番外編13〔新たなる『タロウ』伝説〕
番外編13〔新たなる『タロウ』伝説〕
3本目が始まると、僕はオリアンの集中力を乱すため、被っていたローブを脱ぎ捨て、ミウの手を取り、わざと観客にみえる位置まで出ると、
「ラク~!!頑張れ~~!!」
と、ありったけの大声で叫んだ。
「ほら、ミウも応援しよ!」
「え!?で、でも目立っちゃダメじゃないの?」
「いいんだよ。僕達もラクと一緒に戦うんだ!」
ミウは「コクン」と頷くと、
「ラク~!私達も一緒に戦うよ~!!頑張って~!!」
するとミウのそばに、スンも走ってきて、
「お兄ちゃん~!!オリアンなんかやっつけろ~!!」
と、大声で叫んだ。
その声援は、もちろんオリアンにも聞こえていた。
「ん?あの声はタロウ?今度はなんだってんだ?
今まで隠れていたくせに…、まさか、また何か仕掛けて来るのか?」
冷静なオリアンとは正反対に、座っていたイスから転げ落ちそうなぐらい驚いている人物が居た。
「あ、あれは…タロウ?オリアンの言っていた、ラクの師匠は『タロウ』だったのか?!」
ファンやアイガなど、オオカミ族のみんなも、僕を見るなり、
「お、おい、あれ、『タロウ』だろ!なんでこんな所に居るんだ?」
「お~い!オリアン!タロウだ!!タロウが来てるぞ~!!」
と、これまた大声で叫んだ。
「うるせえな、ファンのヤツ…もうとっくに知ってんだよ。なんでもいいから静かにしてくれ…」
オリアンの呟きをよそに、さらに僕は特別席にいる、ラウクン王子やスライン将軍に手を振った。
「お~い!ラウクン王子~!スライン将軍~!!また来ちゃいました~!!」
するとラウクン王子は、驚きもせず、
「まったく、タロウはいつも何の前触れも無く、突然現れる…、困ったヤツだ…」
ラウクン王子が呆れ返っていると、スライン将軍が、
「お~い!今度は急に居なくなるなよ~!」
と、大声で叫び返した。
「チッ!スラインまでも大声出しやがって…」
オリアンの耳の動きが徐々に激しくなってきた。
さすがにこれだけ騒ぐと、観客達も僕達に気付きざわめき始めた。
「あれが、あの伝説の『タロウ』なのか?」
「隣に居るのは『ミウ様』だろ?」
「俺は見たことあるぞ!黒龍に乗っていたんだ。間違いない!『タロウ』だ!」
「タロウだ!タロウが帰って来たんだ!」
するとざわめきは、大きな大声援となって、会場を包んだ。
「タロウだ!タロウが帰って来た~!!」
「うお~~~!!!、タロウが一緒なら、ラクも勝てるかも!」
僕は、ここぞとばかりに「ラクコール」を始めた。
「ラ~ク!ラ~ク!ラ~ク!ラ~ク!」
すると瞬く間に、会場中に「ラクコール」が広まった。
オリアンにしてみれば、たまったものじゃない、ヘッドホンをして、静かにクラシックの音楽を聴いていた所に、いきなり大音量のロックが流れて来たみたいなものだ。
オリアンの耳は、ピクピクどころか、ぐるぐると回り始めた。
その姿を見たファンは、客席にむかって、
「うるせえぞ!てめえら!オリアンが集中出来ねえだろうが!!!」
「あ、あのバカ!なんて事を…」
オリアンの心配は的中した。観客の1人がファンの言葉を聞いて、
「そうか!オリアンに集中させなきゃいいんだ!!」
と、『ラクコール』と一緒に、今度は足で地面を『ドンドン』と鳴らし始めた。
それも一瞬にして広がり、オリアンにしてみれば、気配を察知するどころではなかった。
大音量のうえ、地面まで揺れ出したからだ。
「くそ!気配どころじゃねえぞ、ラクが何処に居るのか、まったくわからねえ。
タロウのヤツ、これが狙いだったのか。
どうする?…ラクのヤツ、これを期に一気に間を詰めてくるか?
