第25話〔エミナーとチェスハ〕
第25話〔エミナーとチェスハ〕
城にはすでに大勢の人が集まっていた。
チェスハがラウクン王子に「城の庭を貸して欲しい」と頼んだところ、
「せっかくだから、国民みんなで祝おうじゃないか。今日が新たなる『ユーリセンチ王国』の始まりとして!」
と、いうことになり、国をあげての祭りになったのだ。
城のまわりには出店が並び、全て無料で振る舞われた。祭りの費用は全てラウクン王子が支払うというのだ。
出店の中には、僕がイブレドさんやエティマスさんに教えた、ジャガイモを薄く切って、油で揚げた「ポテトチップス」や、細長い棒状に切って揚げた「フライドポテト」の店があった。
たぶん2人のどちらかが教えたのだろう。
初めて見るのと、手軽に食べれるとあって、大行列になっていた。
メイン会場となった城の庭には、料理を運んでいるミウの姿があった。
僕が手を振ると、それに気付いたミウが近寄って来て、
「いらっしゃい、タロン。準備が終わったら一緒に食べよ。」
「う、うん…」
僕は、ミウのメイド姿に見とれてしまっていた。
「どうしたの?タロン?」
「い、いや、ミウがあまりにも可愛らしくて…」
するとミウの白い肌が真っ赤になり、下を向いたまま、
「あ、ありがとう…」
すると、
「こら!ミウ!イチャイチャするのは、まだ早いよ!フフフ。」
と、もう1人のメイドが声をかけてきた。
その声に気付いたミウは、
「ごめん、ナカリー、すぐ行くね。じゃあ、また後でねタロン。」
ミウは、僕に手を降りながら、ナカリーの所にいった。
ナカリーとミウは、こちらをチラチラと見ながら、楽しそうに何らや話をしてるようだ。
僕が、馬車から荷物を降
していると、庭の端に人集りが出来ているのに気が付いた。
しかもほとんどが女性だ。よく見てみると、人集りの中心には見たことの無い男達が居た。
僕の世界で言うと、『EX○LE』とでもいった感じか、引き締まった体、ワイルドなイケメン軍団。女性が群がるのも納得がいく。
僕は、ラウクン王子が余興として、この国の有名な「アイドル」でも呼んだのだと思い、近くに居たチェスハに聞いてみた。
「ねえ?チェスハ、あの人達は、この国の有名なアイドルなの?」
するとチェスハは、不思議そうに、
「『アイドル』?なんだそれ?あいつらは…って、そうか!タロンは知らなかったんだ。あい…」
その時その軍団の1人が、僕を見つけ手を降りながら走ってきた。
「お~い!タロウ~!」
すぐ近くまで来ても、誰かわからない。初めて見る顔だ。
僕がキョトンとしながら、
「えっと…あの…どちら様でしたっけ?…」
するとその男はビックリしたように、
「何を言ってる。オレだよ、オレ!ファンだよ!」
「はぁ?ファンさん!?」
僕がわからなかったのもムリはない、いつものファンは、大きく丸い体、もっさりとした顔立ち、お世辞にもカッコいいとは言えなかったからだ。
あとでチェスハに聞いた話だと、この国には獣族が街に入る時、ちょっとしたルールがあるらしい。
それは獣族が街に入る時は『人間の姿』になる事だった。
街にはもともと人が暮らしており、小さな子供達やお年寄りが居る、その人達を驚かせないようにする為の配慮らしい。
現に今では、街にも人間の姿になった獣族が大勢暮らしていた。ミウもその1人だ。
種族によっては、耳や尻尾といった一部がそのままになることがあるらしいが、そこは大目にみられていた。
最近までは『国王』のせいで敵対していた獣族と王族だったが今は違う。オオカミ族もきちんとルールは守っていた。
僕はファンを見ながら、
「見違えましたよ、ファンさん。別人みたいにカッコいいです。」
するとファンは、不機嫌そうになり、僕を睨み付けると、
「ん?じゃあ、いつもはカッコよくないって事か?」
「い、い、いやいやいや、いつもにまして、カ、カッコいいって事ですよ。いつもは、もっと強そうで、ワイルドで、無敵で…」
僕が焦って言い訳をしていると、
「アっハハハハハハ!冗談だよ、タロウ。確かにこっちの姿の方が、女にはモテるな。
ちょっと体がスースーして気持ち悪いのが難点だがな。」
そうなのだ、オオカミ族は当然の事ながら、体中に毛が生えている。その上に服を着ているのだから、もっさりとして当たり前なのだ。
とくにファンは人一倍毛が固く多いらしい。丸っこい体型になるのも頷ける。
本人いわく、着膨れならぬ、『毛膨れ』らしい。
しかし実際は、毎日のように野良仕事や野山を駆け抜け、走り回っている。体は引き締まり、力も強い。なによりオオカミ族は家族に優しく、とても大切にする。
イケメンでマッチョ、家族に優しく正直、しかもオオカミ族は人型になっても『耳』だけはそのまま残る。イケメンマッチョのケモミミ。そのギャップがまたいい。そんな物件が他にあるだろうか。
さらに今までは『悪』とされていたオオカミ族が、実は『本当の正義』だったのだ、株はうなぎ登りになり、街の女性達が放っておくわけがなかった。
僕はすぐにオリアンの姿を捜した。
オリアンはオオカミのままでもカッコ良かった。目付きは鋭く、『人型』になってもイケメンなのは間違いがなかったからだ。
きっと今日も1番人気には違いないだろう。
一通り見て回ったが、オリアンらしき人物は居なかった。見落としたのかなと思い、改めて見たのだか、オリアンの発する独特の雰囲気は誰からも感じられなかったのだ。
僕はファンに、
「オリアンは来てないの?1番の功労者なのに。」
するとチェスハも、
「そうだ!そうだ!オリアンはどこなんだよ!あたしはオリアンの『人型』が見たくて来たと言っても過言じゃ無いんだからな。あれほど頼んだじゃないか!」
「え?チェスハも見たことが無いの?オリアンの人型?」
するとファンが困ったように、
「大変だったんだからな…連れて来るの…「どうしても嫌だ!」って言い張って…
でも猿姫が「どうしても街でオリアンと会いたい。」って泣きながら頼まれたって言ったら、渋々来てくれたんだ。」
すると他の仲間も来て、
「そうそう、オリアンは絶対人前では『人型』にはならないだ。」
「なんでも迫力が無くなって、相手に舐められるとか。」
「今日だって、無理矢理連れて来たんだよ。」
僕は、話を聞きながらも、そのイケメン達に、
「誰?…」
「おいおいおい、「アイガ」だよ。」
「イスペドだ。」
「ウラムだよ。」
「え!?え!?アイガさんに、イスペドさんに、ウラムさん?」
僕が「ポカ~ン」としていると、ファンが1本の木を指差し、
「ほら、あそこにフードを被った奴がいるだろ?アレがオリアンだ。」
その方向を見ると、確かに人目を避けるように、木の陰に隠れ、フードをスッポリと被った人が居た。
僕とチェスハはすぐに駆け寄り、
「オリアン。」
と声をかけた。
するとその人物は、辺りをキョロキョロとしながら、
「タロウか?」
「うん、チェスハも居るよ。今日は来てくれてありがとう。ここに居る全員が、きっとオリアンに感謝してると思うよ。仲間の所に行こう。」
僕がオリアンが機嫌が良くなるように、言葉を選びながら話していると、後ろからチェスハが、
「ホラホラ、こんな辛気臭い物取って。」
と、オリアンが被っていたフードを引っ張り取ってしまった。
