第111話 Merry Merry Merry ⑤

 レバー式コクピットに乗るのは随分久しぶりだ。勘が鈍らないよう時々シミュレーターで操作したりはしていたが、こうして実機に乗るのは免許を取って以来となる。

 見た感じ免許取得の時に使っていたコクピットと大差は無い。聖にそう伝える。

 

「ボタン配置とかはこれといって変化は無いんだね」

『元々ビートグリズリーで使われていた機体だから、あそこは汎用性を重要視していてピーキーな機体があまり使われていないの』

「なるほど、僕みたいなのに優しいんだ」


 だがビートグリズリーでACS搭載機は採用されないだろう。

 

「とりあえず起動させます。歩行訓練開始」

 

 電源を入れポルシェボーイを起動、ポルシェボーイの瞳に光が灯り目つきの悪さが露呈する。

 歩行訓練と言ったが、先の説明でポルシェボーイの足はあまり上がらない事が分かっているため、仕込まれているローラーダッシュを使って移動する。

 全身のモーターが激しく回転しているのがわかる。ポルシェボーイの巨体を動かすため膨大なパワーが生まれようとしているのだ。

 

「よし、発進」

 

 グッとレバーを前に押し込んで前身、ポルシェボーイがゆっくり前に出る。更に追い込みとばかりに前へレバーを押す。

 ポルシェボーイはのろっと進む。

 のろのろっと、のろのろのろのろ…………のろのろ。

 

「おっっっっそ!!!!」

『あっちゃあ、パワーリレーの調整不足かしら』

 

 実機訓練はひとまず延期となった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「お、宇佐美君」

「九重さん?」

 

 今日は帰ろうかという時、ちょうど事務室前で祭とバッタリ遭遇した。

 

「今帰り?」

「はい」

「そう、気をつけてね。それとポルシェボーイはどうだった?」

「あぁ……ちょっとまだ実用は難しいですかね」

「今週末には間に合うかしら?」

「どうかな、今週末になんかあるんです?」

「次の試合なんだけど、奈良県の小さな大会に出場する予定なのよ」

「へぇ、早いですね」

「実績つくらないと、それといい経験にもなるわ」

「なるほど」

「当然勝つつもりで挑むけどね!」

「でも今から実績作りしてて、七月の査定までに必要実績数まかなえるんですか?」

「かなり過密スケジュールになるけど不可能ではないわ」

 

 それを聞いて少し安心した。

 あとはポルシェボーイがどれだけ使い物になるか、現状ではフィールドの置物にしかならないだろう。また宇佐美はフロントの訓練はしていないので、どう足掻いても足手まといになってしまう。

 

「宇佐美君の考えもわかるわ、自分がメンバーの足を引っ張るって思ってるんでしょ」

「ええ、まあ」

「大丈夫、それを踏まえてちゃんと戦術をたてるから任せなさい」


 少なくとも五月に入ればハミルトンが使えるのでそこから挽回していけば良い。だが、祭も宇佐美も実感していた、やはりもう一人欲しいと。

 もう一人が加入してポルシェボーイでフロントを張れば、きっと戦術の幅も広がって宇佐美の負担も減るだろう。また替えがきくという事は、不慮の事故でリタイアしても安心できるので精神負担も軽くなる。

 替えのきかない現状ではメンバーのストレスも高い。

 

「ポルシェボーイにメンバー、課題が多いわね」

「確かに」


 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 スポーツマッチ所属の記者こと石橋友恵が改めて美浜市に引っ越してきた。目的はインビクタスアムトの専属取材のため、

 ただ取材しても記事にできないため、当面は取材したものを編集長に送りながら、スポーツ雑誌のライターを行う事となる。

 

「よいしょ、ようやく荷物片付いた」

 

 二日かけて引越しの作業が終わり、一息。会社から紹介されたアパートなのでかなり安く契約できた。当初は不安だったが、意外と綺麗でスーパーも近くにあるので良物件だ。

 一つ難所をあげるならユニットバスなとこ、友恵はトイレと風呂は分けてないと落ち着かない性分なのだ。

 

「さてさて、じゃあ今日はこのままお散歩でもしようかな。自転車も買おうかな」


 内陸にある街なので自転車があると便利だと聞いた事がある。前は沿岸部に住んでいたので、自転車はあっても潮風で直ぐに錆びてしまっていた。

 久しぶりに乗りたいと思うが、新しい環境で舞い上がってしまっているかもしれない。

 

「とにかくお店の位置を把握して」

 

 明日から仕事開始である。

 インビクタスアムトへの専属取材となる石橋友恵、いずれチームへ大きく貢献する事になるのだが、それはまだ置いておく。 

  

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