何もかもが時間的におかしいでしょ?!

 あれから、珍しくゴタゴタに巻き込まれることなく、何だかんだとギルドで日々の依頼やらカムイとこっそり日帰り旅行に出かけたりしながらも一ヶ月がたった。今日はジェイドたちが住んでる屋敷にお呼ばれしてます。

 で、本日の私の格好だが、『リーチェ』の時にも着ていた最高位の巫女服を着ております。


 最高位の巫女服は至ってシンプル。踝まであるAラインの白い七分袖ワンピースに、銀糸でワンピース全体に刺繍が施されており、襟ぐりは鎖骨が出るスクエアカット。中にペチコートっぽいもの(後日パニエだと聞いた)と膝上丈のスパッツっぽいもの(ズロースとはまた違う)を穿き、白い絹の靴下と靴も白いパンプスに近い形のローヒール。スカートの裾には幾重にも重なったレースと刺繍が施され、襟ぐりと袖もレースが施されている。

 両手は手首よりちょっと長めのレースの手袋。

 髪は両サイドのみを編み込みんでそれだけ頭の後ろで白いリボンでくくり、他の髪はそのまま垂れ流してある。

 額には私の瞳と同じ薄紫色の宝石が嵌まったシルバーのサークレット(カムイの格好をした時に使ったのを流用)、耳にも同色のティアドロップ形のピアスがぶら下がり、首には鎖に通した『封印の指輪』がかかっている。

 正直、『リーチェ』のように儚い感じの美少女に似合うお嬢様仕様の服は、いい歳をした私には似合わないと思うんだよねぇ……。


「黒髪に白いドレスは映えますわねぇ……」

「本当に……」

「巫女装束もシェイラ様に良くお似合いです!」


 ほぅ……と溜息を漏らしながら話しているのは、私の支度を手伝ってくれたアストとミュラとハンナだった。彼女たちは私の巫女装束姿を見て、なぜか満足気に超いい笑顔をしていた。

 アストに至っては、「東の大陸の巫女装束も素敵だったけれど、こちらも雰囲気がまた違いますわね」なんて、語尾にハートがついてるっぽい言い方までしてたし。どうせなら、私も日本風の巫女装束の方¥ほうがよかったよ、アスト。


 ちなみに、服やリボンはレーテが、装飾品はアストが用意し、ワンピースに刺繍を施したのはレーテである。刺繍と装飾品はもちろん二人の加護付きだったりする。祝福を与えるだけなのに……一体どこに連れ出そうというのかね、お二人さん? この格好で街中を練り歩いたりするのは勘弁してくれ。


 それはともかく、今日この屋敷にお呼ばれした理由だけど、二週間前にスニルに子供が生まれました! 元気な女の子です! そのお祝いと祝福するために呼ばれました!


 この世界では、子供が生まれると神殿に行って神官長か最高位の巫女から祝福を受ける習慣がある。その神殿に最高位の巫女がいれば最高位の巫女が、いなければ神官長が赤子に祝福を授ける。

 もちろんこの国――ボルダードにも神殿はあるし最高位の巫女で王太子妃でもあるレーテがいるから、本来ならばその神殿に行ってレーテか神官長が祝福を授けるんだけど、当のスニルが私に祝福を授けてほしいのだとレーテに言ったらしい。

 その理由が


『あたしはリーチェ様の侍女をしていました。セレシェイラ様は怪我のことを気にしてくれていて、その怪我も治し、あまつさえ声も出せるようにしてくださったんです。だから、主でありその記憶を持つセレシェイラ様に祝福をしてほしいんです』


 というものだったとか。しかもそれを聞いたレーテは、快く「そのほうがいいわ」と言ったらしい。

 その気持ちは嬉しいし祝福の仕方は覚えている。だが、いくら『リーチェ』の記憶と最高位の巫女の力があろうとも、私は神殿に属しているわけじゃないからやったらダメじゃないの?

