我儘も大概にしろ

 湖に着くと、珍しく外でラーディとキアロとスニルにアストが難しい顔をして話し合いをしていた。


「おはよう。難しい顔をして朝からどうしたの?」

「あら、サクラ。おはようございます」

「おはようございます」

「おはようございます、セレシェイラ様」

「おはよっ! いいところにきた! セレシェイラー、相談に乗ってくれよー」

「キアロが相談なんて珍しいね。どうしたの?」

「実は……」


 キアロとスニルの相談は、仕事と家のことだった。仕事はギルドの依頼があるから何とかなるものの、それでも子供や今後のことを考えるとスニルと二人で、自宅でできる仕事を探しているらしい。……タイムリーすぎやしませんかね?

 まあ、こっちにもいろいろ事情があるから、とりあえず話だけでもしておこう。


「まず、仕事に関してだけど。実は昨日、カムイの関係者がうちに来てさ。どうもその絡みで帝国に行かなきゃなんなくなりそうなんだよね。ああ、先に言っておくけど、ラーディたちはともかく、アストたち貴族組は連れて行けないからね? つか、くっついてくんな」

「どうしてですの!」


 帝国に行くかも知れないと聞いたアストがわくわくしたように顔を輝かせたけど、連れて行けないと釘を刺すと愕然とした顔をした。一緒に行くのが当たり前と謂わんばかりなのが腹立つ。


「アスト……あんたホントにボケたんかい。元がつくとは言え、アストとルガトさんは王妃と宰相でしょうが。アストが離婚したことも、ルガトさんが宰相を辞めたこともまだ他国に伝わっていないよね? そんな中で物見遊山気分で帝国に行けると思ってんの? 外交じゃないのにこっそり帝国に行ったらスパイ――間者容疑でお縄になりかねないし、王子たちが生きてるってシュタール王にバレんでしょうが。カムイの里帰りでもあるし、私はカムイ直々に招待されてるから問題はないんだよ。こう言っちゃなんだけど、自分の家に帰るのに、招待もしてない赤の他人が勝手についてきたらどう思うんだ、あんたは。私はアストやレーテと違って神殿に属してる巫女じゃないんだから、常に一緒に行動できると思うな。我儘も大概にしろ」

「……っ」


 私の冷たい言葉と言い方に、アストだけではなくラーディたちまで息を呑んだ。

 先日の旅は特殊な事情があったからできただけで、普通に考えれば、最高位の巫女や王妃や宰相が護衛もつけずにホイホイと単独で他国に行けるわけないじゃないか。しかも、護衛がデューカスだけなんて怪しさ満載すぎるし、神殿もそろそろアストを回収しに動き始めるだろうしね。

 王子たちがいるからどうなるかわかんないけど、それに巻き込まれるのはごめんだし、最高位の巫女の力がバレて神殿に押し込められるのもごめんだ。


「そもそも、シュタールを出た時の特殊な場合ならともかく、赤子がいるのに旅したいって何考えてんの? 旅がしたいなら子供が大きくなってからか、家族で行きな。悪いけど、私はここに来るまでの旅でアストたちとは生活スタイルが違うとよーくわかったし、あんな旅は二度としたくない。それにアストは時々、私を『サクラ』と言いながら『リーチェ』と同じ扱いをするよね? 何度『リーチェじゃない』と言えばわかるのかな」

「そ、れは……っ」

「……まあ、それはいいよ。今はその話じゃないし。とにかく帝国に行く可能性があるから、アスト以外の三人に提案。私は今、ギルドやウォーグさんとこに傷薬なんかを納品して稼いでるんだけど、ラーディとキアロとスニルはその仕事を引き継ぐつもりはある?」


 涙目になってるアストを放置して、仕事の件を提案してみる。


 ぶっちゃけた話、ラーディたち七人はそれぞれ自分のできることを模索し、生活し始めたのに対し、アストは些細なことでも未だに私に頼ろうとする。頼るなとは言わないけど限度はあるし、私にも生活があるんだからそろそろ自立してもらわないと困る。

