第115話 Merry Merry Merry ⑨

 桧山涼一は強くなるために特訓を行うと決めた。

 だがいざ特訓といっても何をすればいいのか、思えばラフトボールの練習以外で特訓など行った事がない。やはりここは誰かに相談をするべきだろう。

 

「それで僕の所に来たと」

「うむ、ラビットの忌憚なき意見を求む」

「宇佐美だよ」

 

 選ばれたのは、上原宇佐美ことラビットだった。聞けばこの男はかつて神童と呼ばれる程の運動神経の持ち主だったらしい、失われて久しいとはいえ能力はまだ失われていない筈。なればこそ同じくダークサイドジーニアスの自分にとって良き師となろう。

 時刻は昼休み、向かった特別クラスでは宇佐美と妹の澄雨が弁当を食べていた。

 

「どうせ兄さんの事だから、一番まともに会話できる宇佐美先輩に頼っただけでしょ」

「ぐふぅ」

 

 澄雨の言葉が胸を切り裂く。言葉は人を殺せるのだといつか言わねばなるまい。

 

「まあまあ澄雨ちゃん。僕でできるなら手伝うよ」

「よくぞ言ったラビットよ!」

「宇佐美だよ」

「でも特訓て何をするんですか? 機体を改造してオプションつけるとかじゃ駄目なの?」

「試合前なら改造で良いと思うけど、今はそうじゃないから本人を鍛えるのは長期的に見ても悪くないよ」

「なるほど」

「我もその視点はなかったぞ」

「発案者がそれでいいのか?」

 

 ただ新キャラの石橋友恵に負けたくないだけなのだが、そのような考え方があるのなら特訓も悪くは無い。むしろ無意識的にその選択をした自分は天才なのでは?

 やはりダークサイドジーニアスの名は伊達ではない。

 

「特訓は大きく分けて二種類ある。長所を伸ばすか短所を無くすか」

「して、ラビットのおすすめは?」

「もうラビットでいいよ。僕は長所を伸ばす方をおすすめする。ラフトボールは集団競技だ。ぶっちゃけ短所は他の人が補えばいい」

「なるほどな、それに我の短所といえば短所が無いところだからどうしようもあるまい」

「は? 頭湧いてるんですか兄さん」

「ぐふぅぅぅぅぅ」

 

 言葉の対戦車ミサイルが涼一のデリケートでナイーヴなガラスのハートを粉砕していった。

 何故人々は言葉が凶器だという事を理解しない!

 

「それじゃまずは涼一の長所を考えてみようか」

「え? 兄さんに長所なんてあるんですか?」

「ぐふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 

 言葉の衛星兵器が涼一のデリケートで以下略……な心を焼き尽くした。そろそろ兵器の引き出しが無くなって来たのでこの天丼ネタをどう表現するべきか悩む。

 

「でも確かに長所はと聞かれたら悩むね。特技はあるの?」

「あやとりだ」

「器用だね」

「兄さんは異能バトル作品のワイヤー使いに憧れてただけですよ」

「ま、まあ得意なら何か活かせるかも」

「組み付くのが前提のフロント機体にワイヤー系は合わないと思います」

 

 妹の言い草は散々なものだが、実際その通りであるからしてぐぅのねも出ない。組み付いたうえでワイヤーや鞭などを使えば自分や仲間を巻き込む恐れがある。

 また大会の規定により鞭やワイヤー武器の長さは八メートルを超えてはならないとある。ほとんど近接武器と変わらない。

 これはかつて鞭を使うプレイヤーが猛威を奮っていた時期があり、どの機体も鞭を搭載するのがデフォルトとなっていたゆえ規定で制限されたのだ。

 それだけでなく、地面に倒れ破損したラガーマシンのコクピットが鞭で封鎖されてしまい、パイロットが再起不能の重症を負った事故もあった。

 

「鞭は危ないよね」

「八メートル以下ってほぼほぼ鞭としての体裁をもちませんしね」

「我も鞭を使いこなす自信はない」

 

 というわけで鞭の方向性は無くなった。

 

「そもそもソルカイザーて組み付く機体じゃないよね?」

「うむ」

 

 その通り、ソルカイザーにはマニピュレーター、つまり指が無いので組み付くには適さない。

 最初は指があったのだが、製作所の都合で三本指だったのだ。これが武器になるほど大きければ採用していたのだが、小さくてかっこ悪いので無しにしたのだ。涼一が。

 

「普段は打撃で相手を抑えてますね」

「組み付いたところで相手の身体に固定できないのであれば無意味だからな」

「これってソルカイザーの短所と言えません?」

「いやむしろ特徴じゃないかな、今は特徴を活かせていないから短所になってると考えられる」

「なるほど特徴か」

「特訓の方向性が決まったね。特徴を長所にしてみよう」

「してラビットよ、案はあるのか?」

「そりゃ打撃系格闘技をやるしかないでしょ、てことでボクシング始めようか」

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