第62話 Boy & Girl ⑥

 インビクタスアムトの会議室には、珍しく全メンバーが一堂に会していた。

 普段は試合に出るメンバーしか集まらないのだが、今回だけは整備士も事務員も含めて文字通りチームに所属する全員が集まっている。


 普段の倍の人数が同じ部屋にいるため、いつもより狭く感じるが、会議室は2階フロアの3部屋をぶち抜いて作っているのでスペース的にはまだ余裕がある。


 真ん中の廊下側に3人の新メンバーが立っている。

 双子の兄妹、桧山涼一と桧山澄雨、そして2人の母親でありコーチとして雇われた桧山恵美である。

 今日は3人が初めて顔を出す日だった。


「以上で3人の紹介を終わります。他メンバーの自己紹介は業務報告のついでか休憩時にお願いします……じゃあコーチ」


 事情があって九重祭が留守なので、事務員の上原雲雀が進行を務めた。普段からは想像出来ないほど真面目、基本的に彼女は弟の宇佐美が関わらなければパーフェクトウーマンなのだ。


 進行を恵美に委ねて、雲雀は宇佐美の背後に移動して座椅子の背もたれ越しに首筋へ抱き着く。パーフェクトウーマンは終わって弟を溺愛する姉となった。


「フフー宇佐美成分補充〜」

「オホッ! 背もたれ越しに高貴なオッパイを感じる!」

「宇佐美じゃない!?」


 なんとびっくり、宇佐美だと思っていた人物は宇佐美のフリをした南條漣理だった。カワリミノジツである。ジュツではない。

 更に座椅子と感覚を妄想共有する事でオッパイを感じるという離れ業まで実行していた。


 ちなみに宇佐美は漣理から数m離れた場所でウンコ型帽子を被って漣理のフリをしている。


「あたしはこれをまとめるのかい」


 雲雀と漣理による個性のボディブローを受けて怯む恵美だが、とりあえず気を取り直して今後の方針を話していく。


「さて、あたしがコーチングする前に皆に聞いておきたいことがある。

 このチームは何を目標にしているかだ」


 目標、思えばしっかり考えた事はなかった気がする。そのためか皆、特に始めたばかりの健二と武尊と心愛は考え込んでしまった。


「すみません、いいですか?」


 白浜瑠衣がおそるおそる手を挙げた。


「確かライドルのパイロットだったね、なんだい?」

「はい、このチームはまだ出来たばかりで半分は始めたばかりの素人です。メンバーを集めて正規のチームとして登録するという当面の目標はありますが、その先の目標はまだありません」

「なるほどね……なら個人ではどうだい?

 勿論なくても構わないさ。そこのバカ息子はカッコつけたいからだしね」


「否! 俺……我に宿る風の力を生かすためだ」

「ぷっ、こいつ厨二病かよ」

「笑ってるけどさ、健二も少し前まで厨二病だったじゃん。

 黒いロングコート着てさ、無駄に裾を翻して歩いたり、特に理由も無く室内で革手袋着けたり、大した怪我じゃないのに包帯巻いたり」

「やめろ宇佐美!! 俺を殺す気か!?」


「そういえばよくノートに書き連ねた設定を聞かせてくれたけど、あれ僕の部屋にまだあるよ、黒い背表紙に銀文字で死神予言文書て書いてあるやつ」

「やめろおおおおおお!! あとそのノートは返せ!」

「ウサギよ、俺はそのノートに大変興味があるぞ」

「宇佐美です。健二がいいって言ったら見せてあげるよ」

「駄目に決まってんだろぅがぁ!!」

「お前らなにやっとんねん」

 

 男子高校生組が独特の雰囲気でコントを繰り広げる外側で、花の女子高生メンバーは真面目に目的について語り合っている。

 

「あっしは特にありやせんが、みんなはどうでありやす?」

「自分はお嬢がいるところについて行くだけっす」

「クイゾウって意外と忠義あるんだぁ」

「そういう心愛はウサミンがいるからっすよねぇ」


「いやっ……ちょっと、別、別にそういうわけじゃないきゃら!」

「動揺しすぎて噛んだっすね」

「わーかりやすいでありやすね……ところで澄雨ちゃんはなんかあるんです?」

「いえ、特には」

 

 話を断片的に聞く限りではどうも目的はなさそうだと恵美は悟った。やはり始めたばかりでは本物のラフトボールを見る機会がなかったのだろう、チームができたら早目に試合を組むようにしようと思う。

 また合わせてどこかの試合も観戦する必要がありそうだ。

 

「あぁ、とりあえず目的は無しという事で……それでいいね? あんた達」

 

 恵美が大きめの声で語気を強くして言うと、あたりはしんと静まり返った。

 彼女のコーチとしての立場や貫禄のある外観から、彼等としては先生を前にしたような感じなのかもしれない。

 

 ただ、意外な事に彼女の言葉を承服したような素振りを見せるのは我が子の澄雨と涼一だけであり、他は整備士も含めて微妙な顔だった。

 

「なんだか納得できないて顔してるね」

「あぁ、その、いっすか?」

 

 健二だった。勿論恵美は黙って頷いて彼の言葉の先を待った。

 

「俺達は特に目的とかはねぇけど、宇佐美はあるんすよ」

「なんだい、ちゃんと目的あるのがいるんじゃないか。言ってごらんよ」

 

 当の宇佐美はやや困惑した表情を浮かべ。

 

「えっと、ちょっと恥ずかしいんですけど……スプリングランドで熊谷グラムフェザーの上邦枦夢さんと戦う事です」

「なんだって!? あんた、上邦枦夢がなんなのかわかって……いやそもそもスプリングランド自体わかっているのかい?」


「日本最強を決める舞台ですよね、わかってます。そこに行くのがどれだけ大変なのかも」

「ならなんでそうまでして行きたいんだい?」

「その枦夢さんとスプリングランドで戦う約束をしたからです」

「ほんとかい?」

 

 恵美は視線をぐるりと回して誰かが答えてくれるのを期待していた、どちらかといえば妄言だと切り捨ててほしいくらいだった。

 しかし返ってきたのはやはり宇佐美を擁護する声だった。

 

「事実です。実際にその場面を見た訳ではありませんが、先月のイベントの際に宇佐美君と上邦枦夢の2人がそのような約束をしていたというのは、上邦枦夢本人から後で聞きました」

 

 あの日、枦夢は宇佐美と約束をした後チームメンバー達と軽い談笑をしていたのだった。堅物な人物かと思いきや意外とフラットで話も弾み、約束もその時にふらっと聞いていた。

 

「なんという主人公イベント! この作品の主人公は俺ではないのか!?」

「うん、お前じゃねぇ、ひっこんでろ」

 

 厨二コンビはさておいて。

 

「たまげたねぇ、まさかこんな大物が控えてるとは……よしいいだろう、ならこのチームの目標はスプリングランド! でいいね?」

『ハイっ!!』

 

 今度こそ満場一致だった。

 

「じゃあ早速練習といきたいところだが、今日はまだあたしの方でやらなきゃいけない書類仕事があるから練習は無しだ。明日からしごいてやるから覚悟しな!」

 

 新コーチを迎え、インビクタスアムトは転換点を超えた。

 残すメンバーはあと1人、スタートも上々で幸先が大変よろしい。しかしたとえ始まりはよくても途中はどうかわからない、彼等にとって……否、彼にとって重大な決断がすぐそこに迫っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る