 まあ、私にはわかんない感覚だけど王妃をやってた貴族のお嬢様で、神殿で甘やかされた最高位の巫女だから仕方ないのかも知れない。『リーチェ』が生きていたなら同じ轍を踏んでる気がしなくもないけど所詮はもしもの話だし、まだ二十なんだから今から直せばいいとは思う。

 これ以上些細なことで頼られるのはごめんだから言わないけどね。自分で気づいてこその成長じゃないんかい。


 そんなことを考えていたら、ラーディたちが揃って「お願いします」と言った。あとはアストだ。


「で、アストはどうする? ギルドで魔導石の依頼を自分で取ってきて納品するか、魔導石を作る技術を誰かに教え、自分は趣味のアクセサリー作りに専念して売るか」

「あ……。わ、わたくしは……アクセサリーを作って、売りたい、ですわ」

「そっか。なら、キアロ。魔導石を作る技術を習う気はある?」

「オレ?! ええっと……覚えたい、です」

「アストはどう?」

「もちろん、お教えしますわ」


 アストもキアロも頷いている。これなら大丈夫だろう。


「なら、ギルドから依頼を取ってきてるから、教えながら依頼をこなして。ギルドで火炎草をくれたから。ギルドに紹介するから、次回からはキアロが依頼を取ってくるんだよ? で、スニルの仕事はちょっと待ってね。先にラーディには何をどこに納品してるのか教えるから。その間にアストから魔導石の作り方を聞いて」

「はい」

「わかった!」


 そして依頼票と火炎草をアストに渡すと、キアロとなぜかスニルも一緒になって三人で話をし始める。それを横目に見つつ、ラーディにやってほしいことを頼む。


「ラーディに納品してほしい場所は、ウォーグさんのところよ。主に傷薬と解毒薬、胃薬ね。解毒薬と胃薬はたまにギルドでも依頼が貼り出されているから、確認してみて。あと、質のいいものほど高いのは知ってるよね? 質のよさと数によってはさらに上乗せしてくれるから、頑張って。ただ、時々緊急依頼で『酷い怪我を治して!』っていうのがあるから、気をつけてね」

「ああ、一緒に旅をした道具屋のご主人ですね。わかりました。ギルドの緊急依頼は受けたことがありますから、大丈夫ですよ」

「そう、ならよかった。明日あたりにウォーグさんのところに一緒に行って、引き継ぎをしようか。あとハンナだけど、何かできそう? 魔導石は常に不足してるから実入りがいいし、ハンナに手伝ってもらえるといいんだけど……」


 魔導石は常に足りないから、キアロだけじゃなくもう一人いたほうがいい。ただ、魔導石作りは向き不向きがあるから、ハンナが作れるとは限らないのが痛い。


「恐らく、魔導石作りは無理でしょう。最近は質のいい傷薬が作れるようになってきましたから、できれば薬草関連のものがいいのですが……」

「うーん……。解毒薬はどう? 貴重品だから結構依頼があるんだよね。確かハンナは毒草も栽培してたよね? 毒の抜き方さえ覚えてしまえば、あの作り方でできるようになるよ?」

「ああ、それはいいですね。ただ、中級に届いているかどうかがわからないのが……」


 悩んでしまったラーディに、ハンナの作った傷薬を見せてもらうことにする。傷薬は初歩の初歩だから、そのでき具合を見ればどのあたりの力量なのかわかるからだ。


「ラーディ、ハンナの作った傷薬を持ってる?」

「ええ、ありますよ」


 セレシェイラに見てもらいたかったんですと言いながら、テーブルの上にあった巾着を渡された。その巾着はユースレスを出る時に皆に配ったもので、いつの間にか花の模様が刺繍されていた。感動と罪悪感を覚えつつも巾着の口を開けると、左手に二、三個乗せ、右の指先でコロコロと転がす。


「……うん、いいね。中級の力量になってる。ただ、ところどころ擂り潰しが甘いのがあるからもう少し丁寧にやること。あとは……上級になるにはまだまだ修行が必要かな? これなら毒草も扱えると思うよ」

「……そうですか!」

「やり方はラーディが教えてあげたほうがいいかな?」

「…………そうします」


 からかうように言えば、照れているのが丸わかりなラーディの笑顔と態度にやさぐれる。けっ、リア充が!

