宇佐美先輩いないなら行かない」とトレーニングに行ってしまった。
「そしてこちらがコーチやで」
「コーチです」
「桧山だ。よろしくお願いする」
「はい、では早速準備運動から始めようか」
コーチの指示に従いながら準備運動とストレッチで身体を暖めて、いよいよ本番。まずはシャドウボクシングでジャブやストレート、フックの打ち方を教えてもらい、ミット打ちで実践。
それらを繰り返して数時間後、体験入会が終わる頃にはすっかり汗だくとなり、夜も相当更けていた。
「今日は世話になった」
「是非またきてね」
その日は普段使わない筋肉を使ったからか全身が悲鳴をあげていた。風呂で寝落ちしかけた。
翌日、週末で学校が休みなので昨日習った事をラガーマシンに当てはめようと、朝からプログラミングに勤しんでいた。ハミルトンと違いレバー式のラガーマシンは予め一連の行動を記録したコードをセットしておき、ボタン一つ、もしくは掛け声一つで実行できるようにしなければならない。
今回はストレートとジャブを組み込んでみる。
昨日習った時に打ち方はわかったのでその通りにやってみたのだが。
「想定より威力がでぬな」
そうなのだ、実際にやってみるとヘナっとした何とも情けないパンチになるのだ。
ちゃんと言われた通りに踵を回し、腰を捻り、肩を突き出して顎につけるを意識して拳を出すようにしていたのだが、どういうわけかストレートという感じがしない。
「やはりラガーマシンと人間は違うようだな」
そもそも構造からして違うので仕方ない、直ぐに気付いた事だが、ソルカイザーの構造では肩を顎につけるのは不可能だったのだ。
おそらく他にも出来ていないところがあるのだろう、今日はじっくり検証して今度またボクシングジムへ行こう。
本当はこれからジムへ行きたいのだが、筋肉痛が酷いのでもう動きたくない。
――――――――――――――――――――
その日から涼一の試行錯誤と筋肉痛との戦いが始まった。
週二回ボクシングジムへ通い、週末はイベントや試合で実績稼ぎ。プログラミングはほぼ毎日やっているがこれといった成果は上がらない。
「よおおし! いいよ! もっと早く!」
バシッ! バシッ! と涼一がコーチのミットを打つ。
「もっと腰を意識して、筋肉の動きを理解するんだ!」
「はいっ…………はっ!」
突然涼一の身体に電流が流れたかのごとき衝撃が訪れた。コーチの言葉に正解を見た気がしたのだ。言われてみればプログラムは身体の動きを再現していただけで、筋肉を、つまりラガーマシンに使われている人工筋肉の動きまで意識していなかったのである。
人が無意識に行っている筋肉の動きを、ラガーマシンで再現するには意図的に行う必要がある。おそらく骨、つまりフレームも考えるべきだろう。
早速ジムが終わり次第整備棟へ駆け込んでプログラミングをするが、残念ながら涼一には人工筋肉の動きが理解できなかった。だがせっかく見出した光明だ、無下にしたくない。
「という事でメカニックチーフにご教唆願いたい」
「中々面白い事してるじゃない」
選ばれたのは、聖だった。人工筋肉やフレームなら整備士にお任せするのが一番だろう。聖の協力を得て更にプログラムを改造していく。並行して整備の勉強も始める。
週二でボクシングジム、週末は実績稼ぎ。合間に整備の勉強、学校の勉強が疎かになってしまったが、元々成績はいいので支障が出ない程度に頑張っている。
そしてついに。
「できた! できたぞ!」
ついにプログラミングを終えて新たな能力をソルカイザーへ加える事ができたのだ。数日後には実績稼ぎのための試合がある。そこで新生ソルカイザーのお披露目となるのだ。
新たな能力、新たな動きをするソルカイザーを見た群衆は驚きを隠せない事だろう。これで新人のボクっ娘にも負けはしまい!
さあ試合に臨もう!
「いやまずは身内でソルカイザーをシミュレーションするよ」
恵美の一声で華々しいデビューが無くなってしまった。
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