「あ!こら!!」
オリアンがフードを取り返そうと手を伸ばしたが、フードには届かず、オリアンの姿が露になった。その姿を見た僕は、
「え?誰?」
さらにチェスハは、
「ぷっくくくく…」
口を押え、笑いをこらえた。
「くそ!だから人型にはなりたくないんだよ!」
オリアンは下を向きながら、後ろを向いた。
そこに居たのは、オオカミの姿からは想像出来ないオリアンの姿だった。
鋭い目付きは優しくなり、引き締まってはいるが、細い体、なによりビックリしたのは、その童顔。僕と同じ年に見える、見る人によっては、僕より年下にみえるかも。さらに残った耳が可愛さを引き立てる。
まさに『草食系イケメン』の代表がそこにいた。僕の世界でいうと、『ユーリセンチの竹内涼○』だ。
するとオリアンは、後ろを向いたまま、
「やっぱり帰る!!」
と、その場を去ろうとした。
その時、
「ギュッ…」
チェスハが、立ち去ろうとするオリアンを後ろをから抱き締めた。そして耳元で、
「あたしは、このオリアンも好きだよ…」
と、ささやいた。
僕は、「あ、またチェスハが武器を使った。」と思ったが、よく見ると、チェスハの顔も赤くそまり、虚ろな目でオリアンの横顔を見ていた。
オリアンは、そんなチェスハに、
「わかった、わかった、そんな顔するな、居てやるから離れろ!」
と、照れているのを隠すように、ぶっきらぼうに答えた。
「まったく素直じゃないんだからな、うちのボスは…」
そんな2人を見ていたファンが呟いた。
僕達がオリアンと一緒に、中央に向かっていると、ラウクン王子に挨拶を済ませたエミナーが城から出て来た。
そしてチェスハを見つけると、一目散に走って来た。
「チェスハ~!!!」
その声に気付いたチェスハも、
「エミナー~~!!!」
2人は抱き合い、飛び上がりながら再会を喜んだ。
「よかった!!死んだと聞かされてたから…もう2度と会えないんだと…」
チェスハの目に涙が溢れた。
そんなチェスハの頭を撫でながら、
「ヨシヨシ、ほら泣かないの。せっかくの美人が台無しだよ。」
「だってぇ~~…」
「わたしはね、生きていれさえいれば、いつか必ずみんなに会えると信じていたの。ダシールも大きくなって、チェスハも面倒みてくれてたんでしょ。」
「あの子は、エミナーにソックリだよ。まだ小さいけどしっかりしてる。
そうだ、これを作ったんだ。エミナーが帰って来たら渡そうと思って。」
それは、花の形をした小さな『髪飾り』だった。
「ありがとう、チェスハ。大切にするね。」
と、すぐにエミナーは頭に髪飾りを付けた。
「どう?似合う?」
「うん、可愛い。」
チェスハの答えに、少し照れるエミナーだった。
するとエミナーは、チェスハの後ろに隠れるようにしていたオリアンに、
「もしかして、あなたがオリアンさん?」
「あ、ああ。そうだが…」
いつものように、ぶっきらぼうに答えるオリアンだったが、顔とセリフがまったく合っていなかった。
さらにエミナーはオリアンに近づき両手を握ると、
「あなたのおかげで、ここに帰って来れる事が出来ました。本当にありがとう。」
エミナーの顔が、オリアンのすぐ目の前まで来た。するとオリアンは、
「い、いや、大したことはしてない。」
と、照れながらも、笑顔で答えた。
そんなオリアンをチェスハは、
「ん?なんだオリアン?あたしの時と態度が違うんじゃないか?
確かにエミナーは綺麗だが、人妻だぞ。デレデレするなよ情けないな~。」
するとエミナーが、
「あら?チェスハ妬いてるの?」
「そ、そんなわけないじゃない!ただ、人妻の色気に騙されないでって言ってるの!
