第31話〔当たり前の日常〕



第31話〔当たり前の日常〕



眩しい光が、僕の体を包み込んだかと思うと、僕はいつの間にか、薄暗い街灯の下に立っていた。


辺りはもう真っ暗になっていたが、街灯の映し出す景色は、見覚えのある景色だった。


僕は、鞄からスマホを取り出し、『日にち』と『時間』を確認した。


「5月20日、日曜日、午後8時47分…

たしか家を出たのが、18日の金曜日だったよな?こっちの世界は2日しか経ってなかったのか…」


僕は、とりあえず自分の世界に戻れた事に安堵していた。


と、その時、


「ピロリン、ピロリン、ピロリン、ピロリン、ピロリン、ピロリン、ピロリン…」


いきなり『LINE』のアラームが鳴り始めた。


見てみると、妹から大量のメッセージが送られて来ていた。

最初の頃は、優しい口調で、


「お兄ちゃん、今どこ?お母さんが晩御飯は食べて来るの?家で食べるの?って聞いてる。」


「今、どこ?お母さんは、「心配しなくていい」って言ってるけど…。」


しかし、んだん口調が荒くなり、


「もう21時よ?」


「タイヤキ!」


「早く帰って来い!」


「連絡しろ!!!」


「スマホを見ろ!!!!」


そして、ついには既読も付かない事に腹を立てたのか、怒りの絵文字が延々と続いていた。


とりあえず、妹に「これから帰る」とだけ、メッセージを送り、走って家に向かった。


メッセージを送ってすぐに、LINEのアラームが鳴ったが、立ち止まって見るより、帰った方が早いと、そのまま走った。


そして家に着くなり、そのままドアを開け、玄関に飛び込んだ。



「ガチャ。」


「ただいま~…ハァハァ…」


中に入ると、目の前に腕を組んだ仁王立ちの妹が立っていた。


「お兄ちゃん!なんで連絡の1つもしないのよ!お母さん、心配してたんだから!


お母さ~ん!お兄ちゃん、帰って来たよ~!!」


「ゴ、ゴメンゴメン、スマホのバッテリーが切れてて…」


すると、そこに母さんも現れ、


「まったく…どこの図書館まで行ってたのよ?泊まるなら泊まるって連絡ぐらいしなさい。」


「ち、ちょっと初めて行く図書館で、道に迷っちゃって…スマホも圏外で、バッテリーも切れちゃって…終電がなくなって…」


と、とりあえず思い付く全ての言い訳をしてみた。どんな田舎の図書館なんだ…


「ふう…まあ、いいわ。明日学校でしょ?ご飯は食べたの?」


「いや、まだだけど…」


「じゃあ、ちょっと作るから、先にお風呂に入っちゃいなさい。」


「う、うん。わかった。」


なんだか母さんとの会話が、物凄く懐かしく思えた。

そして僕が靴を脱いで玄関から上がろうとすると、目の前の妹が、右手を僕に差し出して来た。


僕は、なんだかんだ言って手を差し伸べてくれる妹に、


「なんて、優しい妹なんだ…」


と、少し感動ながら、差し出した右手を掴むと、


「違う!!バシッ!!」


妹に、掴んだ手を思い切り振り払われてしまった。


「え!?」


僕は、あっけにとられて、ポカンとしてると、


「タイヤキ!!出掛ける時に、頼んだ『タ・イ・ヤ・キ・!!!』


「あ…!」


「そういえば、出掛ける時に、そんな事を行ってたような…」


「あ~!もう最低!お兄ちゃんなんか知らない!!」


「ち、ちょっと待て、智恵葉。」


僕は妹を呼び止め、鞄の中をかき回して、何かお土産的な物はないか探した。


するとダシールに貰ったペンダントが手に当たり、


「よし!これなら。」


と、ペンダントを取り出し、妹の目の前に差し出した。


「タイヤキは明日学校の帰りに買ってきてやるから。

お詫びの代わりと言ってはなんだけど、これをやるよ。

この世に2つと無い、珍しいペンダントなんだぞ。」


ウソは言っていない、なぜなら異世界のペンダントなのだから。


妹は、僕の言葉を全く信じた様子もなく、とりあえずペンダントを手に取り、グルリと回して見た。そして、大きく息を吸い込むと、


「ハア~~~………」


と、聞いたことないような、大きなため息をついた。


「お兄ちゃん…確かに世界で1つだけのペンダントだわ…

このペンダントは、前にお父さんが、あたしの誕生日にプレゼントしてくれたやつだもん。しかもお兄ちゃんと一緒で、そこの『ダ○ソー』のやつ。

可愛い娘の誕生日プレゼントが『100均』なんてバカにしてるって返した物だもん。」


「ち、ちょっと待て、そんなハズは…」


僕は妹からペンダントを奪い取り、いろんな角度からペンダントを見た。

すると、裏側に小さなシールが貼ってあり、そこに『ダ○ソー』の文字がしっかりと書いてあった。


「どういう事だ?…」


僕が、訳がわからずに「ポカン」としていると、妹は僕の持っていたペンダントを奪い取り、


「でも、今はお父さんが居ないから、貰っておくけど…

まったく、この家の男共ときたら女性にあげるプレゼントをなんだと思ってるのかしら…」


と、捨てゼリフを残し、ペンダントを持ったまま、奥に入って行った。


玄関に取り残された僕は、少し混乱していた。


「え?なんで?あれって勇者がエミナーさんにあげた物だよな。イブレドさんも言ってたし…で、エミナーさんがダシールにあげて、それを僕が貰って…なんでそれが『100均』なんだ?」