 そう思って聞いたら、レーテもアストもあっさり『大丈夫!』と言いやがりました。しかも、フローレン様もそのほうがいいと言っていたと、二人にも言われてしまったのだ。渋々ながらも、この世界の女神と最高位の巫女二人がいいと言ってるならいいかと頷いた途端、二人の最高位の巫女の仕事は早かった。

 レーテと王妃様の連名でアスト共々王宮にご招待され、そこで待っていた王妃様とレーテ付きの侍女たちに寄ってたかってきちんと採寸され、レーテの巫女装束を参考にレーテの巫女装束を作っている神殿の裁縫担当の巫女に寸法が渡され、ワンピースができて来たのが採寸してから五日後だった。


 王妃業をしてなくて、時間的に余裕があるアストが装飾品を作るのはともかく……ねぇ、ミシンがないこの世界に於いて、型紙を起こしたりとか布を切ったりとか、全て手縫いで作業する以上服を作るのって時間がかかるよね?

 シンプルなAラインのワンピースとは言えこの世界の成人女性よりも身長が高い私だと、布も結構使うし縫うのも時間かかるよね?

 機織り機はあるから布を織るのはともかく、レースは機械がないから当然手編みだし手袋とか刺繍とかそんな簡単にできないよね?

 しかもレーテサン、王太子妃の仕事しながら、いつワンピース全体に刺繍なんかする時間があったのさ?


「こんなに早くできるなんて、何もかもが時間的におかしいでしょ?!」


 そう叫んだ私は悪くないはずだ!

 なのに、レーテや巫女装束を作った神殿関係者は「とっても楽しかったですわ!」と疲れなど全く見せず、正に『超いい笑顔!』としかいいようがないほどの笑顔で出来上がった巫女装束を私に差し出したのだから、始末に負えない。


 何か違う……! 君たち、巫女であって職人じゃないよね?! それとも職人なの?!


 内心で頭を抱えたけれどキラキラ輝く目で嬉しそうに、そして楽しそうに笑う彼女たちに、出来上がったものを突っ返して今さら「いらない」とも言えず、おとなしく着替えましたとも。そしてその反応がアストたち三人の反応だったわけだ。

 そこに扉をノックする音が響く。ミュラがサッと動いて誰かと問えば、ジェイドが私を迎えに来たと言ったので扉を開けてもらったのだが、私を見たジェイドはどこか懐かしそうに目を細めて見ていた。多分、『リーチェ』の姿を思い出しているんだろう。


 そのことに胸は痛むけど、仕方がない。私は『私』であって『リーチェ』じゃない。小さいころにこの世界と『リーチェ』のことを思い出し、それに引き摺られるように勝手に憧れ、刷り込みのように恋心を募らせただけだ。

 冷静に考えて本当に恋心なのかと疑うこともあったけど、ジェイド本人を目の当たりにしたらやっぱり恋心だと思い知らされただけだった。……まさか恋人になったと思っていたマキアが妹だと思ってもみなかったけどね。


「シェイラ、ラーディが呼んでいる。準備ができたそうだ。キアロとスニルが待っている」

「了解」


 差し出されたジェイドの手に自身の手を重ねると、ジェイドはそのままエスコートしながら歩き出す。


(随分手慣れてるなあ……)


 ジェイドのスマートなエスコートにそんなことを考えていたら、いきなり影がさし。


「とても良く似合っているよ、シェイラ」


 と、低くも甘い声で耳元で囁かれ、そのまま耳朶を柔らかいもので噛まれた。


「じ、じじ、ジェイド?! な、何を……!」

「……このまま俺の部屋に連れて行きたい……」

「ぁ……っ、ちょ、ジェイド……っ」


 色気たっぷりにそんなことを言われて耳を舐めるジェイドに、慌てて体を離して顔を見上げるとニヤリと笑うように口角の端が少し上がる。


 絶対に耳が弱いってバレてる……!


 でも、どうして? 何でそんなことをするの? 何でそんな愛おしそうな目で私を見てるの? それとも、私の中の『リーチェ』を見てるの?


