打診だけでもしてみたら?

 何とか落ち着いてから、ここに長居するのはまずいからとフェンリルの姿に戻った(?)カムイと一緒に塔をあとにした。

 家に戻りながらと家に戻ってから、私が見た夢のことと水晶から流れて来た記憶みたいなやつのことをカムイに話すと、カムイもその話をするつもりだった、と教えてくれた。


「あの神官長には、落ち着いてからリーチェを迎えに行くと告げていた。だが、リーチェを迎えに行ったらリーチェに巫女の力が発現したあとで、リーチェは神殿から出せないと言われてしまったのだ。あまりにも早すぎる発現に我も神官長も戸惑ったが、発現してしまった以上、どうにもならなかった。だから時々神殿に行って神官長に会い、リーチェの様子を聞いていたのに、三年前プツリとリーチェの気配が消えた。だから探した。探して……だが、見つけられなかった。リーチェが殺されたと知ったのは、殺されてから三ヶ月たったあとだった」


 誰かが来ると困るからと、フェンリルの姿のまま話をするカムイは、すごく辛そうだった。


「帝国に帰り極秘で兄上に会いに行ったら、『来るのが遅い』と叱られてしまった。理由は様々だったが、一番の理由はアイリーンの魂の行方だった」

「え……?」


 カムイ曰く、帝国には隣国に極秘にされている力が存在するうえ、皇族は特にその力が強いのだという。それ故なのか、皇族と結婚し子供を成した配偶者やその子供の魂……死者の魂の行方や何かがわかるというのだ。

 それがどんな原理なのかは教えてはもらえなかったけど、カムイは「兄上に教えてもらえ」としか言ってくれなかった。気にはなるけど、まあ、会わないと思うからいいか。


 帝国に戻ったカムイは、自身の力と兄である皇帝の力を借りて、妻であるアイリーンがいる場所へと送還してもらった。だが、そこはヴェルトール大陸でも、東の大陸でも、この世界のどこの場所でもなかった。異なる世界……日本と呼ばれる場所だった。

 カムイは途方にくれた。見知らぬ地で、どうやって妻の魂を持つ者を探せというのか、と。

 だが、ほどなくして二人は何かに導かれるように出会いを果たして愛し合い、私が生まれた。『桜』と名付けたのはカムイだそうだ。

 ヴェルトールとは違い、何の憂いもない、幸せな時間。だが、日本とヴェルトールは同じ二十四時間でも時間の流れ方が全く違うらしく、幸せな時間はあっという間に終わりを告げた。


「こちらに戻って来た時、二時間ほどしかたっていなかった。……向こうでは二年もたっていたというのにな……」

「カムイ……」

「戻ってからしばらく、またあちこちをさ迷った。動物たちは、フェンリルに変化した我のことを、番がいないせいかいつの間にか『孤独な王様』と言うようになった。確かにこの世界においては間違いではないが」


 苦笑したカムイに抱き付くと、柔らかい毛並みに顔を埋めて甘える。


「桜?」

「私がいるでしょ? お母さんの代わりにはなれないけど、私が一緒にいるよ。一緒に旅をするんでしょ? お父さん」

「……我を……私を父と、呼んでくれるのか……?」

「当たり前でしょ? ただ、皆がいる時は今まで通りカムイって呼ぶよ。でも、二人しかいない時は、お父さんって呼ぶ。やっと会えた、本当のお父さんだもの」


 もふもふは気持ちいい。毛並みにスリスリしていたら、カムイが私の顔をペロンと舐めた。


「そうか」


 そう言ったきりカムイは何も言わず、私の側にずっといてくれた。それがちょっとだけ嬉しかった。



 ***



「アストー、何か進展あったー?」

「あら、サクラ。もちろんありましたわ」


 約束の日にアストたちが住む屋敷に行くと、日当たりのいい場所でアストとルガト、レーテがお茶を飲みながら何やら話し合っていた。


「陛下から手紙が届きましたの。わたくしと離縁したという情報はまだ城下や諸外国には出していないから、ボルダード王宮へレーテに会いに行ったことにしてくださるそうですわ。但し、わたくしが王宮に着いたあとで手紙を届ける、と書いてありましたけれど」

