理様でしょうか

 ザヴィドとロドリクに三人を紹介してもらい、三人と簡単に挨拶を交わしたあと出発時間を朝の七時と決めた。城の裏にある山まで、馬で一時間くらいかかるらしい。

 馬車でという話もあったのだが整備されていない道しかなく、馬で行くしかないとのこと。なので、護衛三人は単騎、私は馬に乗れないうえに練習する時間もないからと、カムイと相乗りで行くことになった。

 待ち合わせは最初に来た時に入ってきた城門。そこまで決めた時にお昼だとカレルが呼びに来たので、話もそこそこに解散となった。

 その昼食の席で、私が使えるような庭がないか聞いてみた。


「お父さん、ここに温室とか薬草を栽培できそうな庭ってある?」

「持って来たものを植えたいのかい?」

「うん。種はともかく、苗は鉢植えだとそろそろ可哀想だし。ここはあの街よりも気温が低いから……特に温室関連のはそろそろヤバい」

「あら、桜は薬草を栽培できるのかしら?」

「そうだよ。ここにくるまで住んでいた場所で栽培してたの。フローレン神殿の巫女達は採取したり栽培した薬草から薬を作るんだよ。苗も種もあるから、場所さえあればどうにでもなるけど……」


 一部の例外を除き、基本的に薬草類は日影を好んで育つし日向だと枯れる場合もあるのだと伝えると、祖母に驚かれた。


「まあ! だから薬草は枯れてしまったのかしら……」

「お祖母様も薬草の栽培をしてたの?」

「ええ。森から種と苗の一部を持ってきて、日当たりのいい場所で栽培していたのよ。けれど、水をあげても、芽が出てもすぐに枯れてしまって……」

「水もあまり好まないのが多いんだよ。だからそのせいもあるのかも」

「そうなのね。でも困りましたわ……わたくしが使える場所は、日当たりのいい場所しかありませんのに……」


 祖母も薬草栽培をしていたなんて驚いた。どこで栽培していたのか聞くと、客を案内することのない庭園の一角を借りて実験的にやっていたらしい。

 この国では流れの巫女が来て薬類を売ったりすることはあっても、そのノウハウを月姫神殿の巫女に教えることはないし定住することもないそうだ。

 役割が違うと言ってしまえばそれまでだけど、過去に何があった? たとえば貴族が巫女を囲い込み、報酬も払わず使い潰したとかじゃないだろうな……? おっさんですら未だに薬の報酬について何も言ってこないくらいだから、可能性は高い。

 そんなことを聞くと、「儂の父が生まれる前の話だそうだが」と前置きして話してくれたのは、こんな話だった。



 ある日、他国から国王夫妻が外交で訪れた。その外交担当者で王弟でもあった独身の第三王子がその妻に一目ぼれした。その夫妻は当時としては珍しい恋愛結婚で、相当仲睦まじい様子だったのに、彼はそれが目に入らないかのように猛アタックを開始。

 ただでさえ人妻――他国の王妃を口説くのもどうかと思うのに、さらにまずいことに彼女はフローレン神殿の最高位の巫女だった。フローレン神殿の巫女は、よっぽどのことがない限り離婚することもなければ嫁いだ国から出ることもないし、離婚したとしても神殿に戻るだけだ。アストの離婚が成立したことのほうが稀なのである。

 そんな事情もあってそれらを説明したうえで、彼女は国王とその国を愛しているからとすげなく断った。さらに周囲からも諫言をしたり諭したりしても、彼は一向に聞く耳を持たない。その国の国王も怒り出しているし、そろそろ外交はおろか国交断絶になりかねないと話をしていた矢先に、彼はやらかした。

 全く靡かない彼女を誘拐・監禁して自分のものにしようとし、部屋から無理矢理連れ出そうとしたところを彼女の夫と護衛騎士に見つかって失敗、すぐさま捕らわれた。それらを含めた諸々の罪で第三王子は処刑され、その国に多額の賠償金を支払ったらしい。



 おおぅ……暴走癖でもあるんかい、この国の王族は。『リーチェ』の記憶によるとそんな話は聞いた覚えがない(忘れてる可能性もある)し、そりゃあそんな話が広まってたらこの国に定住しようと思わないうえ、ノウハウも教えようとは思わないわな。私だって嫌だ。