いや、アイツはそんな事はしねえ、さっきみたいにジワジワ寄って来るはずだ。
前から?後ろ?いや、2度同じ手は使わねえはず…
右か左か?アイツは確か右利きだったな?右利きのヤツは、俺の左に来るはず…剣が視界から外れるからな。
かといって、これだけうるさかったら、近くに来ても気配がわからねえ…
ったく…タロウの野郎、次から次へと変な事考えやがって…
くそったれ、うだうだ考えてもしょうがねえ、ラクの居場所を確認して、一旦距離をとるか。」
オリアンは、このままだとラクに距離を詰められ、攻撃されると思い、1度ラクの居場所を確認するため、目を開けてみる事にした。
オリアンは下を向いたまま、ゆっくりと目を開けた。
すると、そこには…
「な!あ!く、くそ!だ、ダメだ……ウ…
ウオ~~~~~~~~~~~ン!!!」
なんと、オリアンが目を開けたすぐ目の前に、あの月のような盾があったのだ。
オリアンがあれこれ考えている間に、ラクはオリアンのすぐ側まで来ており、顔の前に盾を構えて、オリアンが目を開けるのを息を殺して待っていたのだ。
不意をつかれたオリアンは、目を閉じる事も反らす事も出来なかった。
オリアンが雄叫びをあげた次の瞬間、
「イヤァ~~!!!!」
ラクが木刀を振り上げ、オリアンの頭に一撃を食らわした。
「ガン!」
「痛!」
オリアンの目だけは、ラクの動きを追っていたが、顔は上を向いたまま、体も直立不動で固まっていた。
しかし、ラクの一撃が決まると、オリアンは笑みを浮かべ、さらに大きな声で雄叫びをあげた。
「ウォ~~~~~~ン!!!!!!!」
僕にはそれが、ラクに対する称賛のようにも聞こえた。
静寂の中、オリアンの雄叫びだけが、こだましていた会場が一気に爆発した。
「ウオ~~~~~~~~~~~!!!!」
「すげえぞ!ラク!オリアンに勝っちまった!!!」
「ラク~!!!!!」
ラクの元に、観客がなだ
れ込んで来た。
それは、観客達が自分に置き換えていた、『不可能を可能に出来るかもしれない』という願いが正に叶った瞬間でもあったのだ。
ラクはその場に、ヘタヘタと座り込んだ。
ラクにしてみれば、今日1日で何年間分のも神経を使ったに違いない。
そんなラクに、オリアンが手を伸ばし、
「おい!仮にも俺に勝ったヤツが、そんな所に座り込んでンじゃねえ!
シャンとしろ。それに礼を言わねえといけねえんじゃねえか?
お前1人の力だけじゃねえだろ?」
ラクはその言葉を聞いて、木刀を杖がわりに立ち上がると、
回りを囲んでいた観客達に向かって、
「ありがとうございました~~~!!!!」
と、深く一礼をした。
すると、拍手の渦が巻き起こり、観客に担ぎ上げられたラクが、会場内をぐるぐると回り始めた。
ミウは僕に抱き着くと、
「タロウ!やったよ!ラクが…ラクが勝ったよ!!」
僕もミウを抱き締め、
「うんうん!ラクは凄いよ!ほんとに凄いよ!」
後ろで見ていたラクの両親もスンと抱き合いながら、喜んでいた。
特別席で見ていたスラインは、信じられないという表情で、
「オ、オリアンが負けた…?『剣技大会』とはいえ、本気だったはずだ…タロウが付いていたとはいえ…し、信じられねえ…」
スラインとは対称的に、ラウクン王子は満面の笑顔だった。
自分の国の衛兵の中に、世界一最強と言われる『オリアン』に勝った者が現れたのだ。しかもまだ若い。この噂は、瞬く間に世界中に広がるだろう、そして『ユーリセンチ』の名も同様に広がるに違いない。
「ハハハハ、どうだ!スライン将軍、これが『ユーリセンチ』の自慢の衛兵達だ!!」
「パチパチパチパチパチパチ…」
と、手を叩き、2人の戦いを称えた。
「ところでスライン将軍、この後、オリアンと『模擬戦』をするはずだったが、オリアンが負けてしまった。ラクとやるか?」
するとスライン将軍は、少し「ビクッ」とし、
「あ、ああ、そうだな…勝った方とやらないとな…、でも見てみろ、あの小僧ヘトヘトだぞ、まともに戦えるとは思えねえ。また日を改めてだな。それに観客も大満足してるしな。」
「それもそうだな、ここで終わらせるのが妥当か。スライン将軍とラクの戦いも見てみたかったがな…
さて、それじゃ私達も、ラクの所に行こうか。『タロウ』の名を授けてやらないとな。」
するとスラインは、少しもじもじしながら、
「ラ、ラウクン王子…じ、実はこの後、ちょっと用があって、直ぐに国に帰らないといけないんだ…悪いな。」
「なんだ、そうなのか。残念だが仕方ない、またいつでも来てくれ。」