そういえば、エミナーあなたお尻のまわりに肉が付いたんじゃない?」
「な、なに言ってるの!チェスハこそ、全体的に丸くなったんじゃない?」
「バ、バカ言わないでよ!スタイルが良くなったのよ!この体で何人の男を騙し…悩殺したと思ってんのよ!」
「ふ~ん、男にばかり夢中で、剣の腕が落ちてるんじゃないの?」
「エミナーこそ、結婚して体重が増えてるんでしょ。そんな幸せ太りに負けるわけないわ!」
「わかったわ!相手をしてあげようじゃないの!」
さっきまで、涙を流しながら再会を喜んでいた2人だが、今はオリアンの隣でにらみ合っていた。
そんな2人を、オリアンがなだめようと、
「お、おい、お前達、久しぶりに会ったんだろ?仲良くし…」
「オリアンは黙ってて!」
「あなたは黙ってて!」
2人に一喝され、さすがのオリアンも黙り込んでしまった。
回りに居たファン達は、すでに『オサケ』を飲んでいて酔っぱらい、チェスハとエミナーを煽っていた。
「いいぞ~!やれやれ!」
「なあ、どっちが勝つと思う?俺はチェスハだな。」
「いいや、エミナーの破壊力も相当だぞ!」
たしかにエミナーさんの胸もかなりの破壊力だ。
と、そんな事を言ってる場合じゃない、どうにかして2人を止めないと。
ちょうどその時、料理を運んできた、イブレドとエティマスがやって来た。僕は2人に駆け寄り、
「イブレドさん!エティマスさん!2人を止めて下さい!ケンカしてるんですよ!」
僕が2人を指差し言うと、
「あらあら、久しぶりに会ったのにね。」
「フフフ、2人のあの姿を見ると、本当にエミナーが、帰って来たんだなって思うよ。」
と、妙に落ち着き、料理をテーブルに置いていった。と同時にテーブルを隅に動かし始めた。
「ホラホラ、タロウも手伝ってくれ。せっかくの料理を無駄にされたら困るからな。」
と、イブレドの指示でファン達も手伝わされ、テーブルが動かされ、庭の真ん中に広い空間が出来た。
するとエティマスが、
「ほら、あんた達、そんな隅っこでしないでこっちでやりな!」
と、2人を呼び寄せた。
エミナーは歩きながら、
「まだ、私には敵わない事を思い知らせてやるわ!」
と、言いながら、くるぶしまであったスカートの裾を持つと、
「ビリビリビリビリ!」
一直線に太ももまでスカートを裂いた。
「ヒューヒュー!」
回りの男達からは、やんややんやの歓声だ。
するとチェスハが、
「年甲斐もなく、張り切っちゃって、今日こそは勝ってやる!」
とチェスハはスカートをまくり上げると、
「ビリビリビリビリビリビリ!!」
膝の上でぐるりとスカートを破り、ミニスカートにしてしまった。
「いいぞ~チェスハ~!!」
いつの間にか、城の衛兵達も集り、2人の回りには凄い人だかりになった。
2人は少し距離を開け対峙した。
するとチェスハが、衛兵に向かって右手を伸ばし、
「おい!衛兵!!」
と、一言叫んだ。すると、衛兵達の中から、
「ヒュンヒュンヒュン!」
1本の木刀がチェスハに向かって飛んできた。
「ガシッ!」
チェスハは、飛んできた木刀をわし掴みにし、荒々しく構えた。
するとエミナーも、衛兵達の方を向くと、左手を差し出し、
「衛兵さん。」
と、優しく言うと「ニコリ」と微笑み、引き裂いたスカートからチラリと足を覗かせた。
すると、
「お!うおおお~~~!!!」
と、男達からどよめきが起こり、
「ヒュ~ン!ヒュンヒュン!ヒュー!ヒューン!…」
「俺の木刀を使ってくれ~!」
「いや!俺のだ!」
「俺の!俺の!」
と、一斉に何本もの木刀がエミナーに降り注いだ。
「パシッ!クルクルクル…カンカンカンカンカンカカカカン!」
エミナーは、1番の最初に来た木刀を掴むと、まるでバトンのように木刀を回し、後から飛んできた何本もの木刀をすべて叩き落とした。
そして何事も無かったかのように、チェスハとは対照的に、静かに構えた。
「さあ、始めましょうか。」
「望むところよ!かかって来い!」
チェスハは足を前後に広げ、剣先を地面スレスレに向けた。
するとエミナーも、前後に足を広げ、チェスハと同じように剣先を地面スレスレで構えた。
右向き、左向きの違いはあるものの、2人ともまったく同じ構えだ。まるで鏡写しを見ているようだった。しかもその構えは、スラインの構えとよく似ていた。
僕は、隣に居たオリアンに、
「オリアン…これって…」
するとオリアンは、
「やっぱりそういう事だったのか!」
なにやら1人で納得していた。
「『やっぱり』って?」
僕は再びオリアンに尋ねると、
「まあ、見てればわかる。」
と、そっけなく答えた。しかし、その表情は少し嬉しそうだった。
張り詰めた静寂が辺りを包み、僕は息を飲んで2人を見ていた。
そして、
「始まるぞ…」
オリアンが呟いたと同時に、2人の距離が一気に縮まり、
「カンカラカンカン、カンカラカンカン、カンカンラカンカン、カンカンカンカン!
カンカラカンカン、カンカラカンカン、カンカンカンカラカラカンカン!
カンカラカンカン、カン
カラカンカン、カンカラカンカン!
カンカラカンカラ、カンカラカンカラ、カカカッカカン!
カカ、カンカラカンカン、カンカラカンカン、カンカラカンカンカンカンカン!
カンカラカンカン、カンカンカンカンカラカンカン!
カンカラカンカンカンカラカンカンカンカラカンカンカンカンカンカン、
カラカラカラカラカッカカカン!
カンカンカカカカ、カンカンカカカカ、カンカンカカカカ、カンカンカンカン!
カンカンカカカカ、カンカンカカカカ、カンカンカカカカ、カンカンカンカン!
カンカンカンカン、カンラカカカン、
カンカンカンカン、カンラカカカン、
カンカンカンカン、カンラカカカン、
カカカカッカカンカンカ~ン!
カカカカカッカン!カカカカカン!
カカカカカッカン!カカカカカン!
カカカカカッカン!カカカカカン!
カカカンカンカンカン、カカカカカン!!
カカカカカッカン!カカカカカン!
カカカカカッカン!カカカカカン!
カカカカカッカン!カカカカカン!
カカカンカンカンカン、カカカカカ~ン!!」
2人の繰り出す木刀の音が、小気味良いリズムとなって、会場中に鳴り響いた。
僕は、2人が戦っているというより、仲良く躍りを踊っているように見えた。
チェスハが攻撃をすると、エミナーがその攻撃を受け、すぐにまったく同じ攻撃をエミナーがすると、チェスハもまったく同じ防御をするという繰り返しだった。
ただ、お互いの寸分違わぬ動きには、息を飲んだ。
激しい動きの中、たまにチラチラと見える、太ももに男達は歓声をあげた。
「オリアン?これって戦ってるの?」
僕は思わずオリアンに聞いた。
「やっぱり、あの女が『猿姫』だったのか。」
「え!?エミナーさんが『猿姫』?」
「正確には『初代猿姫』だがな。」
「『猿姫』ってチェスハさんだけだと思ってた。」
「俺がまだガキで、リーダーじゃ無かった頃、親父が何度か『猿姫』と戦った事があるんだ。
その時、よく話してた。猿姫は敵だが、人を魅了する『何か』があるってな。
俺も1度だけ親父と戦っている『猿姫』を見たことがある。
激しいながら、優雅で可憐、一発で虜になっちまったよ。
俺もいつか、『猿姫』と剣を交えたいと思っていた。でも、ある日を境にぱったりと『猿姫』が出なくなっちまった。
噂では、病気で死んじまったとか、他の国に雇われて行っちまったとか、いろいろあったが、その時から『猿姫』を見たものは居なかった。親父も『猿姫』が居なくなって、一気に老け込んじまってな、1年も経たないうちに死んだよ。
その時の『猿姫』は左手に剣を持ってたんだ。あの『エミナー』とか言う女のようにな。
「じゃあ、もしかして、エミナーさんがジプレトデン」に売られて行ったから、『猿姫』が出なくなったって事?」
「たぶん、そうだろうな。あのくそ国王、金に目がくらんで『猿姫』まで売り飛ばしたんだ。
もしかしたら、スラインも『猿姫』の戦いを何処かで見ていて、心を奪われたのかもな。
『猿姫』が居なくなって、2、3年経った頃、『猿姫』がまた現れだした。俺は心が踊ったよ、またあの剣技が見れるとな、しかも今度は剣を交える事が出来るかもしれない。
しかし、ヤツは俺をあざ笑うかのように、俺の居ない所にばかり現れた。
他の仲間に聞くと、その剣は荒々しく、人が変わったようだった。と言ってたよ。」
「チェスハさんだ…」
「ああ、そうだ。たぶん2人は幼い頃からこうやって遊んでいたんだろうな。」
確かに戦っている2人の表情は、どこか楽しそうだった。
そこに、口一杯にパンを頬張りながら、ニーサがやって来た。レセナとロレールも一緒だ。
「は!ほにいひゃん!」
「ニーサちゃん…」
僕は、ニーサちゃんが自分の母親が戦ってるのを、どんな気持ちで見ているのであろう、と心配をしていた。
そんな僕の気持ちを表情で読み取ったのか、
「はいひょうふはよ、ほひいひゃん、ほかあはまは、ひふほほほうははほはははっへひふはは。」
「うんうん、ニーサちゃん。食べながら話すのは止めようね、お行儀悪いから。」
するとニーサの隣にいたロレールが、
「奥様は、いつもスライン様に剣を教えていらっしゃいます。だから心配は要らないとニーサ様もおっしゃっていらっしゃいます。」
「スライン将軍に、剣を教えている!??」
僕とオリアンは、思わず目を見合わせた。するとオリアンは、
「アハハ、やっぱりスラインの剣技が変わったのは『猿姫』のせいだったのか。まあいい、こんな機会は滅多にないからな、じっくりと『猿姫』同士の戦いを見せてもらおうか。」
そして僕達は、エミナーとチェスハを、息を飲んで見つめた。
「チェスハ、あなたよくここまで強くなったわね、驚いたわ。」
「エミナーこそ、年の割にはよく動けるじゃない。もう、あたしのほうが 強いけどね。」
「あらそう?じゃあ、これはどうかしら?」
エミナーは、そう呟くとチェスハではなく、こっちに向かって走ってきた。
チェスハは、何かを感じたのか、オリアンに向かって叫んだ!
