第38話 The day before the match


 試合前日

 稼働テストも終わり、整備士と一緒になって油をさしている時だ。ハミルトンの右膝に油をさしている宇佐美のところに健二と武尊が肩を並べて訪ねてきた。

 

「よお、手伝いにきたぜ」

「ワイらは左足をやろか?」

「じゃあお願い」

 

 感謝も遠慮もないごく自然な会話、わざわざ口にしなくてもある程度は伝わるぐらいに付き合いが長い。

 おそらくチームの中では最も連携のとれるメンツといえる。3人はこれといって無駄話をするでもなく、黙々とハミルトンに油をさしていき、ほんの数十分で下半身が終わり一息つく。

 

「上半身はどうする?」

「そっちは整備士さんがやってくれるよ。高所作業はさすがにパイロットにさせられないってさ」

「ワイもそれ言われたわ」

「他はもう終わってるし、帰るか。飯食いに行こうぜ」


「いいよ、塩コッペパンと何食べる?」

「塩コッペは確定かい、最近行ってない四丁目のラーメン屋いかへん?」

「五丁目にある四丁目のラーメン屋か、いいんじゃね? パン屋も近いし」

「決まりだね」

 

 なんて事ないいつもの会話、面白みも何も無い平々凡々なものだ。しかしだからこそ彼等の間にある繋がりという物の強さをヒシヒシと感じる。

 それは第三者の目から見ても明らかであり、その光景を見ている九重祭と七倉奏の2人は羨ましそうに、それでいて何処か悲しい瞳をしていた。

 

「私達じゃ、ああはならないわね」

「うん、羨ましいね。祭ちゃんと私は友達になれないから」

「いくら気さくに話してても、やっぱり立場上はそういうわけにいかないから」

「そうだね。でも私は無理でも枦々ちゃんや心愛ちゃんとなら、きっと祭ちゃんにとっていい友達になれるよ」 

「あんたにとってもね」

 

 顔を合わせて微笑みを交わす祭と奏、その光景は2人が先程会話の中で否定した友達そのものであるのだが、しかしそれでも彼女達は自分達を友達と思う事はないのであろう。

 

 そんな2人の会話に上がった枦々と心愛は格納庫の休憩所で密談中である。

 密談のテーマは『ドスコミちゃんラブラブ告白大作戦』。

 

「やはり雰囲気が大事だと思うんでありやすよ」

「オーソドックスに夕焼け空の下でよね」

「しかし試合開始時間は15時で延長無しの90分ですぜ、どう足掻いても夕焼け空より早く終わりやすぜ」

「ならやっぱり終わった後二人っきりにするべきね」

 

「その方向で行きやしょう、空気読めない輩はあっしらで抑えやしょう」

「OK、恋する乙女は守らなきゃ」

「そうでありやすねぇ」

 

 ふと、枦々が不敵な笑みを浮かべながら心愛を見上げた。何かを言いたそうにニヤニヤといやらしい目でじーと見つめている。

 視線に耐えきれなかった心愛が「な、なに?」と狼狽えながら尋ねると、枦々はいやらしい笑みを崩さずに「べっつに〜」と返すのであった。

 

「恋する乙女といえば心愛ちゃんもそうでありやすよね? 恋愛大将軍の異名を持つあっしにはわかりやす。心愛ちゃんはウサミンの事が……」

「わーわー! 違うから! そんなんじゃないから! 私はその……ちょっと気になってるだけだから!」

「ほほう……ほほーう?」

 

 顔を真っ赤にして、ややしどろもどろになりながら必死に否定する心愛の姿がよっぽどツボったのか、枦々は小悪魔的な笑みに切り替えて次なるイジリ文句を考え始めていた。

 対する心愛もそれがわかっているのか逃げ出すための言い訳を探すも、やはり見つからないので物理的手段に訴えた。

 大脱走という名作映画よろしくの脱兎のごとく逃走である。

 

「あっ! 逃げた!」

 

 こうして少女2人による追いかけっこが始まるのであった。しかし格納庫内で走り回るのは危険なので競歩となる。実際に走り出すのは格納庫をでてからだ。

 

「やれやれ、騒がしいですね」

 

 7番ハンガーを通り過ぎた枦々と心愛を横目に捉えて呆れているのは南條漣理である。彼は整備の終わった自機をひたすらに見つめていた。あまりにもカッコイイ(と思っている)自分の機体に見惚れていたのである。

 

「やはり角はいい」

 

 7番ハンガーに吊るされている機体は静かに佇んでいるのだが、その見た目がやや毒々しいためかどうにも静かにしてるように見えない。

 つまり外見が五月蝿い。

 

 まず頭がまっ金金である。否、頭だけが金一色なのである。他のボディはチームカラーの赤を基調としながらオレンジのラインで細部を彩っており、派手ではあるもののそこまでケバケバしくはない。

 しかし頭だけはボディに合わせずに金金なのである。

 

 それだけでも五月蝿い外見なのに、更に頭頂部と顔からは角が突き出ていた。頭頂部のは小さな装飾なので大して気にはならないが、顔は別だ。

 見ようによっては嘴に見えなくもないが、顔面から角が出てるというのは五月蝿い通り越して不気味であった。

 

 尚、顔に角を付けるためにカメラアイを首に移動させたらしい。

 その機体名前は『Tuno is Justice』といい、略称は『TJ』である。

 

「素晴らしい、これなら明日の試合のMVPは私のモノ間違い無しですね……フフ、フフフフフフゲホッゲホッ……むせた」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る