第78話 Bird Scramble ⑤

 厚が放った言葉は爆弾となってインビクタスアムトのメンバーへ投下された。ハミルトンといえば今やチームのメインアタッカーであり、またハミルトンからこのチームが始まったのでチームのシンボルとも言える。

 そのハミルトンが原因で重病人を作り出したとあれば衝撃も一塩である。

 

「驚きやしたね」

「そうだねぇ」

「あまり驚いたようにはみえないでありやすよ?」

「んー、まあなんていうか」


 ドアの外で全て聞いていた炉々と瑠衣であったが、反応は意外と正反対だった。

 

「いや、驚いた事には驚いたんだけど」

「なんの話ししてるの?」

 

 現れたのは当のハミルトンのパイロットである宇佐美だった。壁の手摺を伝いながら移動している彼はジャージのままなので、おそらく練習ノルマをこなしたから次の指示を求めて来たのだろう。サボっていた炉々と瑠衣とは大違いだ。

 

「おお、これはタイミングが良いというか悪いというか」

「やあ宇佐美君、今はちょっとここから離れた方がいいかな」

「そうなんです?」

 

 当然ながら状況を理解してない宇佐美は頭に疑問符を浮かべるだけだった、だがしかしやはりタイミングが悪い、爆弾を投下した厚が外にメンバーがいる事に気付いて、いやもしかしたら既に気付いていたのかもしれないが、炉々と瑠衣と宇佐美を中に呼び寄せた。

 おずおずと中に入った三人を、厚は淡々と迎えた。

 

「先程は案内をありがとうございます」

「いえいえ」

「そちらの方は初めましてですね、私は鳥山厚。この度チームに招待された者です。そこの祭お嬢とは旧知の中です」

「あぁそういえば今日でしたね、僕は上原宇佐美です。ポジションはランニングバックです」

「ランニングバック?」


 宇佐美のポジションを聞いて厚の眉が僅かに歪んだ。

 

「失礼ですが、もしかしてハミルトンのパイロットですか?」

「えぇ、そうですけど」

「先程の話はお聞きになられましたか?」

 

 宇佐美が恵美の方を向いて「何の話?」と尋ねたが、恵美は「あぁまあ」と言葉を濁すだけだった。

 祭の方を見ても表情が非常に暗くこちらには目を合わせてくれない、炉々と瑠衣は気まずそうにあらぬ方向を見ている。

 

「何このハブられ感」

 

 疎外感をおぼえてしまうのも致し方ない。

 

「それでは私から説明しましょう」

 

 そうして厚の方から先程と同じ話を宇佐美に聞かせた。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 その日の夜、祭とクイゾウこと奏が夕食をとっていたところ、奏が不意に今日起きた事について言及し始めた。

 

「祭ちゃん聞いたよ、鳥山さんが来たんだってね」

「ええ、あのいけ好かないクソメガネほんとムカつくわ」

「そんな事言っちゃダメだよぉ、昔お世話になったんだから」

「大昔の話よ!」

「鳥山さんと結婚するって言ってたのに」

「前世の話よ!!」

 

 小さい頃の恥ずかしい記憶を暴露され、頬を紅潮させながら否定する。これが皆の前だったら暴力と金と権力に訴えていたかもしれない。

 

「まあ、いつかは言わないといけないのは確かだったのよね」

「そういう意味では感謝だね」

「それがあのクソメガネてのが気に入らないわ」

「あはは」

「あと、宇佐美君があんな反応するなんて思わなかったわ」

「瑠衣先輩は意外にも、宇佐美君の反応を当然とみてたみたいだけどね」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「以上が先程話した内容です」

 

 厚の説明は簡潔で明瞭だった。後聞きの宇佐美がスっと理解できるぐらい。

 

「ほぇ〜、たまげたなあ」

「ハミルトンが一人の人間を植物人間にしたのは変えようのない事実です。このような危険なラガーマシンは早々に譲渡して乗り換えましょう」

「え? 嫌です」

 

 キッパリ。

 

「何ですって?」

「嫌です」

 

 再び。

 

「いやだって、乗り始めた半年前なら『じゃあやめまーす』てなっただろうけど、もう半年も乗ってるし、今更そんな事言われても『へぇ〜』てしかならないわけでして」

「ですがまた犠牲になったらとは考えないのですか?」

「スポーツに怪我はつきものですよ。ラグビーのスクラムが原因で不随になった人もいるし、そもそもそうならないように整備士の人や研究者が日夜頑張ってるわけですから、むしろ普通のスポーツより安全なのでは?」

「それは、そうですが」

 

 思いのよらぬ方向で反論されてたじろぐ厚、冷静になって考えると宇佐美の言う通りなのだ。ただそこまでキッパリ割り切れる人間がそうそういないというだけで。

 

「既に右足が駄目になった僕ですから、今更怪我の一つや二つ増えても大した事ないですよ、大丈夫大丈夫、僕って強いから」

 

 それは諦観ともいえる。自虐ともとれる。しかし宇佐美本人にその意識は無い、ただシンプルに怪我しても仕方ないと覚悟しているのだ。

 

「それに何より……ハミルトンは僕の物だ。誰にも渡さない」

 

 これが本心だろう。明らかに声のトーンが下がっている。

 

「僕の覚悟は伝えました。不満でしたら諦めて帰ってもらうしかありません」

「わかりました。少しだけ考えさせてください。明日また来ます」


 その日はそれで解散となった。

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