第59話 Boy & Girl ③
特別教室にて。
「じゃあ帰ろうか、戸締りは僕がしておくよ」
ホームルームも自己紹介も終わり、本日はやる事がなくなったので下校となる。宇佐美は窓の鍵を確認すべく席から立ち上がった。
ちょっといいところを見せたいという下心があるのは秘密だ。
しかしそんな宇佐美の思惑もどこへやら、
「いえ、戸締りでしたら私もやります。上原先輩だけに押し付けるつもりはありません」
その時宇佐美の全身を電流が雷の如く4本足で全力疾走した!
「せん……ぱい……!?」
「はい……その、私の方が一つ歳下ですので……嫌でしたら上原さんと呼びますが」
「嫌じゃない! むしろもっと呼んでほしい!」
「えっと……」
人が変わったように興奮している宇佐美を目にして、流石の澄雨も戸惑いを隠せないでいた。
宇佐美は宇佐美で初めて呼ばれた先輩という単語が耳心地良くてずっと心の中で反芻している。
「僕、中2以降は部活に入ってなかったから後輩ができなかったんだよね。だからこう、なんというか……先輩という言葉が凄く新鮮!」
「は、はあ……喜んでいるのなら、まあ上原先輩で」
「うん! よろしく桧山後輩! 待って後輩の場合はなんて呼べばいいの!? 桧山後輩? 後輩桧山?」
「入れ替えただけじゃないですか……後輩呼びは流石に嫌なので普通に、そうですね、澄雨と呼んでください」
それまですました顔の澄雨が途端にイタズラっ子のような笑みを浮かべた。
「うんわかった澄雨……さん? あれ? 名前? 名前呼び? ちょっと待っていきなり女の子を名前呼びはハードルが高いよ!」
勢いに飲まれてしまったが、基本的に純情な宇佐美にとって女の子の名前呼びはかなり勇気のいる行為である。そしてそれを早くも察したのがクールにイタズラを仕掛ける桧山澄雨という少女であった。
「知らないんですか先輩? 先輩は後輩を名前で呼ぶのが全国共通のルールなんですよ」
「そ、そうなの? そうだったのか、そういうものだったんだ……じゃ、じゃあ澄雨……さん」
「さんは硬いですね、もっとフランクにお願いします」
「うっ……じゃあ澄雨……ちゃんで」
「ふふ、それでお願いします宇佐美先輩」
「うん」
「あら、自分が呼ばれるのは平気なんだ」
「なに?」
「いえなんでも……早く戸締りしましょう」
自分が名前呼びするのは緊張するのに、いざ自分が名前で呼ばれるのは平気だという、少しばかり思惑が外れて残念そうな顔を隠して澄雨は窓の施錠を確認していった。
一方宇佐美は。
「澄雨ちゃん……澄雨ちゃん……うぅ緊張する。知らなかった、後輩を持つって大変なんだなぁ」
何やらぶつくさ言っている。
――――――――――――――――――――
同時刻、九重祭と水篠心愛の教室。
担任のありがたくないありがたい長々した言葉を耳から耳へと流している頃、突然心愛の心がザワついた。
訝しんだ祭が尋ねる。
「どうしたのよ心愛」
「今猛烈に私の中の乙女が警戒レベルを上げろと言ってるの」
「何言ってるのあんた?」
――――――――――――――――――――
窓の施錠を確認し、荷物も持った宇佐美と澄雨は並んで教室をでた。
「気付いてると思うけどここの扉は電子ロックなんだ、入ってすぐの壁にポケットがあるから、そこからカードキーを取り出して」
「わかりました、入ってすぐですね」
「うん、でこのカードキーは職員室にいって適当な先生に渡せばいいよ。職員室の場所はわかる?」
「あぁ……すいません、まだ覚えていなくて」
「時間大丈夫なら一緒に行こうか」
「はい、お願いします」
2人並んで職員室へと向かう、階層は同じなので距離的には大したことないのだが、宇佐美が杖をついているため普通の人より時間がかかる。
澄雨は意外にも嫌な顔一つせず宇佐美に歩調を合わせていた。
「えと、ごめんね歩くの遅くて」
「いえ、事情は理解しているつもりなので大丈夫です」
「ありがと、そう言ってくれると助かるよ」
「でも移動教室とか大変ですね」
「あぁまあそうだね、でも美術とか家庭科とかはあの教室でやるんだよ。隣の部屋が給湯室になってるんだ」
「へぇ〜、明日見てみます」
「うん、着いたよ」
話してると案外時間が早くすぎるものだ、宇佐美は職員室の扉を開けてカードキーを近くにいた教師に渡す。それから「失礼しました」といって廊下へと出る。
「教室を開けるときは逆に職員室からカードキーを預かるんだよ」
「はい」
「じゃあ帰ろうか」
「そうですね、あっ……最後にもう一つ聞きたい事があるんですが」
「ん?」
「美浜インビクタスアムトという、ラフトボールチームの事務所近くへ行くバスは学校前のバス停からも出ていますか?」
「え?」
予想外の言葉が出てきて思わず宇佐美の唇は固くなる。何故彼女の口からインビクタスアムトの名前が出てきたのだろうか、当然ながらまだチーム登録は正式に完了していないので普通は知る由もないのである。
もし知るのだとしたら、先月の一騎打ちを配信で見ていた場合だろうか。
さっきの名前呼びとは別の緊張を感じながら、宇佐美はおそるおそる尋ね返してみる。
「えっと、澄雨ちゃん? 質問を質問で返すようで悪いけど、なんでインビクタスアムトに行きたいの?」
「今日からそこのメンバーになるからですよ、宇佐美先輩」
「ホワイ!?」
クラスメイトは、チームメイトでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます