だが断る

 デザートを含めた全ての食事が終わり、ここに来るまでの旅の話を聞かせてほしいと祖父母にお願いされたので、紅茶やコーヒーを飲みながら旅の話とカムイとの思い出話などを聞きながらお喋りをして過ごした。一時間ほど時間が過ぎたころ、カムイと別れる前に祖父母が使っている部屋へと招かれ、祖父の足腰の怪我を癒すためにカムイと別れて食堂から移動する。


「じゃあ、お祖父様、始めようか」

「……うむ、頼む」


 どこか緊張した面持ちの祖父に「痛くないから大丈夫」と告げ、ベッドにうつ伏せで寝てもらう。一番痛いという腰と右足に手をあてて祈りを捧げ、癒しの力を発動すると。


「まあ……!」

「なんと……!」

「なんて綺麗なのでしょう……」


 いつもの如く淡く光る私の姿に祖母と祖父付きの侍従(トーマスという)と、祖母付きの女官(マリーという)が吐息を漏らしているのが聞こえる。トーマスとマリーは最上礼をしていた人で、お二人は夫婦だそうだ。揃って祖父母に仕えていて、結婚するまでは月姫神殿の上級巫女だったらしい。

 それはともかく、短時間で癒せるようにちょっとだけ本気で力を使い、祖父の腰と足の痛みを癒すこと数分。


「ありがとう、桜。楽になった……」

「どういたしまして。神気に中てられて……って……あらら、寝ちゃったか」

「あらまあ」

「神気に中てられたから、疲れちゃったんだね。起こすのも可哀想だから、そのまま寝かせてあげて」

「そうしましょう」


 説明途中で寝てしまった祖父を起こさないよう祖母を筆頭に祖父母の寝室から出ていくと、長椅子とローテーブルが置いてある部屋へと移動する。そこでお喋りをしていると部屋の準備が整ったとカレルが迎えが来たので、「おやすみなさい」と伝えてその場をあとにし、彼にくっついていく。

 ついでに明日の待ち合わせ時間を相談することにした。


「カレルさん、明日は何時ごろ行きますか?」

「そうですな……市場にも行きたいので、六時でどうでしょう?」

「私も食材がほしいので構いませんけど、その時間に行って武器屋はやっていますか?」

「わたくしの知り合いがやっている店をご紹介させていただきます。朝早く出立する冒険者も利用する店ですから、やっておりますよ。腕は確かですので、そこはご安心ください」

「おー、助かります! カレルさんのオススメならそこでナイフも買おうかなぁ」


 二人で話しながら歩く。薬草を切るナイフは道具屋にも売っているし使っているけれど、私にはどうにも使いづらいのだ。


「どのようなナイフをお求めですか?」

「主に薬草を採取するためのものですね。道具屋で買ったナイフなんですけど、使いづらくて。あとは、牽制のために使う投擲用のナイフですけど……この国にはそんなナイフってありますか?」

「ございますよ。それも見繕っていただきましょう。実は、わたくしも投擲用ナイフを使用しておりますので。その……腰に変わった形の剣を差しておられましたが、桜様は武道を嗜んでおられるのですか?」

「基本的なものを広く浅く、ですけどね。砥ぎにだすつもりの剣――刀っていうんですけど、その武術と、いくつかの体術を習っていました」


 そんなことを話すとカレルに驚かれた。ま、まあ、特殊な場合を除き、基本的に護衛がいるんだからお姫様や貴族、庶民の女性が武術なんて習わないわな。神殿騎士だったマキアやラーディですら驚いたんだし。


「それらを習わなければならないほど、桜様のおられた世界は危険な場所なのでしょうか……」

「あはは、違いますよ! 確かに地域によっては戦争……争いをしていた場所もありますけど、私が住んでいた国は平和なところだったんです」


 昔は自国内や世界規模で争いをしていたことや、いろいろなスポーツを利用して世界各国で競っていること、私の場合はそこまでの才能はないが自衛のために習っていたことなどを話した。まあ、この世界に来るまでは自衛のために使ったことはないし、大会で優勝したこともない。

 兄弟子たちが強すぎて、まぐれで一回だけ勝ったことはあるけれど、それ以外では道場内で優勝したことすらもない。

 つーか、SPなんかしてるエリート警察官(全員五段や六段)に、かろうじて三段にいて足掻いていた私が勝てるかぁっ! その一回勝ったことが不思議なんだってば!

 あと、この国には競技大会のようなものがないらしくて、スポーツの概要というか定義を説明するのに苦労したよ……。


「なるほど……」

「ちゃんとランクもありましたよ。そうですね……冒険者にたとえるのが一番わかりやすいかな? 強い人はどんどんランクが上がりますよね? あんな感じでランクがありました」


 冒険者の例をだすと、とても納得してもらえた。そんな話をしているうちに部屋へとたどり着く。

 案内された部屋は、一言でいうなら豪華。但し、どちらかといえばシックな室内だ。祖父母の部屋も豪華だったしそこよりは狭いけれど、それでも私の感覚から言えばかなり広い。

 そしてこの部屋は、『リーチェ』が使うはずだった部屋だと聞いてなんとも切なくなる。そのせいなのか、『リーチェ』の髪と瞳の色に合わせたらしい色合いのカーテン……薄紫色のカーテンが使われていた。

 ただ……クローゼットと三人掛けくらいのソファー、ローテーブルとベッドくらいしかないのが、如何にも「掃除はしてたけど長年使われてません」感は否めない。多分、この部屋を用意させたのはカムイだろうなぁ……。


 部屋の中のものを一通り説明してくれたカレルにお礼を言い、お風呂にお湯が入っているというので使わせてもらった。さすがに料理と食事をする前に髪をとかして着替えたけれど、たまに宿を利用したとはいえ旅をしてきたわけだから埃もついてるだろうし、日本人なら一日の疲れを取るのにやっぱりお風呂に入りたい。

 バスタオルや寝巻きもわざわざ用意してくれたので、有り難くそれを使わせてもらうことにした。

 もう一度時間を確認するとカレルが「また明日」と言って部屋から出ていった。迎えに来るというので、待ち合わせ場所は決めていない。お風呂にも入って全身綺麗にし、髪を乾かしてからふっかふかの布団に入ると、あっという間に寝落ちた。


 そして翌朝。目が覚めて時計を見れば、まだ五時前だった。


「さすがに早く起き過ぎた……」


 布団の中で寝たまま伸びをしてから起き上がる。もうちょっと寝ようかと思ったけれど六時にはカレルがくるし、武道の型を確認しながら体が動くか確かめなければならない。なので、さっさと動きやすい服に着替えて寝室を出ると、テーブルの上に水とグラス、なぜか小さい木の桶が用意してあった。

 グラスはともかく、なんで桶? と内心首を傾げつつ水を浄化してから一杯飲み、どこで顔を洗ったらいいんだろうと考えているところにノック音がした。


「はい」

「桜、起きてるかい?」

「あ、お父さん。起きてるよー」


 条件反射で返事をする。誰かと思えばその声はカムイで、扉を開けると中に入ってきた。


「おはよう。ちょうどよかった。お父さん、顔はどこで洗うの?」

「おはよう。ああ、これに水を入れて使うんだ。本来は女官が用意するものなんだけど……」


 カムイが「これ」と言って叩いたのは、木の桶。顔を洗うためのものだったのかと納得し、女官が居ないのでさっさと自分でやって顔を洗うと苦笑された。


「女官さん? 昨日お祖母様のところにいたマリーさん以降は見てないよ。この部屋まで案内して説明してくれたのはカレルさんだし。それに、そんな慣れてないことをされたら、背中がむず痒くなっちゃうよ……。それはそうと、こんなに早くどうしたの?」

「そうだった。朝はいつも体を動かしていただろう? それができる場所に案内しようと思って」

「おー、助かる! 体術はともかく、さすがに室内で木刀を振り回すのはね……」

「そうだろうと思ったから、こうして来たんだ」


 準備ができたので、カレル用にカムイと一緒にいることをメモ書きにしてテーブルに置き、連れ立って歩く。

 途中でヴォールクリフとアイリーン夫婦の肖像画と、その隣にはアイリーンに抱かれた赤子のリーチェ、それを見て微笑んでいるヴォールクリフの家族の肖像画があった。しかもアイリーンの髪は、どちらも記憶で見た茶色ではなく薄紫色だ。