「避けろ!オリアン!!」
とっさの事で、何がなんだかわからないオリアンと僕は、ただ突っ立っていた。
そこにエミナーが、物凄い勢いで走って来ると、オリアンのすぐ目の前で止まり、
「チュッ!」
エミナーはオリアンの頬にキスをし、その場からすぐに離れた。
まったくわけがわからないオリアンは、ただただボーゼンと突っ立っていた。
そこにチェスハが、物凄い表情で走って来るなり、
「ポコン!」
持っていた木刀で、オリアンの頭を軽く叩いた。
「いて!何すんだよ!猿!!」
「デレデレしてんじゃないよ!「避けろ!」って言っただろ!ったく…もう…なにキスされてんだよ……」
チェスハは、ぶつぶつ言いながら、すぐにエミナーを追いかけた。
「こら~!!エミナー!!!!スラインに言いつけるぞ!!」
チェスハは顔を真っ赤にしてエミナーを追いかけていた。その姿を見たオリアンは、
「あ~あ、ダメだありゃ、完全に頭に血がのぼってやがる。」
さっきまでの息のあった躍りのような戦いと違い、チェスハは木刀を振り回しながら、エミナーを追いかけていた。
エミナーも、チェスハの剣を受ける事なく逃げ回り、ただの鬼ごっこになってしまっていた。
しかし、2人とも『猿姫』の称号を持つ女性だ。ただの鬼ごっことはワケが違った。
木やテーブル、イスに壁、ありとあらゆる物を使い、逃げ、そして追いかけた。
さながら『パルクール』を見てるようだ。しかしそのぶん、動きが激しくアクロバティックになり、服も破れ、2人とも太ももどころか、下着まで見えるようになっていた。
2人が宙を舞う度に、男達から地鳴りのような歓声があがった。
「チェスハの野郎、怒りで完全に我を忘れているな。」
と、オリアンが何処かで聞いたことのあるようなセリフを口にした。
確かにチェスハが、もて遊ばれている姿は見たことが無い。
「じゃあ、やっぱりエミナーが勝つのかな?初代猿姫だし。」
僕は、オリアンに尋ねてみた。オリアンは2人を目で追いながら、
「いや、そうとも言えないな。エミナーは、ある意味『墓穴』を掘った。」
「『墓穴』?」
「ああ、チェスハを怒らせちまった。」
「でも、それがエミナーさんの狙いじゃなかったの?」
「そうだろうな、頭に血をのぼらせて、動きが雑になった隙を突こうって作戦なんだろうけど、
チェスハの性格はお前も知ってるだろ、何も考えなくなったアイツは怖い…
まあ、もともと何も考えて無いように見えるんだがな、ああ見えてキッチリ計算してやがるんだ。
ただ、ああなったら動きがまったく読めなくなるんだよ。しかも本人は気が付いてないだろうが、俺よりスピードが速いかもしれん。」
「オリアンより速い!?」
僕は驚いて聞き直した。この世界に来て、誰に聞いてもオリアンが最速だったからだ。
それを証明するかのように、エミナーとチェスハの距離は縮まっていき、エミナーは袋小路に追い詰められた。
「さあ!もう逃げ場はないよ!観念しろ!」
「チェスハ…貴女がここまで強くなってるとはね。お姉さんとしては嬉しいわ。」
対峙した2人に対し、さっきまで大声援を送っていた観客は静まり返り、この勝負の終わりが近いことを物語っていた。
「この一撃で決めてやる…」
チェスハの木刀を握る手にさらに力が入った。
そして、最初のように、剣先を地面スレスレに向け構えると、エミナーを睨み付けた。
対して、後ろと左右を高い壁に囲まれ、逃げ場の無いエミナーは、勝負を諦めたのか構えもせず、ただ突っ立っていた。
誰もがチェスハの勝利を確信した瞬間、
「えいっ!」
なんとエミナーは、持っていた木刀をチェスハに投げつけ、真っ直ぐチェスハに向かって行った。
不意を突かれたチェスハだったが、今のチェスハにそんな小細工は通用しない、冷静に飛んできた木刀を叩き落とし、エミナーに木刀を降り下ろした。 が!
