第69話 Bye Bye Friend ⑤

 白熱した練習というのは存外面白いもの、インビクタスアムトのメンバーは久しぶりにその感覚を思い出していた。気付けば黄昏時、暗くなる時間となっていた。

 

「はい! じゃあ今日はここまでにしようかしらね」

 

 無線機で全員の機体に恵美が告げる。言われた彼等からは「えー」という不満の声があがったが、それを無視して格納庫に機体を片付けるよう命じた。

 

「なんか久しぶりに練習したって感じがするよな」

「あ、健二もそう思う? 僕もうクタクタだよ」

「そら機体と繋がっとるしな、普通に乗るより疲れるんやろ?」

「まあねぇ」

 

 宇佐美、健二、武尊の3人は連れ立って格納庫を出てプレハブ小屋のロッカールームへ移動する。着替え終わった3人はそのままプレハブ小屋を出てバス停まで行く。

 この後は健二の家で晩御飯を食べる予定なのだ。

 

「健二のおばちゃんのご飯かぁ、昔を思い出すねぇ武尊さんや」

「そやなぁ宇佐美はん」

「何がしたいんだお前ら、つーか昔で思い出したけど、俺の黒歴史ノート返せよ宇佐美!」

「駄目だよネタに……家宝にするんだから」

「ぶっ殺すぞ(ハート)」

 

 ハートの部分を口で言う当たりかなり頭にきてるのがわかる。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「あらあら宇佐美君も武尊君もお久しぶりね、二人とも本当に大きくなったわ」

 

 健二の家に着いた二人は熱烈な歓迎を受けた。ここに来るのは約一年ぶり、一年もあれば成長期が落ち着いたとはいえ思春期真っ盛りの十代半ばなら変化も大きい。

 

「武尊君は筋肉がガッシリついて随分逞しくなったわ」

「ワイ結構鍛えてますんで」

「宇佐美君は、うん前より表情が明るくなったわ」

「そうかな?」

「そうよ!」

 

 自分の変化程自分では気づきにくいものなのだろう。

 

「さあさ中へお入り、ご飯が冷めちゃう」

 

 健二の母に促されるまま靴を脱いでお邪魔する。リビングからは香ばしい匂いが漂ってきた。少し焦げた匂いはグリル系の料理だろうか、トマトの匂いもする、そういえば健二の母はミネストローネが得意だった。

 どれも懐かしい匂いで宇佐美も武尊も自然と口元が綻んだ。

 

「これミネストローネかな」

「せやろな、おばちゃんのミネストローネめちゃうまやもん」

「クッソ恥ずい」

「まあ、嬉しい。さぁこっちよ……あっ」

 

 聞こえていたのだろう、健二の母は少し照れくさそうにはにかみながら先に進む、しかしリビングに入る手前、その身体は不意に傾いていき。

 反射的に宇佐美と武尊が手を伸ばすが、宇佐美は右足が動かないので直ぐに前のめりに転び、武尊は頑張って駆け寄ろうとするが間に合わない。

 健二は折り悪く母親に背中を向けていたため気付くのが遅れていた。

 

 程なく枝垂家の廊下に人の身体が叩きつけられた。

 

「おばさん!」

「大丈夫か!」

 

 宇佐美と武尊が慌てて近づく、頭でも打ってたりしたら大変だ。

 

「何やってんだババア。年甲斐もなく無理でもしたのか?」

 

 息子の健二はさして心配してない風を装いながら近寄るが、母親の表情を観てただ事ではないと察して宇佐美達を跳ね除けるようにして体を寄せた。

 

「おい! 母さん! どうしたんだ! 何処が痛い!?」 

 

 彼女の表情はとても苦しそうで、額から玉のような脂汗が滲んでいる。更にお腹の辺りを抑えており、明らかに尋常じゃない痛みが襲っているのだと思われた。

 素人目でもこれは危険だと分かる。

 

 不謹慎だが、健二が取り乱したおかげで宇佐美と武尊は冷静になった。

 

「と、とにかく救急車!」

「ワイはおじさんに連絡するわ、あと外行って救急車誘導してくるさかい!」

「わかった!」


 宇佐美は救急車を、武尊は健二の父親へ連絡する。

 

「あ、病院ですか!? 至急救急車をお願いします。人が倒れたんです!」 


 

――――――――――――――――――

 

 

 数時間後。

 美浜市の中央病院に運ばれた健二の母は、諸々の検査を受けて今は病室で安静にしている。

 気になる検査結果だが、現在駆けつけた健二の父親が健二と一緒に医者から説明を受けているところだ。

 

「何事もないとええな」

「だね」

 

 最小限の明かりのみで照らされたロビーの椅子に座って待つ宇佐美と武尊。本当なら帰ってもいいのだが、心配でどうにも帰ろうという気になれない。

 

「そういえば、健二の家に荷物置いてきちゃった」

「ワイもや」

 

 こんな感じでどちらかが一言喋れば、どちらかが返すというのを散発的に繰り返している。

 そして健二達が検査結果を聞きに行ってから数十分後。

 鈍く静かな音をたてながら引き戸が開かれて、中の光が漏れてロビーを少しだけ明るくした。

 

「先生、よろしくお願いします」

 

 中から健二と健二の父親が出てきて担当医師へ頭を下げた。

 引き戸を閉じて、健二の父親はエレベーターに向かい、健二はこちらへやってきた。

 

「おばさん、どうだって?」

 

 恐る恐る聞いてみる。健二は少々答えづらそうな表情で、絞り出すようにして呟いた。

 

「ガンだってさ」

 

 その言葉は二人の心を掻きむしった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

「ただいま」

 

 気のない言葉が暗い廊下に響く。三人は一時健二の家に帰ってきた。

 健二の母親は非常に危険な状態だった。病巣は胃に見つかったのだが、発見が遅く、既に食道の方へ転移しようとしていた。

 現在は抗生剤で対症療法を試みているが、根本的な解決は見込めないため手術をしなければならないらしい。

 

「お邪魔します」

「します」

 

 健二に続いて宇佐美と武尊も暗い言葉を告げる。つい数時間前は気のいいおばさんが迎えてくれたのだが、今は暗い空間だけがそこにあるのみだ。

 明かりをつけながら廊下を歩き、片隅に転がっている荷物を回収して二人は帰ろうとする。

 健二はこのあと着替えや雑貨を持って病院に戻るらしい。

 

「料理、食べ損ねたね」

「せやな」

 

 宇佐美の視線の先にはリビングがあり、テーブルには健二の母が作った料理が置かれている。

 

「食ってくか?」

「ええんか?」

「冷めてるけどな」

「うん、食べていいかな」

 

 それから、冷めた料理を淡々と食べ始めた。予想してた通り、ミネストローネがあった。

 おばさんの得意料理であるミネストローネを啜る。

 

「……美味しいよ」

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