「ねぇ、お父さん……昨日伯父様が言ってた家族の肖像画って、これ?」

「そうだよ。アイリーンが本来の姿で描かれている肖像画で、リーチェが描かれている唯一の肖像画なんだ」

「……」


 哀しげに、そして切なそうに見上げるカムイの……父の目。それを見るのが辛くて視線を反らす。なんというか……『リーチェ』なら似あうんだろうけど、私は『お姫様』とは程遠い言動だから胸が痛い。

 それに、おとなしい自分を想像したけどできなかったし、師匠や兄弟子にも『想像がつかん!』って言われたことがあるから、祖母のようにお淑やかになるのはどう考えても無理!


「この世界にはもう二人ともいないけれど、今は桜がいるから」


 娘の私が慰めるっていうのも変な話だけど、どうやって慰めようかと考えていたら、カムイのほうからそんなことを言いながら頭を撫でてきた。正直、撫でられるような歳じゃないんだけどなぁ……なんて思いつつも年甲斐もなく嬉しかったので、そのままにしておいた。

 それが嬉しかったのか、カムイの口からクスクスと笑い声が漏れる。


「落ち着いたら、また小さくなって甘えるからさ……その時は目の前の湖にでも散歩に連れてってね」

「……ありがとう。もちろん連れて行くよ」


 私の言葉に嬉しそうに微笑みを浮かべ、しばらく肖像画を眺めていたカムイがまた歩き出す。歩きながらどこに行こうとか、目の前の湖で釣りをしようなんて会話をしている間に昨日とは違う扉から出ると、そこはちょっとした広場になっていた。

 ここなら思う存分体を動かせるなぁ……なんて思っていたら、先客がいた。


「おはよう!」

「「おはようございます」」

「……おはようございます」


 そこにいたのはおっさんと、私と同年代かそれよりも若い騎士が二人いた。ザヴィド達と同じ騎士服を着ていることから恐らく近衛なんだろうけど……はっきり言って、ザヴィドやロドリク、デューカスのような「騎士です!」といった雰囲気や威圧感はなく、コネや地位だけで騎士になったような雰囲気を醸し出していた。

 つまるところ、『お坊ちゃん』である。

 なんというか……おっさんの周囲ってこんなのろくでなししかいないの? これじゃああっさり毒を盛られるのも納得だわ。まあ、おっさんのことだから、それを炙り出すためにやってる可能性もあるが。


「そなたに願いがあ……」

「だが断る」

「……」


 おっさんの言葉を遮り、速攻で断りを入れると黙った。おっさんの見え透いた魂胆に呆れて冷ややかに睨むと、器用にも片眉をあげた。


「おっさん……昨日言ったことをもう忘れたわけ? しかも、超~弱そうな騎士連れてさ」

「うっ……。だ、だからこそだな……」

「そういうことじゃないんだってば。指導力がないって言われるのは、おっさんとそいつらの上司だってわかってる?」


 一気におっさんがいる場所まで走ると、鳩尾に拳を叩きこむ。体勢が崩れたところで背負い投げをし、地面に思いっきり叩き付けた。前回と違い、本気で拳を入れて投げたせいか、おっさんはお腹を押さえて体を丸め、唸っている。


「「なっ! 陛下っ?!」」

「遅い!」


 慌てて向かってきた若い騎士の一人に廻し蹴りを叩き込んで吹っ飛ばし、遅れて来た騎士は剣を抜いてそれを振り下ろしてきたので、体を捻って避けるとその勢いのまま後ろ廻し蹴りを食らわした。


「はっ! これが近衛騎士? 王族を護るのが近衛って聞いてるし、一般の騎士より強い者がなるって聞いてたんだけど……本当に近衛なわけ? ここが戦場なら、あんたらもおっさんもとっくに死んでんだろうが!」

