帝国編
厄介ごとの匂いしかしねえ!
アストんちからの帰り道。
家を買ったはいいけど、旅に出るとなると管理してもらう人を探すか家を売却をするかしないとまずいよなー、なんて考えながら家に向かう。近付いたところで黒い外套風のローブを羽織った人物が二人、道の外から我が家を窺っていた。フードを深く被っているせいか、性別や髪の色はわからない。
不審者か? と思いつつもふと二人の足元を見れば、青みがかった白銀色の躰と額から虹色の角を生やしているトラがいた。その角の形や色と青みがかった色彩は、カムイと非常によく似ていた。
――厄介ごとの匂いしかしねえ!
さんざん巻き込まれてるんだから、そう思った私は悪くない。見つからないうちに別の道に入って裏の森から入るかなー、なんて考えたけど、時既に遅かった。
《ヴォールクリフ……?!》
「うわっ、ちょっ?!」
気配に気付いたらしいトラが振り向き、私の顔を見て驚いたあとでカムイの本名を呼んでから飛び掛かられて押し倒され、思いっきり後ろに倒れた。受け身を取ったから頭は打たなかったけど、背中はちょっと痛い。
「痛ったー! ちょっと! いきなり何なのよ!」
《……ヴォールクリフ、ではないのか……?》
「ヴォールクリフ様、ですとっ?!」
「まさか……本当に?!」
私は動物たちの声と同時に人が喋る言葉としても聞こえるけど、傍目にはトラがグルグルと唸っているようにしか見えないはず。なのに、フードを被った二人は明らかにトラの言ったことを理解していて、尚且つカムイの本名に敬称をつけるなんて、帝国の関係者しかあり得ないじゃないか。
しかも、私の声を聞いてトラが残念そうな声をあげて項垂れてしまった。ごめんね、がっかりさせて。娘だから顔がそっくりだけど、声は低めでも性別は女だからね。
それにしても。
「いい加減重いからどいてくれないかな?」
トラの躰を軽くペシペシ叩くと、トラはひょいっとどいた。うむ、カムイとは違うすべすべの毛並みでずっと触っていたくなる。じゃなくて。
《すまない……》
「どういたしまして」
「おや……」
「なんと、レウティグリス様のお言葉がわかるのか……?!」
トラの謝罪に答えると、フードを被った二人は驚いた声をあげた。声の感じからして中年のおっさんくらいかなと思う。ただ、彼らから出た『レウティグリス様』って、ちょっと前に聞いたカムイの兄……私からしたら伯父さんの名前じゃなかったっけ? もしそれが本当なら、現皇帝がこんなとこで何やってんの?!
つか、やっぱり厄介事じゃないの!
なんてことはおくびもださずに立ち上がり、「私は動物の言っていることがわかりますから」と服についた汚れを払いながらそう話すと、一匹と二人は納得して頷いた。
「それで、おたくらはどちら様? 私の家に何か用ですか?」
そう問いかけるも、言いづらそうにフード同士で顔を見合せ、困ったような雰囲気を醸し出しながらトラを見ている。
それを見る限り、トラが原因でここに来たってわけか。一緒に来たってことは近衛騎士かなんかかな? 道場に来てた兄弟子の中(この人が一番強かった)に警察官がいてSPをやってるんだけど、その人に雰囲気が似通っているから、間違いはないと思う。
ただ、こんな往来で帝国が~、とかその皇帝が~、って話もできないから余計に困ってるっぽい。
「はぁ……。ここじゃなんですから、家にどうぞ。強力な結界が張ってありますから、覗きも盗聴もされませんよ」
溜息をついて我が家に招待する。多分皇帝は何か理由があってカムイに会いに来たんだと思うけど、それを勝手に拒否して取り返しがつかなくなったら、ヤバいじゃないか。
これ以上の厄介事はいらん。ここはきっぱり、カムイに拒否ってもらおう。
ちなみに、結界を張ってるのはカムイである。本人曰く、防音、盗聴、透視不可の結界を張ってるそうな。まあ、カムイがいるとはいえ、知らない人からみれば女の一人暮らしだからねぇ……カムイにしてみたら不安なんだろう。
というか、カムイが時々人間に戻ったりするし、真っ昼間から分厚いカーテンを引きっぱなしなんて怪しすぎるから結界を張り始めたという、なんとも微妙な理由もあるんだけどね。
もう一度「どうぞ」と促してから先に動くと、一匹と二人は私のあとに続いて敷地の中に入ってくる。庭にある温室や花壇を見た客たちの意識がそちらに向いてる間に、昼の間はアストやジェイドたちが来るから開けっ放しの木の門扉を閉めると取っ手を回す。この取っ手を回すことで鍵がかかる仕組みになっている。
この門扉は家を建てた時に棟梁が
『門扉をきっちり閉めてから取っ手を回して鍵をかけると、柵にしかけてある侵入者避けが発動するからな。シェイラしかいねえんだから、出かける時や夜はきっちり鍵をかけろよ?』
と教えてくれた。どうやらこの辺りの国々では当たり前の仕掛けで、取っ手に住人の血を垂らすことで認識させる魔道具らしい。これを開発したのは数百年前の最高位の巫女で、その技術は特定の職人たち……つまり、大工にしか伝わっていない技術なんだとか。魔導石といい、魔道具って本当に便利。