 ……おっさんに解毒薬を渡したのは失敗だったかな。


 それはともかく。そんな溜息をつきたくなるような話を払拭するように、カムイが素敵な提案をしてきた。


「でしたら、この宮に薬草栽培用の庭と温室を作ればいいではないですか」

「まあ、素敵ね! けれどクリフ、ここに庭を作ってもいいのかしら……」

「桜のためでもありますし、桜とここに住むつもりでいますから構いませんよ。旅をするにしても、桜は帝国内を堪能してからにしたいでしょう?」

「もちろん。帝国って広いんでしょ?」

「広いな。一番遠い領地は馬車で一月はかかる」


 馬車で一ヶ月って……徐々に大きくなったんだろうけど、どんだけ広いんだ、この国は。それを治めてきたのか、祖父母たちは。そう考えると、おっさんの重圧も相当なもんじゃなかろうか。


「海の近くにある離宮にも連れて行きたいんですよ」

「あそこにある街はとても賑やかだけれど離宮周辺はそれなりに静かですし、海産物が美味しいものねえ。わたくしもまた行ってみたいですわ」

「そうだな、儂も久しく行っておらんな」

「なら一緒に行きますか? 桜、いいだろう?」

「もちろん!」


 そんな話をしながらお昼ご飯を食べるのだった。庭や温室はこのあと手配してくれるとのこと。仕事が早いね、カムイ。

 午後はカレルに緑茶の入れ方をレクチャーした(紅茶とは違うその上品な味に感動された)あとで剣道の型を確認し、翌日は魔力草の採取に備えて勉強と準備をした、その日の夜。

 丸眼鏡をかけた主人公が通っている魔法学校の校長みたいな格好をし、長い髭を蓄えたシルバーグレーのイケメン紳士が夢にでてきた。しかも、持ってる杖は変わってしまった私の杖と同じデザインである。

 顔に見覚えはない。が、祖父の言葉を信じるのであれば、彼はこの世界の創造神とも呼べる存在なわけで……。


「……間違っていたら申し訳ありません。理様でしょうか」

『いかにも』


 まさかと思って確認したら、本当に理様でした……! しかも、ボルダードで聞いた、渋い声です。


「その……どういった御用件でしょうか」

『今、そなたがいる国に蔓延はびこる病の薬の件で、だな』


 その言葉に、自然と姿勢を正す。


『ふふっ、お前は儂の巫女だ、そんなに畏まらなくていい。話はすぐに終わる』

「そうですか……ってわけにはいかないでしょう!」

『儂がいいと言っている以上、いいんだよ』


 なんか非常に楽しそうなんだが……理様。しかも、私が彼の巫女と認めちゃったよ!


『世界の理の巫女は、ある意味制限があり、制限がない。滅多に儂自身が降臨して託宣をしない代わりに、夢で雑談をすることができる』

「雑談……」

『こうして話すのは雑談であろう?』


 確かに雑談だね……私が望むかどうかは別として。


『じっくりと話しをしたいが、今回はやめておこう。では本題だ。この国の皇帝から聞いているとは思うが、薬に関するものだ』

「やっぱり、神気を込めるやり方で作るんですか?」

『そうだ。但し、材料が複数いる』

「えっ、それは聞いてないんですけど?!」

『フローレンは【リーチェのみが作れた薬】と言わなんだか?』

「まさか……二種類かそれ以上の薬草と混ぜ合わせ、神気も込める……とかいいませんよね?」

『その通りだ』


 うげ、一番面倒なのが来た! あれは神気をかなり使うから非常に疲れるんだよね……。


『今回必要なのは、魔力草五つに対し、薬草と毒草、ゲンソウを一つずつ使う。込める神気は最小で大丈夫だ』

「その材料と神気で、どれだけの人数分の薬が作れるんですか?」

『多くて五人分だな』

「……っ」


 その数を聞いて、思わず遠い目になる。貴重な解毒薬ですら一つの毒草で一回に十人分前後作れるというのに、魔力草は一つに付き一人分ときたもんだ……。

 ちゃんとしたレシピを教えてくれるのは非常に有り難いし、どのくらいの人数が病気になっているのか知らないけれど、どう考えたって材料が――特に魔力草や手持ちの薬草類が不足してくる可能性が高いうえ、ここでそれだけの量が確保できるのかも怪しい。おっさん……本当に厄介な話を持ってきてくれたもんだ!


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