「ぐっ……」

「うぅ……」


 脇腹を押さえて動けない騎士二人を冷めた目で見つつおっさんを見下ろすと、彼は痛みに脂汗をかきながら、私とカムイ表情を見て青ざめた。


「それで、おっさんを呼んだのはカムイ?」

「違うよ。昨日いた使用人の中に私の知らない女官がいたから、その者が兄上の手の者なんじゃないかな」

「なるほど……昨日お皿を真っ先に持ってきた女官かな? あれ以来見てないし」

「うん、あの女官だよ。私が君を連れてここに来る前にあの肖像画のところで見かけたし、急いでどこかに行ったからね」

「ふうん……。あと、カムイの宮を管理しているっぽいカレルさんがそれを知らないとは思えないんだけど、どう思う?」

「そうだね……両親がいたんだから、兄上に頼まれて何らかの監視か護衛をしていたか、伝言や仕事を頼まれてたまたま来ていた可能性が高いかな」

「へぇ……」


 二人して冷たい声で話していると、騎士がようやく動きだし始めた。遅えよ、近衛どころか騎士としても失格でしょ!


「あのさあ……いい加減にしてくんない? 私を利用すんなって言ってんでしょうが。帝国じゃ外交相手の国や貴族と話すのにアポイント……予約を入れたり手紙を出して予定を詰めたりせず、相手の予定を無視していきなり押しかけたり呼びつけて話すのが帝国の流儀なわけ?」

「ち、がう」

「へー、そうなんだ。そのわりにはいきなり押しかけてくるわ、私に対してそんな予定を入れたり、日時を話し合っりしてないよね? その辺についてはどうお考えで? ま・さ・か、『俺は皇帝だし弟の関係者だから、勝手に見たり押しかけても怒られないし許してくれる』だなんて、ふざけたことを思ってんじゃないでしょうね? 昨日私やカムイにさんざん怒られたのに、冗談だとでも思ってたわけ?」

「そ、れは……」

「その顔を見る限り、思ってたんかい! まったく。……私の国には『親しき仲にも礼儀あり』『仏の顔も三度』って言葉があってね。『どんなに親密な間柄であっても、守るべき礼儀があるということ』と『どんなに温厚な人でも、何度も無礼なことをすれば怒り出すこと』のたとえなんだけどさぁ……」


 貴族や自分の親兄弟や家族ならば慣れているからある程度は諦めや呆れもつくだろうし、あまりにもひどい時は側近や祖父母が諌めるだろう。実際、昨日はカムイがおど……諌めていた。

 けれど私は違う。まだおっさんと腹を割って話していないし、伯父とはいえ皇帝である以上、おっさんと馴れ合うつもりはない。

 指をポキポキ鳴らしてからおっさんの胸倉を掴むと、あの家でやられたことを思い出したのか、私の怒りの形相を見て一気に顔色をなくした。


「ちょっ、まっ!」

「つまり意訳すると『今度ばかりは許さん、腹に据え兼ねる』ってこと!」


 そう言うなりおっさんの顔を本気で殴った。


「あの約束を反故にされたいわけ? 昨日も言った通り、私にとってはどうでもいいことなんだけど?」


 そして二発目を入れてから胸倉を離すと、おっさんは倒れこんだ。


「ぐぅ……」

「他にも言いたいことや聞きたいことがあるけど、これから出かけるから今は聞かない。話があるって言ってたけど、それは帰って来てからにして!」

「全く……。その暴走癖、まだ直っていなかったんだね。昨日話したばかりなのに……貴方はバカですか?」

「うぅ……」


 カムイにまで顔を殴られ、今やおっさんの顔は両頬が腫れてきている。若い騎士に至っては『皇帝を護る』という任務に失敗したせいか、顔面蒼白で震えている。

 そこに祖父母とカレルがやってきて、おっさんと騎士たちの状態を見て慌てていた。それに対してにカムイが今までのことを説明し始めたんだけど、心配そうにおっさんや騎士たちを見ていた祖父母とカレルが話を聞いているうちに、呆れた顔と視線をおっさんに向けるのだった。


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