第26話〔最強の脇役〕


第26話〔最強の脇役〕



僕がこの世界に来て、約3ヶ月が経っていた。

他の国に売られて行った国民は、ほとんどの人が帰ってきていた。

中には、ジプレトデンで家庭を持ち、暮らしている者や、給料の良いジプレトデンで働いて、お金を送って来るものも居た。


もちろん、国の出入りは自由なので、たまに帰って来ては家族で時を過ごした。


エミナーも2週間に1度は帰って来るようになり、チェスハと一緒に子供達に剣を教えていた。


しかし、2人が一緒に居ると、なぜか些細な事でいさかいが起こり、例によってあの『鬼ごっこ』が始まるのであった。


まあ、それを目当てに集まって来る、男達もいたのだが…


湖の埋め立て計画もほぼ終わり、埋め立てた土地の上には、もう1つの街を作るべく、建物が建設も同時に行われていた。


その中には、なんと『マヨネーズ工場』も含まれていた。


そう、僕が1番作りたかった『マヨネーズ』が偶然にも出来たのだ。



エミナーが初めて帰って来た時の宴会で、オリアンとチェスハに『マヨネーズ』を試食してもらった。


今思えば、最初から料理を仕事にしているイブレドやエティマス、パン屋のタンシェに試食をしてもらえばよかったのだが、『マヨネーズ』出来た嬉しさのあまり、近くにいた2人に食べてもらったのだ。



チェスハとオリアンは、僕の説明をまったく聞かず、『マヨネーズ』を見せるやいなや、スプーンに山盛りのせて、口に突っ込んだ。


ジャムやミルクセーキといった甘い食べ物を想像していたに違いない。


案の定、2人同時に目を丸くし吹き出した…

そして、チェスハが凄い形相で僕に詰め寄ってきた。


「おい!こらタロン!!何だこれは!全然美味しくないじゃないか!!」


「だ、だから、さっき言ったじゃないですか…これは脇役だって…」


「そんな事言ってたっけ?なあ、オリアン。」


「ガラガラガラ、ゴックン。

俺も聞いてないぞ。これ、腐っているんじゃないか?酸っぱいぞ。」


オリアンは、オサケで口をゆすぎながら、近付いて来た。そして、僕の肩を「ポンポン」と叩くと、


「まあ、タロウも疲れてるんだろう。この国に来てから動きっぱなしだったからな。」


「だから、違うんだってば、オリアン…これはそのまま食べる物じゃなくて…」


すると今度はチェスハが、


「わかった、わかった。タロンもまだ子供だ、失敗する事だってあるさ、なあ、タロン。」


と、優しく抱き締めてくれた。


「だから~…」


僕は『マヨネーズ』の良さが2人に伝わらない残念さと、チェスハの胸の柔らかさとの板ばさみになり、嬉しいやら、悲しいやらの複雑な気持ちになっていた。


ちょうどそこに、料理を並べ終えたイブレドがやって来た。


イブレドは、おもむろに「クンクン」と匂いを嗅ぐと、『マヨネーズ』を指につけ、ペロッと舐めた。


それを見たチェスハは、「クックックッ…」と笑いを押し殺し、自分達と同じように、吹き出すのを待った。


するとイブレドは、チェスハの予想とは違う反応を示し、「フムフム…」と、何かを納得したかのように頷き、テーブルの上にあった「キュウリ」を掴むと、おもむろにマヨネーズをつけ、チェスハに手渡した。


「ん!?なんだイブレド、これを食べろってか?さっき食べたけど、酸っぱくて食えたもんじゃないぞ。」


難色を示すチェスハに、


「まあ、いいからかじってみろ。キュウリを少し多めにな。」


「野菜より肉の方が好きなんだけどな…ガブリ!


