おっさんに好き勝手されても困る
祖父母の側に控えていたトーマスとマリーが動き、どこかに行ったりおっさんに傷薬を飲ませたりしている。騎士たち? 「これくらいの痛みなど日常茶飯事であろう?」との祖父の言葉に、放置決定である。
私は痛み止めを持っているけど彼らに使うことはないし、使うとすれば自分かカムイ、ラーディたち脱出組だけだと決めている。
尤も、脱出組はここにいないし、ラーディが作れなかった以上彼らに薬を渡してもいない。
「理由はどうあれ彼に招かれてここに来た以上、『ヴォールクリフの客人』なんだよ、私は。勘違いしてるみたいだけど、おっさんに招かれたわけじゃないんだから、おっさんに好き勝手されても困る」
「う……っ」
「確かに、な。それでだな……そなたはどうやって彼らをやりこめたのだ?」
「体術ですね。そこにいるおっさんはある意味私の逆鱗に触れたので、この状態にしました」
私がやりました宣言に祖父母たちは驚き、カムイは苦笑している。
「そこな騎士よりもか弱い貴女が……ですか?」
「そうですよ? 私の国には『柔
「うむ、それは同感だな」
私の言葉に祖母もカレルたちも頷いているし、祖父に至っては騎士たちに冷ややかな視線を向けている。その目と雰囲気は歴戦の戦士を思わせるほど強烈で、師匠たちを思い起こさせた。これぞ皇帝! というオーラが駄々漏れしているせいもあるのかも知れない。
ですよねー、あれくらいで起き上がれないなんて、普段から鍛錬してないとしか思えないもの。
そうこうするうちにおっさんの治療も終わり、祖父母とカムイの三人から説教されている。普段は真面目に皇帝の仕事をこなしているのに時々やらかして暴走し、側近や祖父母に説教されるのはお約束だと、買い物している途中でカレルが教えてくれた。
「兄上、私がいいと言うまで、彼女に接近するのも接触するのもここに来るのも禁止です。もちろん、ここにいる配下も全員引き上げてもらいますから。用事があるのならば、私に先に言ってください」
「そうね。……ここに住まわせてもらっているわたくしたちが言うことではないけれど、ここはクリフの宮だもの……グリスが勝手なことはできないわ」
「だいたいさぁ、なんでカムイの宮に大公様ご夫妻がいんの? しかもここには護衛の騎士すらいないじゃん。あ、別に反対してるわけじゃないよ?」
「わかっていますよ。私としては両親がいてくれても構いませんし、少々親不孝をしましたから……一緒の宮にいてくれたほうが嬉しいですし安心です。けれど、彼女の言う通り護衛がいないのは確かに問題です」
「儂は『離宮に行く』と言ったのだがな……」
「離宮にまで護衛の騎士を配置する余裕がないと言いましたものね、貴方は」
次々に投げかけられる言葉に、とうとうおっさんは涙目になった。まだ頬や唇が腫れているから、喋るのが難しいらしい。助けを求めるように私を見たけれど、睨み返したら哀しそうな顔をした。
当たり前だろう! なんで知らない騎士たちがいる場所で癒しの力を使わなきゃならんのだ。それに、なんのために皆が私の名前を誰も呼ばないと思ってんの? そこにそいつらがいるからだし、カムイとの関係や最高位の巫女であることを誰にも知らせないと決めたからだろうが!
「兄上はそんなことを言ったんですか? これは以前伺った彼女の持論だそうですが『一概には言えないけど、そこを相談しながらやりくりしてこそ、いい上司じゃないんかい。独断であれこれやってたら、部下がついてくるわけないでしょうが』だそうですよ?」
「そうだな。儂ですら周囲に相談し、助けてもらいながら長年国を治めてきたのだ。今までできていたのだから、それができぬレウティグリスではあるまい? できないのであれば、お前に玉座など譲りはしなかった」
「……」
「周囲に相談できぬ悩みがあるなら儂に言うがいい……内容によっては助言できることもあるだろう。他国と違い、儂はまだ生きているのだから」
「ちち、うえ……っ」
肩を優しく叩きながら言った祖父の優しい言葉に、おっさんは唇を噛み締めて項垂れる。私にはわからないけれど王族や皇帝である以上、他人に言えない葛藤や悩み、重圧があるんだろう。
それがわかる人が身近にいるのは幸せなことだと思う。玉座を継いだ以上、他国ならとうに亡くなっているだろうから。
もっと早く報連相ができていれば……なんて考えたところで、私にできることはない。せいぜい、悩みの一つであろう流行病の薬を作ってあげることくらいだ。
そして皆しておっさんのほうに注目しているのをいいことに、護衛がいないことを突っ込んだあとは、そんなことを考えながら薄情にも祖父母たちの陰に隠れてストレッチをしたり、空手の型を確認していたのだった。剣道の基本や型は、素振りの音でバレそうだからやらなかったし、あとでまた確認することにした。
そんなことをしているうちにトーマスと一緒にザヴィドとロドリクが来て、おっさんと騎士二人を回収していく。後日カムイに聞いた話によると、二人の騎士は本当に訓練を適当にやってたらしく、それが近衛騎士団長にバレたそうだ。
それが逆鱗に触れ、団長がOKを出すまでひたすら訓練メニューをやらされ、百五十人いる近衛騎士全員(団長や副団長含む)と総当りの当たり稽古をさせられたらしい。……ご愁傷様でした。
予定時刻よりもちょっと早いけれど、せっかくカレルもいることだからと買い物に行くことにし、彼に断りを入れてから部屋に戻ると汗を拭き、着替えてから二人で街へと繰り出した。城の周囲にある湖を迂回しなければならないので、馬車での移動だけどね!