 生温い視線をラーディに向けていると、キアロとスニルが「できた!」と仲良く叫んだ。って、おおぃ、スニルにもできたんかい!

 これなら生活に困ることはないだろうとホッとする。


「見てみて、セレシェイラ様! 魔導石が作れました!」

「オレも!」


 魔導石を私に見せにきた二人に「すごい! 私には作れないから羨ましいよ。よかったね」と褒めると、二人してキラッキラの笑顔を浮かべた。

 なんだか犬耳をピンと立て、嬉しそうにしっぽをブンブンと振ってる幻影が見……「あら? 犬の耳と嬉しそうにしっぽを振っているように見えるのは気のせいかしら……」って、アスト、あんたにもそう見えるんかい。しかも、ラーディまで生温い視線を向けてるし。

 とりあえず二人を落ち着かせてから魔導石作りの続きはあとにしてもらい、仕事と家のことを話すことにした。そういえば、おっさんたちのせいでカムイに話すのを忘れてたわ。帰ったら話そう。

 キアロたちと話している間はアストとラーディが退屈するかな、と思ったら、今度はラーディが話を聞いていた。……あんたもかいっ!

 それを横目に見つつキアロとスニルに向き合うと、話を始める。


「で、二人に何を作ってどこに納品するか説明するね。まず魔導石を作ってギルドとウォーグさんのところに納品してほしいの。特にギルドへの魔導石納品は実入りがいいしかなりの頻度で依頼が貼り出されてるから、少なくとも三日に一回はチェックして。火炎草もくれることがあるから、もし手に入らなかったら聞いてみて。傷薬とかと交換になるけど、ウォーグさんも火炎草をくれるから。あとは傷薬ね。で、スニルに作ってもらいたいのは解毒薬と日焼け止めの塗り薬。傷薬のできによっては解毒薬は諦めるけど、日焼け止めの塗り薬は簡単だから、スニルに教えるよ。で、傷薬と解毒薬はギルドに納品で、日焼け止めの塗り薬はウォーグさんのところに納品してね」

「え……いいんですか?! ありがとうございます! ただ、解毒薬はかなり不安なんですけど……」

「さっきも言ったけど、そこは傷薬のでき次第だから、傷薬を見てから決めようか」

「はい!」

「セレシェイラ、オレも解毒薬を作ってみたいっす」

「いいよ、二人纏めて教えてあげる。キアロの傷薬もその時にみようか。で、こっちが本題。……二人とも、私が買った家を買うか管理する気はある?」


 そう聞いた私に、二人は口と目をあけて固まった。

 ……まあ、普通はそうなるわな。


「おーい、お二人さんや、聞いてるかい?」

「え、家って……ランディやマクシモスが言ってた?」

「そうだよ」

「でも……」

「なら、先に私の家を見に来る? 今日はお客さんがいるから無理だけど、明日以降でよければ見せるよ?」


 キアロたちが二人して顔を見合せる。けど、困惑しているのが丸わかりだから、見学を提案したんだけど……。確かに、すぐには決められないわな。


「ラーディ同様に、明日ウォーグさんとこに行って引き継ぎをするから、その時に見せようか。見たからっていって強制はしないし、見てから決めればいいし」

「「はい」」

「……あの、僕も見たいのですが」


 がっかりした様子のラーディが家を見たいと言い出した。どうやらラーディには魔導石が作れなかったらしく、アストが慰めていた。


「いいよ。ハンナも連れておいで」

「ありがとうございます! ハンナも喜びます!」

「ハンナのためかい!」

「もちろんです。まあ、僕も見てみたいですし」


 へーへーそうですか。仲がよろしいことで。


「なら、明日の昼ごろにくるよ。で、魔導石は今日のお昼を過ぎてから取りにくるから、ヨロシク。キアロとスニルは練習がてら頑張って」


 返事をした四人にもう一度「よろしくね」と声をかけると、その場をあとにして自宅へと帰った。


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