ん?ムシャムシャ、カプッ!ムシャムシャムシャ、チョンチョン、ガブリ、ガブッ!」


チェスハは、キュウリをかじっては『マヨネーズ』につけ、かじっては『マヨネーズ』につけを繰り返すと、あっという間に、1本のキュウリを食べてしまった。


それを見ていた、エティマスも小指に『マヨネーズ』を少しつけ、


「うんうん、なるほど、へ~、いいね。じゃあこれは?」


と、近くにあった『ハム』を手に取りマヨネーズをつけ、クルクルと巻くと、オリアンに渡した。


『ハム』を受け取ったオリアンは、ちょっと心配そうに僕を見たが、僕が大きく頷くと、一気に口の中に入れた。すると表情が一気に変わり、


「お!?なんだ?美味いぞ?ハムがいつもより美味くなってやがる。」


するとチェスハが、


「じゃあ、これはどうかな?」


と、今度は『ソーセージ』にマヨネーズをつけて食べた。


「おおお~!!これも美味いぞ!」


と、そこにパン屋のタンシェもやって来た。


「なになになに?エティマス、また新しいジャム?」


「それどころの物じゃないよ、タンシェ。

どんな食べ物でも美味しくする『マヨネーズ』だってさ。」


「どんな食べ物でも??じゃあ、パンでも?」


タンシェの言葉に、そこにいた全員が、一斉に僕を見た。


僕は「コホン」と咳払いをすると、


タンシェが持って来た、サンドイッチ用のパンに、マヨネーズを塗り、ハムとレタスを挟み、さらにマヨネーズを塗り、サンドイッチにしてタンシェに渡した。

タンシェは、ひと口かじると、


「あ~!これ美味しい~よ!ただ挟んだだけよりもっと美味しくなってるわ!」


「どれどれ?」


と、エティマスもタンシェからサンドイッチを半分貰い、食べてみた。


「本当~!パンもハムもレタスも全部美味しくなってるみたい!」


「あと、こんなのも出来ますよ。」


と、僕は長細いパンを縦に切れ目を入れ、マヨネーズ、レタス、ソーセージ、さらにマヨネーズを挟み『ホットドッグ』風のパンを作った。


するとチェスハが、『ホットドッグ』を僕から奪い取ると、ガブリ!


「お、お、お~!!これは毎日でも食べれる!」



ここまで喜ばれると、もっと自慢したくなってくるのは仕方のないことである。

調子に乗った僕は、ゆで卵を潰すと、そこにマヨネーズをまぜ、塩、胡椒を少し入れ、『タルタルソース』みたいな物を作りパンに挟んだ。


さらに茹でたジャガイモを潰し、そこにさっき作った『タルタルソース』を加え、『ポテトサラダ』を作った。


いつの間にか、回りは凄い人で溢れ帰っていた。マヨネーズの話がどんどん広がり、その場所にいた全員が集まってきたのだ。


その様子を城の中から見ていたラウクン王子は、何事かと外に飛び出して来た。

と、王子と一緒に着替えを済ませたエミナーも、一緒に出て来て、チェスハの元に駆け寄った。


「なになに?どうしたのチェスハ?何かあったの?」


「モガモガモガモ、モガガガガモ、モガッガモ…」


チェスハが振り向き、エミナーに説明をしようと、口をモゴモゴさせているのだが、口の中にパンを詰め込み過ぎて、言葉にはならなかった。


まったく言葉の通じないエミナーに、チェスハは持っていた『玉子サンド』を半分にちぎり、エミナーに渡した。


「え?なに?これを食べろって事?」


「モガ。」


チェスハは大きく頷いた。


「パンに何か挟んでるようだけど、何かしら?ジャムの一種かしら?」


初めて見る食べ物に、警戒をして、なかなか食べないエミナーに対して、業を煮やしたチェスハは、持っていた残りの半分を、もう入らないであろう自分の口に押し込み、エミナーにも「早く食べろ」と手で煽った。


エミナーは覚悟を決め、「エイッ」とばかりにパンをかじった。


一瞬、エミナーの頭の中で葛藤が起きた。

チェスハと同様に、甘い物を想像していたからだ。


しかし、すぐに入っているものが玉子だとわかると、その回りについているクリーム状の物が玉子やパンをひとつにまとめ、美味しくしてることに気付いた。


「え~!美味しい~!美味しいねこれ!何?何が入っているの?玉子と一緒に入ってるものは何?」


「モガガガガモ、モガモガモガ…モガ…」


チェスハは、まだパンを飲み込めないでいた。

するとエティマスが、


「なんでも、他の食べ物を美味しくする『マヨネーズ』だってさ。


「なんでも?」


エミナーは半信半疑だった。たしかに『玉子サンド』は、美味しかったが、何でも美味しくなるというのは、ジプレトデンでも聞いた事が無かったのだ。


しかし、ここにいる全員が、初めてマヨネーズの存在を知ったのだ、信じられないのもムリはない。


それからというもの『マヨネーズ』は、瞬く間に国中に広まった。

そして、もちろんジプレトデンのスライン将軍の耳にも入った。


当然の事ながら、ジプレトデンから何度もユーリセンチに使者が訪れ、『マヨネーズ』の権利を売ってくれと頼まれた。


金額は『ジャム』の権利を大きく上回る物だったが、ラウクン王子は決して首を縦に振らなかった。


僕が「そうしてください」と頼んでいたからだ。

「『マヨネーズ』の可能性は計り知れない。これからもっと『マヨネーズ』を使った料理が出てくるはずです。今、権利を売るにはもったいない。」と、助言したのだ。


その代わり、『ジャム』の生産はジプレトデンに一任し、ユーリセンチは『マヨネーズ』の生産をメインにした。材料である卵はジプレトデンから分けて貰い、そのぶん出来た『マヨネーズ』は安く売る事にした。



そして3ヶ月が経った今、ようやく『マヨネーズ』の本格的な生産が始まろうとしていた。


ただ3ヶ月前とは違う事が1つだけあった。

それは『マヨネーズ』の名前だ。


僕が、前にオリアンやチェスハに『マヨネーズ』の説明をする時、「最強の脇役」と言った時がある。


「マヨネーズ単体では主役にはなれないけど、他の食べ物の引き立て役になり、その食べ物達を主役にする」といった趣旨の事を話したのだ。


するとオリアンは、


「まるで『お前』みたいだな。」


「え?マヨネーズが僕?」


理由を聞いてみると、


「お前は、それだけの『力』と『知識』を持ってるくせに、俺達の為に…いや、この国の為に使ってくれた。お前がその気になれば、この国を乗っ取り、国王にだってなれたはずだ。

しかし、お前は脇役に撤して俺達を支えた。

お蔭で俺なんか『伝説の英雄』って事になってるみたいだが…」


そう言うと、オリアンは困った顔で微笑んだ。


「い、いや、あれは…子供達も知り合いが『伝説の英雄』だと喜ぶかなって思って…」


僕は、あたふたしながら言い訳をした。

するとオリアンは「アハハ」と笑いながら、


「冗談だ、冗談。だが、お前がこの国に現れてから、お前に関わった者はみんな幸せになってるのも事実だ。

まるでマヨネーズと一緒になった食べ物みたいにな。

そこで考えたんだが、この『マヨネーズ』にお前の名前を入れたい。どうだ?」


僕はオリアンの提案に、嬉しい半面、なんだか照れ臭い気がした。


「僕はただ、みんなの笑顔が見たいだけで、本当にそれだけなんですよ。主人公ってガラじゃないし。『マヨネーズ』の名前も、僕の国で使っていた名前だから、この国は、この国の名前をつけてくれたらいいんじゃないかな。」


「よし!決まりだ。実はもう考えてあるんだよ。『マヨタロウ』だ!

どうだ、いい名前だろう?」


「え~!?『マヨタロウ』?

なんだか、美味しくなさそうなんだけど…」


「いいんだよ、『マヨタロウ』自体は美味しくなくてもな。アハハハハ!」


「ま、まあ、オリアン達がいいなら。でもチェスハや他の人にも聞いてみたら?」


「安心しろ!もう皆には聞いてある。スラインの承諾も貰ってるよ。」


オリアンは、笑いながら答えた。


この世界に、『マヨタロウ』が誕生した瞬間だった。



僕は、『マヨネーズ』が出来た後も、他に何か出来ないか、いろいろと試してみた。


木の実を拾い、炒って潰し、『珈琲』みたいな物を作ったり、食べ物じゃなく、子供達に日本の玩具を作ったりもした。


難しいのは作れないので、『竹とんぼ』や『紙ヒコーキ』、『ドングリみたいな木の実のコマ』、『折り紙』も教えた。


みんな初めて見る物ばかりらしく、大喜びで遊んでくれた。


今、思えば、この頃からすでに、僕の体が少しずつ変わって来てたのだろうが、毎日楽しく過ごしていた僕は、その事にまったく気が付いていなかった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る