「ああ、タロウに宜しく言っといてくれ。」
そして、スライン将軍は、人目を避けるように、闘技場を後にしたのだった。
帰る道中、スライン将軍は、
「冗談じゃねえ、オリアンが負けたんだぞ、タロウの野郎、絶対俺の対策も考えて来てるはずだ。
他所の国に行って『負けて帰って来た?」なんて、言われたくねえからな。」
そして、スライン将軍は国に帰ると、今日見た事をみんなに話して聞かせた。
オリアンが名もない衛兵に負けた事、あのオリアンに弱点があった事、最強と言われるヤツでも、戦い方によっては勝てるという事。
この日から、ジプリトデンの兵士達の訓練は、ただがむしゃらに特訓をするのではなく、頭を使い、相手を研究するということも取り入れた。
ラウクン王子が2人の所に来ると、担がれていたラクも地面に下ろされ、
オリアンとラクは、その場に方膝を付き、頭を下げた。
するとラウクン王子は、
「2人とも見事な戦いであった。頭を上げろ、そして胸を張れ!
私はこのような立派な仲間がいることを誇りに思う。」
2人はゆっくりと立ち上がり、再び頭を下げた。
するとラウクン王子は、オリアンに近付き、肩を「ポンッ」と叩くと、
「オリアン、タロウにしてやられたな。」
するとオリアンは、ニヤリと笑い、
「この仮は必ず返しますよ。」
と、僕を睨み付けた。
そしてラウクン王子は、ラクの近くに行き、
「よくやったラク。お前のような若者が居て、私も嬉しい。『タロウ』の名を継ぐにふさわしい。
今日から『ラクタロウ』と名乗るがよい。
ラクタロウよ、もっともっと強くなって、私を、この国の民達を守ってくれ。頼んだぞ。」
ラウクン王子は、ラクに手を指し伸ばし、ラクも力強くラウクン王子の手を握り返した。
「ありがとうございます!ラウクン王子!もっと強くなって、この国を守ります!!」
と、再度頭を下げた。
と、オリアンはスライン将軍が居ない事に気が付いた。
「あれ?王子、スライン将軍は何処に?」
「ああ、なんでも用があると言って、急いで帰ったが…」
するとオリアンは、
「あの野郎、もしかしたら自分も負けるかもしれねえって、逃げやがったな…」
するとラウクン王子は、僕の方を、チラッとみると、
「さて、それじゃ、この大勝負を見せてくれた、本当の主役に挨拶に行こうじゃないか、なあみんな!」
するとオリアンも、
「ああ、そうだな。ったくよ、来てるなら来てるって言やあいいんだ。ほら、セオシルも行くぞ!お前も言いたいことがあるだろ?
ラク、『タロウ』の名はしばらくお前に預ける。
ただし、必ず取り返してやるからな。」
「はい!守り抜くよう、頑張ります!!」
と、同時に、ラクが僕に走り寄ってきた。
それを合図にその場に居た全員が僕の回りに集まった。
「コノヤロ~、コノヤロ~…」
「いつ帰って来たんだよ!」
「元気にしてたか?」
「相変わらずだな、お前は…」
僕はみんなに揉みくちゃにされながら、
「お、お久しぶりです、皆さん。皆さんもお元気そうで…。」
するとオリアンが真剣な顔で、
「なあ、タロウ、あの『盾』はなんだ?俺の体はどうなっちまったんだ?」
「ああ、あれはね、『月』を真似して作ってみたんだよ。」
「月?」
その場に居た全員が首を傾けた。
「『月』っていうのは、星のひとつなんだよ。この国には無いみたいなんだけど、僕の国では、1番大きな星なんだ。
僕の国にも『オオカミ』がいるんだけど、オリアンみたいに、人型じゃないから言葉も喋らない。
でも、オリアン同様、俊敏で速い、ただ、その丸い月を見てる時だけ、止まって遠吠えをするって聞いたことがあってね。
もしかしたら、オリアンも何らかの効果があるんじゃないかと…エヘヘ…」
「エヘヘ…じゃねえよ。じゃあなにか?俺はそんな一か八かの作戦に負けたってのか?」
「ハハハ、オリアンよ、負けは負けだ。タロウの知識の多さには感服するよ。今回は少しはここに居れるのか?」
ラウクン王子の問いに、
「はい、とりあえず3週間ぐらいは居ようかなって。」
「短いんだな…まあいい、私が全力でもてなそう。なんでも言ってくれ。」
と、言うやいなや、ラウクン王子は僕に近寄り耳元で、
「ところで、イサーチェは元気にしてるか?」
「はい、元気にしてますよ。ラウクン王子の為に料理を勉強してますよ。」
と、王子の耳元で呟いた。
するとラウクン王子は元気よく、
「それではこれから、城で『タロウ』の歓迎会と『ラクタロウ』の勝利の宴を行う!!