***
買い物から帰ってきて、マジックアクセサリーの中から中身をだし、買ってきた荷物を整理する。
武器屋で買ってきたものは薬草を切るためのナイフを予備を含めて五本、投擲ナイフを二十本と鉈に近い形の軍人が使うようなサバイバルナイフ、それらを収納しておく革のベルト。
カレルのオススメなだけあって、店主自ら見繕ってくれたものは重さ、持ちやすさ、切りやすさ、投げやすさが抜群だった。もちろん、握りやすさも。
投擲用ナイフもいろいろ試させてくれたけど買ったやつが一番しっくりきたので、それを即決。
そして道具屋で籠を五つに大きなガラスの瓶を十個、小さめの瓶を二十個、住んでた街にもあった瓶に貼るラベルを必要分だけ買い込んだ。その量に店主のおばさんが驚いていたけれど、「乾燥させた植物を入れるんです」と説明すると、納得していた。実際は薬類を入れるんだけど……植物には違いないので、嘘は言ってない。
あとは食材(主に乾燥野菜と乾燥果物)と特産品の紅茶の茶葉、コーヒーに緑茶。
そう、緑茶が帝国にあったのだ!
カレルの話によると、二百年ほど前に紅茶を作る段階で偶然発見されて今に至るらしい。くそー、素直にカムイに聞けばよかったと今さら後悔しても遅い。
お店の人が試飲させてくれたけど、ちゃんとお茶の味だった。但し、めちゃくちゃ渋かったが。
嬉々として緑茶を大量に買った私を、帰りの馬車の中で不思議そうにカレルが見てたので、「私の故郷で生産されていたものと同じ茶葉なんです」と説明すると、なぜか微妙な顔をされた。どうやら紅茶と同じようにいれているらしく、濃くなりすぎてかなり苦いらしい。
「本来はもっと上品な味ですよ」と伝えると、教えてほしいというので午後のお茶の時間に入れ方をレクチャーする約束をした。
元々あるものならば教えることは厭わないし、料理のアレンジくらいならいくらでも教える。但し、武術はダメ。
東大陸には刀があるという話だから、もしかしたら日本に近い武術はあるかも知れないけど、同じとは限らない。それでも西大陸に伝わっていないのならば、それはこの大陸には合わないからか、彼らが使っている武術の型と同じ可能性もある。
スポーツとして伝わっているけれど、元は人を斬る……死に至らしめる技があり、それを高めるために鍛錬するのが
それはともかく、カレルが淹れてくれたコーヒーを飲みながら一息ついていると、祖父とカムイが呼んでいるとマリーが呼びに来た。それに内心溜息をつき、彼女と一緒に移動する。
(多分、護衛の件だろうなぁ……)
それとも別の要因か。護衛だけならいいが、それ以外は困る。尤も、カムイを通しての話になるので、場合によっては全く私に話がこない可能性もあるけどね。
ただ……カムイだけではなく、祖父も一緒というのが非常に気になる。というか、嫌な予感しかしない。
面倒だなぁ……なんて思っているうちに、昨日通された部屋――日当たりのいいサロンに着いた。中に通され、テーブルを挟んだ祖父とカムイの前にあるソファーに座るよう促され、素直に座るとすかさず紅茶が出て来た。トーマスにお礼を言ってからそれを一口飲むと、祖父がさっそく話を始めた。
「桜が買い物に行っている間に、レウティグリスから手紙が来てな。桜のことでいろいろと提案などしてきたが、一つのことを除きその全てを断ったから安心しなさい」
「父上と二人で直接乗り込んで、一喝してきたよ。『ヴォールクリフの関係者なのだから、お前が提案するのも決めるのも違うだろう? 勝手にあれこれ口出しするのはいい加減やめよ。これ以上何か言うようであれば、ヴォールクリフ同様に儂もジョゼも敵に回ると心せよ』と父上が仰ってね」
「素敵! お祖父様もお父さんもカッコいい! そしておっさん……。今度は体術じゃなく、刀で斬り付けるかな……?」
父であるカムイは当然としても、まさか祖父母が私の味方になってくれるとは思わなかった。そのことがとても嬉しい。そしておっさん……もっと殴っておけばよかったか……? 物騒な私の言葉に、カムイが反応した。
「やめなさい。せめて体術で腕の一本でも折ればいいんです。癒しも薬も与える必要はありませんよ」
「お、許可がでた。今度はそうしまーす」
「ヴォールクリフ……怒りは尤もだが、物騒なことを言うものではない。桜もやめなさい」
私とカムイの言葉に、祖父が溜息をつきながらも窘める。
「冗談だってば、お祖父様」
「僕は本気ですが」
「まだ怒っておるのか……。まあ、アレは儂でも怒る案件ではあるが、それはまた別の機会に話すとしよう。では桜、本題だ」
「はい」
「トーマス、隣室にいる彼の者たちを呼んでくれ」
未だに怒り狂っているらしいカムイを他所に、祖父が本題を切り出す。トーマスに人を呼びに行かせたということは、護衛の件なんだろう。
そんなことを考えている間に五人の人間が入ってくる。入ってきたのは、ザヴィドとロドリク、近衛の騎士服を着て外套のフードを被った男性が二人と女性が一人。
「この三人は桜が薬草を採取している間の護衛となる。何かあったらヴォールクリフや儂らが哀しむからな……拒否は許さない」
「……わかりました」
そのフードを取った三人の顔を見て内心溜息をつくと、祖父の言葉にしぶしぶ頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます