誰にも何にも負けたくない

第10話 Obtaining License ①


「えー、前回予告で言っていた通り、私達はこのままだとラガーマシンに乗れません」

「何かお嬢がメタい事言ってるっす」

「気にしない方がいいと思うなぁ」

 

 自己紹介と顔合わせが昨日の事、今日は早速今後の活動方針について話し合う運びとなっている。宇佐美達がいるのは美浜市郊外にある小さなラフトボールのフィールド、その隣にこじんまりと建てられているプレハブ小屋の二階会議室だ。まだ備品類は何もなく、殺風景な部屋である。

 クイゾウはカーペットの上に胡座をかいて座り、宇佐美は祭が用意した座椅子に座って次の言葉を待つ。

 祭は二人の前で腕を組んで仁王立ちになり。

 

「私達に足りないのはズバリ!」

「お嬢の胸っすね!」

「Bはあるわ!ボケえええええ!!」

 

 怒りと哀しみを塗り込めた祭の拳骨がクイゾウのボディへとクリーンヒットする。しかし。

 

「いたい……めちゃくちゃ痛い……」

 

 ダメージを負ったのは祭の方だった。

 いかに呪いを込めた拳といえど所詮は人の手、鋼鉄の身体を打ち砕く事あたわず。

 

「そりゃそうなるっすよ」

「うるっさいわね! とにかく私達に足りないのは……まあ色々あるんだけど、まずラガーマシンへ乗るために免許をとらないといけないわ」

「そう言えば免許制でしたね」

「一応ラガーマシンは大型特殊車両という扱いだから、例外は試乗会みたいに警察へフィールドの使用許可と監督を頼んだ場合ね」

 

 あの時は気づかなかったが、試乗会には数人の警官が参加していて、危険運転の監視や素人の運転補助を行っていたそうだ。

 因みに、本当はブーストの許可も下りていないらしく、会長は後で厳重注意をくらったらしい。

 

「えっと、質問いいですか?」

「はい! 宇佐美君どうぞ」

 

 おずおずと手を挙げた宇佐美に対して、何故か教師風なノリで対応する祭。

 

「免許って、どれくらいで取得できるんですか?」

「そうね、平均で三ヶ月くらいかしら、みっちり詰め込んだら一週間〜二週間で取得できるけど、ちょうどゴールデンウィークが始まるから、今なら普通に合宿の予約できるかも」

「じゃあ早い方がいいっすね」

 

「教習所の手配は私の方でやっておくから。宇佐美君は御家族へ説明しておいてね」 

「わかりました」

「よろしい、じゃあ今日はここまで。お疲れ様でしたー」

「お疲れっすー」

「お疲れ様です」

 

 何とも早い会議である。

 できたてでまだラガーマシンも配備されていないゆえに、やる事ないというのが一番の理由であるのだが。

 それにしてもはやい。

 

「あっそうだ、ねぇ宇佐美君、今夜空いてるかしら? ささやかながら歓迎会をやろうと思ってね」

 

 宇佐美が壁際まで寄ってから立ち上がった所で、祭がふと思い出したように尋ねた。

 

「はい大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「気にしなくていいわ、それにクイゾウの中身も紹介しといた方がいいしね。場所は後で送っておくね」

「は、はい」

「じゃ自分もおさらばっす〜」

 

 二人が去っていった後、会議室には壁に寄りかかったまま立ち尽くす宇佐美が残された。

 祭の一言がずっと頭の中を駆け巡っており、中々一歩を踏み出せずにいたのだ。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……中身?

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 18:15

 

 予定よりやや速く着いてしまった。

 場所は美浜市の西側にある住宅街、都市開発で後回しにされたためか、未だに古い日本家屋が並び建っているのが特徴だ。

 その中で端にある一つの家、すぐ隣には琵琶湖から延々と続く大きな川が流れている、その立地に『九重』という表札が掲げられた日本家屋がある。

 

 宇佐美はインターフォンを押すかどうか悩んだ、曲がりなりにも九重祭は大企業のお嬢様なのだ、そんな彼女がこんな庶民の家に住むだろうか。実は同じ名字なだけの赤の他人ではないだろうか。そんな考えが頭をよぎる。

 

 家自体は平凡な日本家屋、1階建てで70坪程の広さと小さな庭がある。

 少しお金がある人の家っていうレベルだ。

 

 おずおずとインターフォンを押すと、聞き馴染みのあるピンポーンという音が耳に入ってくるので、どうやら中に人はいるらしい。

 

 程なくクイゾウの声が発せられる。

 

「はいはーい、宇佐美っすかー?」

「そ、そうです」

「ういっすういっす、玄関は空いてるから勝手に入ってくるっす」

 

 それだけ言うとガチャっと通話を切った。


 門扉を開けて玄関へ進む。右手には駐車場が、左手には小さな庭が見えた。庭の手入れは行き届いているようで伸び伸びの雑草等は見当たらず、日当たりの良さげな場所にプランターが置かれている。まだ芽は出ていない。

 

 ガラガラと乾いた音をたてながら木製の引き戸を開けると、取り次ぎにクイゾウが立っていた。

 

「ういっす。手伝うすか?」

「移動だけお願いしていいかな」

「ういっす」

 

 上がりかまちに腰を掛けて、沓脱ぎ石の上に足を置いて靴を脱ぐ。取り次ぎに上がってクイゾウの肩を杖代わりにして歩を進める。

 

 客間に入る直前に台所が見えた。トントンと包丁がまな板をリズミカルに叩く音が聞こえるので誰かが調理をしているのだろう。

 

 とりあえず挨拶をと思い、包丁の音が途切れたタイミングで壁をコンコンと叩いてから半身だけ覗かせる。

 調理をしていたのは祭だった。

 

 デニムパンツにポロシャツ、エプロンを掛けて袖は捲っている、髪は作業しやすいよう後ろで束ねてポニーテールにしている。


「いらっしゃい、宇佐美君。もうすぐできるから待ってて」

「はい……えっと、お招きいただきありがとうございます」

「フフーン、良きにはからえー。私の超絶料理テクを楽しみにしてなさい」

「じゃっ客間はこっちっす」

 

 クイゾウに案内されて客間に通される。典型的な和室だった。床の間があり、床脇があり、書院がある。

 真ん中に置いてある座卓には既に皿に盛られた料理が乗っている。肉じゃが、唐揚げ、サラダ、おひたし、グラタン、漬物、お吸い物、意外な事にどれも家庭料理であった。

 

「すごい、これ全部九重さんが?」

「そっすよ、お嬢料理だけは得意っすから」

「だけって何よだけって、失礼ね」

 

 祭が刺身を乗せたお盆を持って現れた。それを三箇所に置いてから盆を脇に置いて宇佐美の真向かいに座る。

 

(三つ?)

 

「そいやお嬢、何で皿が三つあるんすか?」

「それは勿論あんたの分に決まってるじゃない」

「……えっ?」

 

 しばしの沈黙、そして程なくして隣りの部屋から物音が聞こえた。慌ただしく床を叩くような音だ。

 

「逃がすかっ!!」

 

 続いて祭が大きな足音をたてて隣りの部屋へと駆け込む。

 もれなく隣から言い争う声が聞こえてくる。

 

「ええい! 大人しくお縄につきなさい!」

「うぇぇん、酷いよ祭ちゃぁぁん」

 

 一人は祭、もう一人は知らない女の子の声。

 そして、祭が一人の女の子の襟首を引き摺って戻ってきた。

 

 スウェットに身を包んだ儚い印象の女の子、ボブカットの髪は手入れしてないのか所々毛が跳ねていた。

 

「はい挨拶ー」

 

 祭が女の子を無理矢理立たせて前に押し出す。顔を真っ赤に染めた彼女はおずおずと言葉を紡ぎ出す。

 

「ひうっ、ああああの……その、な、七倉ななくら かなで……と言います……〜〜〜っっ」

 

 と自己紹介だけしたら奏は祭の後ろへと隠れてしまった。

 どうも極度の人見知りらしい。

 

「あの、九重さん……その娘は?」

「そいつの中身よ」

 

 と言って祭が指差したのはさっきから沈黙を続けているクイゾウである。

 つまりそいつとはクイゾウであり、クイゾウの中身と言うことは。

 

「えっ!? まさか!」

「そ、奏はクイゾウを遠隔操作している中の人よ。ロールプレイしすぎて性格変わっちゃってるけどね」

 

 驚きの事実である。

 

「えと、よろしく……七倉さん」

「ひうっ……よろしく……お願いします……上原……さん」

 

 若干の気まずさを残しながら歓迎会が始まる。

 箸を手に取り出された料理を一つずつ食していく。

 

「ど、どうかな? お口に合うかしら?」

 

 不安そうにこちらの顔色を覗き込む祭。

 しかしその不安は杞憂であり、どれも美味であった。その事を伝えると、安心したのか祭の顔はパアと明るくなっていった。

 

「当然! 私の腕はすごいのよ」

 

 さっきは不安そうだったのに、急に元気になった祭を微笑ましく眺める。その後も騒がしいまま会食は続き、終わったのは21時頃であった。

 

 因みにクイゾウは邪魔なので部屋の隅に転がされていた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 用語解説

 

 ハーフライン……フィールドの真ん中に引かれる線の事。ゲームを始める時、又はキックゲームが終わった後は必ずここで陣形を組んでから始めなければいけない。

 

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