それはともかく。温室や庭を見たそうにしている客たちに「あとで見せるから」と家まで案内する。玄関を開けて促せば、素直に中に入ってくれた。そして。
《……っ! ヴォールクリフっ!》
フェンリルの姿を見たトラ――レウティグリスは、嬉しそうな声をあげてカムイに飛び付いた。
***
四人がけのテーブルには今、四人の中年のおっさんが座ってお茶を飲んでいる。人間に戻ったカムイとレウティグリス、外套風のローブを脱いだ二人の四人が、クッキーやパウンドケーキに目を輝かせながら話を弾ませている。
お嬢様方のお茶会じゃあるまいし、おっさんがお菓子に目を輝かせるなんて、シュールすぎて思わず目を逸らした私は悪くないはずだ。
そして彼らが近況報告をしつつも紅茶やコーヒーを飲み、まったりしている間に私はお客たちが泊まる部屋の掃除をしたり、布団を干したり、キッチンでご飯を作ったりしてます。
ええ、お泊まり決定です。
最初はカムイの存在を確かめ、ほんの一時間ほどで帰る予定だったらしい。けど、今までどうしていたかとか、私の存在とか、なぜ私と一緒にいるのかとか、レウティグリスがカムイに矢継ぎ早に質問攻めにし始めた。
一緒にいた二人も私を気にしつつもレウティグリスに賛同してしまい、話が長引きそうなのと宿を取っていないこと、今から宿を取るのは無理だろうということから、うちに泊めることになったのだ。
まあ、三人くらい余裕で泊められるしね!
そんなこんなで寒くなってきたので暖炉に火を入れ、夕食もできたのでご飯です。椅子が一脚足らないので、予備の折り畳み椅子を持ってきて、私はそれに座る予定。
「パンはロールパンの他に干しラクス入り、チーズとノワ入りの三種類です。バターかジャム――ラポームかフレッサのジャムをつけて食べてください。あとはスープにクラムチャウダー、魚の香草焼き、ウサギ肉と蒸した野菜のサラダです。たくさんあるのでおかわりもどうぞ。申し訳ないのですがお酒はないので、水か果物のジュースで我慢してください。水は私が浄化した水になります」
お口に合えばいいのですがと言いつつ、料理を出しながらいろいろ説明する。パンは種類ごとに籠に入れて取り皿も用意し、ジャムも二ヶ所に置いてある。ちなみに、ノワとは胡桃で、フレッサはイチゴ。季節感がないのは言わないお約束である。
そして「私が浄化した水」と告げた途端、カムイ以外の三人が固まった。なんでそこで固まるのさ?
「浄化した水、ですと……?!」
「そうですよ? あれ? 四人で話してた時、私の話もしたんじゃないの?」
お互いに紹介をしていない(食事の時にすることになっていた)のでカムイを何と呼んでいいかわからず、そっちを見て聞いてみたら、カムイは「まだ話してない」と溜息をつく。
「マジか。で、どっちが話す?」
「その前に、互いに自己紹介をしようではないか。話しは食事中かそのあとでもできるであろう?」
とのレウティグリスの言葉により、自己紹介を先にすることになった。カムイとおっさん三人はともかく、私は他の三人を知らないしね。
「余……いや、俺はレウティグリスという。ヴォールクリフの兄だ」
まずはレウティグリス。黒髪と薄紫色の瞳はカムイと同じ色彩だけど、優しげなカムイと違い、ワイルドなちょい悪オヤジな雰囲気だ。体格もカムイよりがっちりしている。
「私はザヴィドと申します。レウティグリス様の護衛の一人です」
栗色の髪を短く刈り揃えた紺色の瞳のおっさんは、目尻に多少の皺があるもののその表情は優しげだ。但し、ジェイドを彷彿とさせるのは何でだろう。体格はレウティグリスよりもよく、袖口や襟、裾に銀糸の刺繍が施されている黒い騎士服を着ている。
「ロドリクです。同じく、護衛の一人です」
こちらも濃紺色の髪を短く刈り揃えた水色の瞳のおっさんも目尻に多少の皺があるものの、厳つい顔をしている割には目が優しげだ。この人もなぜかマクシモスを彷彿とさせるのは何でだろう。体格はザヴィドよりもさらによく、服装は彼と全く同じだ。
二人ともファーストネームと護衛としか名乗らなかったけど、レウティグリスが皇帝である以上二人は近衛騎士で、貴族なんでないかい?
あー、もー! 王族とか、貴族とか、お腹一杯なんだけど!
で、今度は私の番なんだけど、どこまで話していいのやら……。なんて考えていたら。
「兄上、彼女があの時の娘ですよ。桜……大丈夫だよ」
私の名前を呼んだあと、カムイの……「大丈夫」と言った父の言葉に、全部話しても大丈夫なんだと悟る。だから、私は。
「黒木 桜……こちらふうに言うとサクラ・クロキと申します。呼びにくい場合はセレシェイラかシェイラとお呼びください。私は異世界で生まれたヴォールクリフの娘であり、三年前までは『リーチェ』と呼ばれていた存在でもあります。……そして昔も今も、最高位の巫女でもあります」
バカ正直に自己紹介をすれば、見事に三人とも口をあんぐりと開けて固まったのだった。
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