第105話 Battle against adversity ⑪
試合が終わってから一夜明けて。九重祭は三ヶ月ぶりに弘樹のいる高槻市のオフィスへと訪れていた。顔パスで受付を通り過ぎてエレベーターへ、四十三階の社長室へ入ると弘樹がソファで寛いでいた。
「あらあら平日の昼間からいいご身分じゃないの」
「実際、いいご身分だからな。そういうお前の方こそ学校はどうした?」
「今日は午前中だけなのよ」
定番ともいえる毒の吐き合いもそこそこに、祭は弘樹の対面に座る。弘樹は祭の方に目もくれずタブレットを操作している。
「お客様が来たのだからお茶ぐらいだしたら?」
「そういうと思ってコンビニでペットボトルの紅茶を買ってある」
テーブル下に置いてあるレジ袋からペットボトルの紅茶をとりだした。祭は「社長なんだからいい感じの茶葉をだしなさいよ」とボヤキながらも受け取って半分くらいまで一気に飲んだ。
「さて、早速本題へ入ろう。約束通り俺の会社はインビクタスアムトのスポンサーになる。詳しい契約内容は後日改めて担当の者を派遣するからその時に」
「OK、でも話ってそれだけじゃないんでしょ?」
「察しがいいな」
「どうせハミルトンとかじゃないの?」
「その通りだ、正確にはハミルトンの中にいる親父殿だがな」
「なんだやっぱり知ってたのね。どうして黙っていたのよ」
「コンタクトをとる手段がわからなかったからだ。どういうわけかハミルトンから切り離そうとするとOSが初期化しようとしてな、下手に触るとデータが消えるかもしれないからコンタクト方法を探っていたわけだ」
「なるほどね」
「だがあの宇佐美は接触した。加えてハミルトンのリミッターを自分で外してもみせた」
あとでこってり絞られたわけだが。
余談だが、聖が何度がACSに接続して宗十郎の意識データとコンタクトを取ろうと取ろうと試みたが、何れも不発に終わって成果は得られなかったらしい。
あの時どうして宇佐美が接触できたのかはわからないままだ。
「俺は親父殿の意識データを寝たきりの親父殿に移植すれば目を覚ますのではないかと思っている」
「そう、それでハミルトンが欲しかったのね。だったら勝負なんてふっかけずに無理矢理奪えば良かったじゃない」
「言った筈だ。ハミルトンを手に入れても意識データが手に入らなければ意味がない。だから勝負でパイロットに負荷をかけて引きずり出そうとしたのだが」
「その前に引き出しちゃったわね」
厚達との戦いの中で追い込まれた宇佐美が接触したので、ある意味目論見は成功したとも言える。
「あぁ、だから勝負に買ってハミルトンと宇佐美を手に入れようとしたんだがな。もののついでに自社システムのPRも」
「はぁ? あんたあたしの宇佐美に粉かけようとしたの?」
「あたしの……か、随分気にいってるようじゃないか。ロマンスは応援してやるぞ?」
「いや、今のは言葉の綾よ、忘れて」
瞬間的に体温が上がって紅潮した頬を冷ますべく、残った紅茶を一気に飲み干した。この場にドリンクが無ければしばらく頬の紅潮も心臓の動悸もしばらく収まらなかっただろう。
「まあ実際には意識データと接触した時点で勝負などどうでも良くなったのだがな、大事なのは接触できるかどうかだ。
で、ここからが本題だ、意識データと接触できる方法を確率して俺に報告しろ」
「言われなくても方法を探るわよ、報告は……しなくてもあんたなら勝手に知れるでしょ」
「まあな、話は以上だ」
終わりと言うなら長居をする必要はない。脱いだコートを羽織って社長室をあとにする。社長室を出る直前、祭は振り返って弘樹へ告げる。
「意識データの移植だけど、あたしは反対。だってそれはお父さんの身体を使っている意識データてだけで、お父さんじゃないもの」
それだけ告げて出ていった。
この日は夕方から天気が崩れだして少し寒かった。
――――――――――――――――――――
「なあ宇佐美ぃ、まだなん?」
「急かさないでよ、もうできるから」
祭が弘樹と話している頃、洛錬高校の特別クラスにインビクタスアムトの高校生組がたむろしていた。目的は先日の試合の解説動画を見るためだ。
なんとこの解説動画、有名なアイドルが進行役をやっているとの事で注目度が高いのだが。彼等が観る理由は単純にアイドルに自分のプレーを見て褒めて欲しいという下心からだ。
「ねぇ、誰が一番注目されるか勝負しようよ」
「それ宇佐美先輩が有利じゃないですか?」
「そうでありやすよ! 宇佐美は二回もタッチダウンとって一番目立ってたんでありやすから!」
「ふふーん」
「こやつ! わかってて言っておるぞ! 風の片隅にもおけやしない!」
「言ってる意味がわからないわ兄さん」
「そこで真打登場僕様ですよ!」
「貴族は試合で目立ってたすか?」
ワチャワチャと騒いでる間に解説動画のOPが流れ、アイドルがアップで映される。それから解説の甲斐説男を交えて試合の解説を行っていく、それは客観的にみた構図だからか自分では気づいていなかった問題点や得意な分野もズケズケと発言しており、プレイした者にとっても実りのあるいい解説動画だった。
いつしかアイドルに褒められる事よりも真剣にプレイを分析するようになっていった。
それはそれとしてアイドルに名前呼ばれたり褒められたりしたらめちゃくちゃ喜んでいた。
「いやぁ、いい動画でありやしたねー」
「ねぇ、私も勉強になっちゃった」
「そっすねぇ、自分特に一番活躍したと言われる機体の解説が興味深かったす」
「クイゾウの言うこともわかるでぇ」
「確かに言われてみればあの赤き巨神、ジックバロンの活躍は凄かった。まさに風の申し子といえよう」
そう、解説動画で特に注目されていたのが碇須美子のジックバロンなのである。
解説曰く、ジックバロンは一機で二機以上を押しとどめる場面が多く、壁として十二分以上の能力を発揮しており、またランニングバックが走るコースをさりげなく広げていたりと縁の下の力持ちを最大限行っていたとの事。
ジックバロンが注目されて評価された事は同じチームとして誇らしいのだが。
「宇佐美くぅん、自分さっき誰が一番注目されるか勝負しようとかイキっとったけど、今どんな気持ちなん?」
「ごめんなさい、イキってごめんなさい、ほんとごめんなさい」
宇佐美はとても居心地が悪かった。
その時、宇佐美と武尊のグループチャットに懐かしの健二からメッセージが届いた。
「お、健二が新しいチームに加入したらしいで」
その知らせは場を盛り上がらせ、かつてのチームメイト達はしきりにどのチームに入ったのかと尋ねてくる。やはり健二の事は気がかりだったらしい、彼が新しい道を歩み始めたとの事で皆心から祝福しようとしている。
「あ、メッセきた。えーと、所属するチームは……え、マジ?」
「いや、これマジやで」
「早く下等市民の行く末を教えて欲しいものですねぇ」
「そのようなもったいぶりはアニメの世界だけでよかろう? 風の子なら早く申すのだ!」
余りにも急かしてくる。
「えっと、熊谷グラムフェザー……だって」
沈黙。
「「「「「「マジ?」」」」」」
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