「……ジェイド……?」

「……行こうか」

「あ……、うん」


 直前までの甘い声と雰囲気をいきなり消して普段と全く変わらない態度になったジェイドに混乱しつつ、返事をすればまたエスコートしながら歩き出す。


 再会した時や、私の家でいきなり抱き締めたこと、そして今のこと。ジェイドが何を考えているのか、何がしたいのかさっぱりわからない。勘違いしそうになるから過剰なスキンシップは止めてほしいよ、本当。


 「ここだ」と言ったジェイドに、ぐるぐると回りそうな思考に頭をふって切り替え、案内された部屋に入るとそこにはキアロとスニル、ラーディがいた。そしてスニルの腕の中には眠っているらしい赤子がいる。

 ようやく髪が生えて来たのか、髪はスニルと同じ栗色の髪だった。眠っているから目の色はわからないが、多分キアロと同じなんじゃないかと思ってる。


「お待たせ。じゃあ、始めようか」


 声をかけた私にスニルとキアロは嬉しそうに笑うと、赤子をラーディに預ける。赤子を受け取ったラーディが歩き出すと二人はラーディのあとに続き、私はそのあとに続く。

 正面には教会にあるような神父様の目の前にある台と、その後ろには杖を持ったフローレン様が描かれた絵があった。私が見学に来た時にはなかったから、ラーディあたりが買って来たかユースレスのあの家から持って来たんだろう。荷物の中にそれっぽいものがあったし。


 台に到着するとラーディはそこに赤子を寝かせて横によけ、私がラーディのいた場所……赤子の正面に来るとラーディは水が入ったゴブレットを持つ。そしてキアロとスニルは台の向こう側で両膝をつき、両手を組んで祈りを捧げるような格好で私を見た。

 そんな二人を見ながら杖を出し、ラーディの持っていたゴブレットに杖をコツンと当てるとゴブレットが光りを放ち、中に入っていた水の中に溶け込んで聖水を作りあげる。

 ゴブレットに左の人差し指と中指を入れて濡らし、赤子の額と両頬と唇を触るごとに一回一回濡らし、同じ事を赤子の両親にもすると杖を両手で持って空中に円を描くように回す。


「ラーディ」


 杖を回しながらラーディに声をかけると、ラーディは何も言わずにゴブレットの中身を三人にかけるように手を動かした。……だが、聖水は三人にかかることなく、そして三人を濡らすことなく光の粒となって降り注ぐ。

 トン、と杖で床を叩けば、シャン、と錫杖になっている部分が音を鳴らす。


「赤子の名は?」

「お許しいただけるのであれば、セレシェイラ様の名前の一部をいただきたいのです」

「私? まあ、ダメって言ってもどうせ考えてあるんでしょ?」

「ええ」

「では、その名を」


 あっさりと許した私に、二人もラーディも驚いた顔をしていた。まさかダメって言われると思っていたのだろうか。そこまで心が狭くないよ。でなきゃ企業秘密の薬の作り方すらもラーディに教えたりしない。

 もう一度「赤子の名を」と告げれば、二人は本当に嬉しそうに笑ってその名を告げた。


「セレスです」

「……よい名ですね。セレス、これからの人生に汝に幸多からんことを」


 赤子の額にキスを落として祝福を与えると、それに続くように透けてるフローレン様が赤子の額にキスを落として消えた。その姿が見えなかったのか、ラーディもスニルもキアロも普通の態度だった。『リーチェ』であった時も何度も祝福を与えていた。こんなことは初めてで、でも、思い当たるのは一つ。


(ああ、この子は……)


 女神自らが祝福を与えたということは、最高位の巫女になる可能性があるわけで。

 もしかしたら違うかも知れない。最高位の巫女になるかも知れない。でも、未来は誰にもわからない……神様以外は。


 だから私はフローレン様を見たことは黙っていた。


「子育てとか大変だろうけど、経験者のユリエラさんや二人の乳母さんにアストが隣にいるし、街にはウォーグさんの道具屋にベルタさんもいるんだから、何かあったら相談するんだよ?」

「はい……!」


 頷いた二人に私もにっこり笑うと、二人は立ち上がって赤子を抱き上げた。そんな穏やかな二人を見て私は「幸せにね~」とその場をあとにしかけて、立ち止まる。


「次はラーディたちかな? それともマクシモスたちかな? さて……どっちが早いかな~?」

「ぶ……っ」


 からかうようにそう言えば、ラーディは真っ赤になりながら吹き出す。こりゃラーディのほうが早いかも、なんて思いながら最初にいた部屋に戻り、「お茶でもしましょう」と言ったアストに用事があるからと断り、着替えてから家に帰った。


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