皆も来てくれ!みんなで祝おう!!!」
「お~~~~~!!!!!」
僕は、聞き覚えのある『ラクタロウ』に可笑しくなり、少し笑ってしまった。
そんな僕を見たミウが、
「どうしたの?タロウ?何が可笑しいの?」
「あのね、『ラクタロウ』って名前なんだけど、僕の世界にも居るんだよ。しかも超有名人で、子供から大人まで人気がある凄い人なんだよ。」
「へ~、そうなんだ。ラクもそのくらい有名人になるといいな。」
「アハハハ、その点は大丈夫だよ、明日になれば『ラク』、いや『ラクタロウ』の名前は、世界中に広まってると思うから。
さあ、僕達もお城に行こうか。」
僕達が競技場を後にしようとした時、ふと振り向くと、誰も居なくなった会場の真ん中に、1人だけ立っている人物が居た。
僕はそれに気付くと、
「ミウ、ちょっと待ってて。」
と、ミウに告げ、真ん中に立っている人物に駆け寄った。
その人物は、僕が駆け寄って来たのに気が付くと、
「ケジメですから、私は、こんなに素晴らしい試合の審判が出来た事を、生涯の誇りにします。」
と、僕に言って来た。僕は、その言葉を聞いて、
「それじゃ、お願いします。」
と、審判にたのんだ。すると審判は、大きく息を吸い込み、
「3本目!!ラクの勝利!!!よって、この勝負!ラクの勝ちとする!!!!」
誰も居ない闘技場に審判の声だけが響き渡った。
僕と審判は握手を交わし、そのままミウの居る出口に向かった。
ミウも、涙を浮かべ、審判にお礼を言った。
僕達がお城に着く頃には、すでに飲めや歌えやの大宴会が始まっていた。1度帰ったスライン将軍も、エミナーさんと、チェスハさんを連れて戻って来た。
僕も、最初の目的を思い出し、鞄の中に入れていた『大豆』をみたが、なんの変化もなく、そのままだった。
後でイブレドさんに聞いたところ、『ナカボ』と言う豆らしい。固い豆という意味だそうだ。
固くて食用には使えず、粉にして畑の肥料として使っているらしい。
イブレドさんは、『ナカボ』と『ドラゴンフルーツ』を一緒に混ぜて、発酵させてみたそうなんだが、腐って食べられなかったそうだ。糸をひき、ネバネバして、へんな臭いもしたと言っていた。
「ん?あれ?それって『納豆』じゃね?」
と、気が付いたのは、それからしばらく経ってからの事だった。
僕は、イブレドさんに醤油や味噌の作り方を、ファンや、他の人達にも大豆食品の作り方を教えた。
『ナカボ』は需要が少なく畑も少なかった。
まずは畑を増やす所からスタートだった。他の国から『ナカボ』を集めてもらった。幸い土地も広く人もたくさん居る。直ぐに大きな畑のが出来るだろう。
集めてもらった中にあった、若い豆を茹でて『枝豆』を作った。手軽で美味しいと、瞬く間に国中に広まった。
そんなこんなで、忙しくも楽しい時間が過ぎて行き、そろそろ3週間が経とうとしていた頃、
僕の世界では、またまたイサーチェが、一騒動起こそうとしていたのであった…
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