「……何気にあの王様も黒いよね」

「そんなことはありませんな。恐らく、陛下にもボルダードの話や現状がいろいろと伝わっていて、替え玉を用意できないようにするためでしょう。尤も、替え玉を用意したところで、トリィが『杖を』と言ってしまえばそれまででしょうが」

「おおぅ……黒かったのはルガトさんだって忘れてた」


 涼しい顔をしてあっけらかんと言ったルガトにちょっとだけ脱力したのは内緒だ。


「それで、計画とかは? ルガトさんのことだから、ある程度立ててるんですよね?」

「ええ。その話は既にレーテ様にもクレイオン様にも話してあります」

「ヤグアスはどうするの?」

「もちろんお二人もですが、彼は顔が知られていますので、顔を隠すなりなんなりをしていただこうかと。ただ、そうすると護衛騎士がデューカスだけになってしまうのが不安なのですが」

「だったら、ジェイド……ジェイランディアやマクシモスたちに頼んだら?」

「は?」


 不思議そうな顔をしたルガトに首を傾げる。もしかして、アストやレーテ、ヤグアスから聞いていないのかも知れない。


「アストやヤグアスから聞いてませんか? ジェイドは『リーチェ』が死ぬまで、ユースレスの神殿騎士団団長だった人ですよ? マクシモスやマキア、キアロも神殿騎士でしたしマクシモスとマキアは副団長でした。ラーディもあの年齢で神官長をしてた人だし。ハンナとスニルは元初級巫女で『リーチェ』の侍女をしてましたし、ヤグアスもジェイランディアを知ってたから、多分護衛くらいはできるんじゃない?」

「それは知りませんでした。道理で強いわけですな……」

「やってくれるかわからないけど、打診だけでもしてみたら?」


 そうですな、とルガトは席を立ち、ジェイドたちが住んでいる屋敷のほうへと歩いて行く。てか、ルガト、近場とはいえ護衛はどうした。つうか、貴族なんだから、そろそろ料理人と一緒に護衛も雇おうよ。


「サクラはどうしますの?」

「さすがにまた異国の巫女、ってわけにはいかないよねぇ」

「そうですわね」

「異国の巫女?」


 不思議そうな顔をしたレーテに、アストはシュタールでの話をかいつまんで話す。


「まあ、サクラらしいわ」

「……あれ、レーテも桜って呼べるんだ……」

「はい。ですからサクラ、アスト同様にわたしの友人になってください。嫌とは言わないわよね?」

「……言わないよ。すごく嬉しい」


 私の出生の秘密はあるけど、それでも嬉しい。きちんとカタがついたら、二人に話してみようか。尤も、カムイと相談してからになるが。


「それで、サクラはどうしますの? もちろん、わたくしに付いて来ていただきたいのですけれど」

「それなんだけどね」


 私の格好についてちょっと考えていたことを二人に話す。もちろん、カムイに相談したうえで決めたことだった。


「まあ、素敵ですわ!」

「ただ、そういった衣装とかあればいいんだけど……」

「もちろんありますし、なければ作らせますわ。装飾品も、ペンダントを加工すれば作れますし」

「アスト、頼んでいい?」

「もちろんですわ!」


 楽しそうに話すアストとレーテ。三人でいると、昔に戻ったみたいだ。


 そして、あの赤毛の女性には、きっきり罪を償ってもらう。そうじゃないと、カムイがあまりにも哀れで可哀想だ。


(叔父様、成功するよう、見守っていてね)


 たった一度だけ見た幽霊を思い出す。本来ならば、『リーチェ』の時に会えた人。



 ――湖から渡って来た風に乗って、「もちろんだよ」という声が聞こえたような気がした。


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