僕が玄関に突っ立っていると、奥から母さんの声が聞こえた。


「ター君、何してるの?早くお風呂に入りなさい。」


「う、うん。わかった。すぐ入るよ。」


僕は、頭が混乱したままだったが、とりあえず自分の部屋に鞄を置き、お風呂に入った。


お風呂に入ると、改めてこの世界が贅沢なのに気が付いた。眩しいぐらいの灯り、たっぷりのお湯、シャンプーにバスタオル。

いつも当たり前に使っていた物が、とても贅沢に思えた。



お風呂から出ると、テーブルの上には、料理が並んでいた。


晩御飯の残り物で作ったのであろうが、この3ヶ月、異世界の料理を食べていたせいか、どれも高級料理に思えて仕方なかった。


「ほら、ター君。早く食べなさい。」


「う、うん。ねえ…母さん…」


「な~に?ター君。」


母さんは背中を向けたまま、洗い物しながら答えた。


「あ、あのさ、その「ター君」って言うのやめてくれない?「太郎」でいいからさ。」


すると母さんは、洗い物の手をピタッと止め、僕を見ると、


「どうして?あれほど「太郎」って呼ばれるの嫌がってたじゃない?」


「い、いや、ちょっとね。せっかく父さんがつけてくれた名前だし、好きになったっていうか、なんというか。」


「変な子ね、いいわよ。これからはどこでも「太郎」って呼ぶからね。」



そうなのだ、この3ヶ月間、みんなに「タロン」や「タロウ」と呼ばれて、自分の名前が誇らしく思えるようになっていたのだ。


僕は自分で言ったことが、少し恥ずかしくなり、ごまかすようにご飯を食べ始めた。


「いただきます。」


両手を合わせ、お辞儀をすると、それに気が付いた母さんが、思わず振り向いた。


僕がご飯を食べる前に、手を合わせた事が無いからだ。


僕はまず『味噌汁』を飲んだ。「美味しい」味噌汁ってこんなに美味しかったっけ?と疑うほどだ。

次に、なんのへんてつも無い野菜炒め。

これもむちゃくちゃ美味しい。一緒に食べる白いご飯によくあう。


僕はご飯やおかずを口に入れる度に、自分でも気付かないうちに思わず、


「美味しい、美味しい、」


を連発してしまっていた。


そんな僕を見て母さんは、


「太郎、あなた少し変わったわね。ご飯を食べて「美味しい」なんて言った事ないのに。それに食べる前に挨拶なんかしちゃって。」


「え?そ、そうだっけ?」


「ええ、そうよ。少し大人になったのかしらね。」


そう言うと、母さんは「ウフフフ」と嬉しそうに笑った。


ご飯を食べ終わると、すぐに自分の部屋に行き、ベッドに転がった。


グルリと部屋を見渡すと、僕が出掛けた時のまま、何も変わっていなかった。

当たり前だ、たった2日しか経ってないのだから。

ベッドに横たわると、隣にミウの顔が浮かんできた。2日前、ここにミウが寝ていた事や、この3ヶ月一緒に過ごした事が、すべて夢だったんじゃないかと思えるほどだ。


しかし、来ていたジャンパーを見ると無数の擦り傷や汚れがたくさんついている。その傷が物語っていた。

確かに僕は、この世界ではない、どこかに居たのだと。


ベッドの上で目を閉じると、僕は吸い込まれるように、眠りに落ちていた。



次の日の朝、僕は妹の声で目が覚めた。


「ガチャ!」


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!いつまでも寝てるの!遅刻しても知らないよ!!」


「ん…、」


いつもは鬱陶しいかったこの声も、なんだか懐かしく感じる。


「フフフフ…わかった、わかった、起きるよ。

ありがとな、智恵葉。」


僕は笑顔で、妹に答えた。

まったく予想だにしなかった僕の態度に妹は、


「な…なに…!?…お兄ちゃん…キモ……」


と、言ったかと思うと、いきなり階段を駆け降り、


「お母さ~ん!お兄ちゃんの頭がおかしくなった~!!!」


妹の叫び声が聞こえたが、なんだか今なら何を言われても、許せるような気がした。



朝食を済ませ、僕は学校に向かった。

途中、例の路地の前を通ったが、『異世界』に通じる道は路地は無く、コンクリートの壁が建っているだけだった。


僕はその壁を触り、


「次の土曜日に行きたいけど、開いてくれよ。」


拝むような気持ちで、その場を後にし、学校に行った。


学校では、ありふれた会話が飛び交っていた。テレビ、歌、ゲーム、アプリどれも最新の話題だが、僕にはなんとなく物足りなかった。


学校が終わり、いつものように1人で帰っていると、頭の上を何かが横切った。


僕は「ハッ!」とし、すぐに回りを見回した。


すると、世話しなく飛び続ける『コウモリ』が一匹居るだけだった。


「ちぇ!」


僕は、目の前に転がっていた小さな小石を蹴った。


小石はコロコロと転がり、あの壁の近くで止まった。


小石を目で追っていた僕は、小石が止まったすぐ横に、見覚えのあるサンダルが目に入った。


「え!?」


僕は徐々に目線を上に上げた。


見覚えのある『ジーンズ』、見覚えのある『トレーナー』、見覚えのある『白い髪』に『大きな目』


「ミウ!!!!」



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