「これで終わりだ~!!! え!?!?」
さらにエミナーから何かが飛んできた。
「コン!」
まったく予想もしてなかったチェスハは、木刀で飛んできた物を受けるのが精一杯だった。
すると、
「ポコン。」
「いて!」
いつの間にかエミナーが、叩き落とされた木刀を拾い上げ、チェスハの頭を軽く叩いていた。
予想外の結果に観客の誰もが言葉を失っていた。
しかしその静寂を破るように、
「勝負あり!!!」
城の方から勝負の終わりを告げる声が聞こえた。
ラウクン王子だ。
「2人とも見事な戦いだった。余興はそれぐらいにして、皆で料理を食べようではないか、せっかくの料理が冷めてしまう。」
王子の言葉に、興奮冷めやらぬ観客は、ざわざわと話しながら、テーブルを元に戻し、料理を並べていった。
チェスハは、気が抜けたのか、木刀を持ったまま、ヘタリと座り込んだ。
そして木刀に飛んできた物を見ながら、
「ひ、卑怯だぞエミナー、人がプレゼントした物を投げるなんて。」
「あら、ごめんなさい。他に武器が無かったんだもん。でも使い方は間違ってないんでしょ?」
「ま、まあ、そうだけど…
あ~あ、勝負が終わってプレゼントするんだったなぁ。」
「チェスハからのプレゼントが『ただの髪飾り』なわけないもの。あれってチェスハが考えたの?」
「ううん、タロンに「こんなのがあるよ」って教えて貰って、自分なりにアレンジしてみた。」
「へ~、またあの子か…不思議な子ね。あの武器はいいよね、可愛いし、オシャレだし。ただ花びらは4枚より5枚の方がいいかな。そっちの方が真っ直ぐ飛ぶと思う。」
「そっかぁ、まだまだ改良しなきゃ。」
「ふふふ、でもこれは記念に貰うわよ。」
エミナーは木刀に刺さっていた髪飾りを取ると、さっきまでのように頭に着けた。
すると、2人を凝視していたオリアンが、
「な、なんだありゃ!?あんなの初めて見たぞ?」
「もしかして、手裏剣…」
僕の呟きを、オリアンは聞き逃さなかった。
「おい!タロウ『シュリケン』ってなんだ?」
「僕の国にある武器のひとつなんですけど、投げて使うんです。小さくて隠し持てるから、何も武器を持ってないように見えて、相手が油断するんですよ。」
「またお前か…まさか、お前…チェスハに教えたのか?」
「教えたと言うより、「こんなのがありますよ~」って言っちゃいました。まさか作るとは、しかもアレンジまでして…ハハハ…」
「まあ、アイツは武器に関しては天才的だからな、ここで見られてよかったぜ、戦場でいきなりあんなのが飛んできたら、いくら俺でもどうなっているかわからないからな。」
僕とオリアンが手裏剣の話をしている頃、ラウクン王子は、エミナーとチェスハの所に行き、
「2人とも凄かった、お疲れ様。あとは仲良く食事をしてくれ。
っと、その前に2人とも服を着替えて来てくれないか?目のやり場に困る…」
するとチェスハは、いつものような小悪魔に戻り、
「え~、あたしはこのままでもいいんだけどな~」
するとエミナーも、
「ラウクン王子もこのままがいいんじゃないの~?」
と、2人一緒にラウクン王子にすり寄って来た。
「オ、オホン。ち、小さい子供も居るんだ、教育上良くない、頼むから着替えてくれ…」
懇願する王子に、チェスハが、
「わかったわよ。着替えてくればいいんでしょ。
行こ、エミナー。」
「それじゃ、ラウクン王子、また後で。」
2人は仲良く並び、わざと大きく腰をふり、下着を覗かせ『モンローウォーク』をしながら、城の中に入って行った。
2人が居なくなった後も、オリアンは僕にいろいろ聞いてきた。
「タロウ!他には教えてないだろうな?俺の知らない武器を。」
「たぶん教えてないと思うけどなぁ。
あ!でも今日、最強の物を作って来ましたよ。」
「な、なんだ?新しい『オサケ』か?食べ物か?」
「食べ物と言えば、食べ物なんだけど…メインじゃなくて、最強の脇役って言うか、なんというか…」
「なんだそりゃ?まあいい、俺が食べてやる。早く出せ。」
「まあまあ、そんなに焦らなくても。たぶん『ジャム』を超える大ヒット商品になること間違いなしですよ。」
それから僕達は、夜遅くまで宴を楽しんだ。
しかし、僕の体に異変が起こって来ていた事など、その時の僕はまったく気が付いていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます