第8話 Side Story
試乗会の前日。
展覧会の事務所に、バイクのような人型ロボットを引き連れた九重祭がやってきた。
「来たわよーお祖父ちゃん、フィールドの手続きってこれでいいのかしら?」
ポンディングステンカラーコートとプリーツスカートというカジュアルファッションの彼女は、鞄から書類の入った茶封筒を取り出して、「会長席」と書かれた名札が置いてある机に置く。
会長席に座る初老の男性こと、九重義晴は頭を上げる。
「おお、祭か。フィールドの契約書は後で確認しておくぞ……はぁ」
「あら、溜息吐いちゃって……展覧会のスピーチでもとちったの?」
「ふむ、実はの……」
かくかくしかじか。
「なるほど、ハミルトンのテストパイロットが病欠なのね」
「この後の試乗会で明後日のお披露目で使う動画を撮る予定だったんじゃが、どうしようかのぅ」
「いやもっと早く準備しなさいよ、何でこんな土壇場までサボってんのよ」
「身体障害者の操縦データが欲しかったんじゃが、中々テストパイロットを引き受けてくれるのがおらんくての」
ひょっとしたらそのテストパイロットも、ほんとは病欠ではなくて土壇場で逃げたのかもしれない。
「じゃあそこのクイゾウの足を一本切り取って乗せたらいいじゃない」
「いやひどいっすよ!! 外道っすかお嬢!!」
「はあ、都合良く身体障害者が展示会にきてテストパイロット引き受けてくれんかのぅ」
「右足不随の少年ならさっき展覧会に行く所を見たっすよ」
「なんじゃと!? こうしてはおれん! 探しに行かねば!」
義晴は勢いよく事務所を飛び出して、展示会の会場へと姿を消してしまった。
なんともアクティブな老人である。
残された祭とクイゾウは机の上に置いた茶封筒へと目を落とした。
「どうするっすか? 会長の判子がないと次の部署へ書類回せないっすよ」
「待つしかないわよ」
祭は近くのパイプ椅子を引き寄せて、アクティブ老人の帰りを待つことにした。
この時のやり取りが、後の運命を決定する分岐点だった事に、彼女達は気付く由もない。
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試乗会が終わってから数時間後。
熊谷市へ帰宅途中のバス内にて、カールが隣に座る上那枦夢へ聞こえるように呟いた。
「中々興味深い体験だったな」
「ああ」
「枦夢が変形まで使うとは思わなかったぞ」
「油断していた。あれはただ速いだけではない。戦いの中で試行錯誤をしておそろしい早さで強くなっていた」
「才能……の一言で片付く話ではないな。きっと伸び代が大きいんだろうなあの子は」
「はい、おそらくすぐにでも我々と同じフィールドに立つようになるでしょう。ランニングバックとして」
「ほう、つまりスプリングランドにか?」
「今年は無理でしょうが、来年からはきっと」
「面白いなそれは」
「ええ、それから……」
「どうした?」
「いえ」
急に歯切れの悪くなった枦夢を訝しむカール、彼の視線を気にするでもない枦夢は宇佐美との戦いを思い起こしていた。
(まるで炎と戦っているようだった)
ハミルトンの赤い残影を残して疾走する様は、太陽の表面で暴れるプロミネンスのよう、そして正面から受け止めようとすると、ハミルトンが大きな炎の濁流に見えてくる。
(炎の……ランニングバックか)
ふとそのような単語を思い浮かべた。何ともチープな二つ名だと思うが、得てしてハミルトンと宇佐美を的確に表してるように思えた。
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用語解説
スプリングランド……ラフトボールにおける全国大会、高校野球でいうところの甲子園、音楽でいう武道館、サッカーでいうところのJリーグや天皇杯、ルヴァンカップにあたる。
夏の半ばから各地方で予選大会が始まり、予選大会で勝ち抜いた上位2チームが地区大会へ進出、その地区大会の上位2チームがスプリングランドへ進出。
地区大会は関西と関東に別れている。つまりスプリングランドは日本最強の4チームがしのぎを削る大会である。
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