今……桜って言った……?!
『意味がわかりません』
『ベアトリーチェ様の周辺で不穏な動きがあると報告を受けましたので、私が陛下に何度も『ベアトリーチェ様やアストリッド様の周辺に気を配ってください』と仰っても、『わかった』と仰るだけで何も行動を起こさなかったんですよ』
『……』
『『滅びの繭』の話をしても一向に信じない。ご自分のお子だというのに、王子たちに会うのも七日に一度。アストリッド様のご懐妊中に、アストリッド様の公務の一つである孤児院訪問をベアトリーチェ様に頼めばすっぽかす。その話を陛下にしても、陛下は信じなかったのですよ。まあ、動けるようになったアストリッド様が孤児院に行ったあと、『孤児院に誰も行ってないと伺いましたがどういうことですの?! わたくし、陛下にもルガト様にも、子供たちのためのものをきちんと届けてくださいとお願い致しましたわよね?!』と言われて、初めて私の話が本当だったと気づいたようですが。そのあとからですよ、私がベアトリーチェ様を調べ始めたのは。証拠も揃い、どうやってベアトリーチェ様を捕縛しようかと考えていた矢先に、アストリッド様がセレシェイラ殿をお連れしてあのような結末を迎えたのは、私にとって嬉しい誤算でしたね』
『…………』
『ですので、セレシェイラ殿。私は陛下にお灸を据えたいので、是非とも協力していただきたいんですが』
やっぱり意味がわからんと思いつつも、にこやかに笑ったルガトの背後にはなぜかドス黒いオーラが見え隠れしていて、私は頷くことしかできなかった。だからと言って私には……いや、巫女には人を殺すような術を持っているわけでも、王子たちの癒しを中断することもできない。そう言うと、ルガトは
『我が家には、仮死になって敵を欺くための薬がありましてね。仮死と言っても、浅く呼吸しながら深く眠るだけの薬で、上級以上の巫女様が浄化をすればすぐに解ける薬です』
と、王子たちを見た。
『……それを王子たちに、私が飲ませろと言うんですか?』
『いいえ。薬は私が飲ませます。セレシェイラ様は王子たちをきちんと癒し、癒しが終わったら私に教えてください』
『教えるのは構いませんけど……。尤も、あと少し癒せば、王子たちは全快しますよ』
『でしたら、次に私が王子たちのところに訪ねて来るまで癒していただけますか?』
『……その前に、聞きたいんですが』
『なんでしょう?』
『アストが王様にどんな話をするとか、聞いていますか?』
私がそう聞くと、ルガトは私に目を向けて『知っています』と頷いた。
『託宣の通り王子たちをアストリッド様に返し、貴女たちも一緒に王宮を無事に出るためには、この方法しかないんです』
辛そうな顔をしたルガトに、私は内心溜息をつきながらも『わかりました』と苦笑しながら言った。
『ただ、私も巫女の力を相当使っていますし、この二日間全く眠っていませんから、一度寝てしまったらいつ起きるかわかりません。それでよければ』
『ええ、構いません。あとは私がなんとかします』
話し終えたルガトは席を立ち、次の日の深夜近くまで顔を出さなかった。ルガトが深夜近くなって顔を出したころ、王子たちを癒し終えていた私はそのまま黙って頷くと王子たちの側を離れ、ルガトに場所を譲ると、ルガトは隠し持っていたミルクを二人の王子たちに飲ませて眠らせた。
それを確認して頷いたルガトに、私はわざと慌てた声で『ルガトさん、王子たちの容態が……!』とルガトと場所を変わってそう言うと、ルガトは慌てた様子で王様とアスト、侍医を呼びに行った隙に、手遅れだという顔をして待っていたのだ。ちなみに、王子たちの浄化をしたのはアストである。
「食えないおっさんだよね、ルガトさんて」
「だからこそ、宰相なんかをやっているんです」
「……デスヨネー」
にっこり笑ったルガトから視線を反らした。返事が棒読みになるのは仕方がない。はあ、と溜息をついた私にルガトは苦笑しつつも、アストのほうに目を向けた。
「アストリッド様、王子……いえ、ご子息たちと幸せになってください。それと、言うなら今しかありませんよ?」
「そうですわね」
二人の会話の意味がわからず首を傾げていると。
「あの……シェイラ。いいえ、サクラ、わたくしの、その……お友達になっていただけますか?」
「は? もう友達でしょ? てか、今……桜って言った……?!」
「はい。どういうわけか、きちんとサクラと呼べます。それに、お友達だったのは『リーチェ』であってサクラではありませんし、『リーチェ』は既にこの世にいませんもの」
「アスト?」
「『リーチェ』の記憶の有無など関係ありません。わたくしがお友達になりたいのは、サクラです。ですから、わたくしの友人になっていただけますか?」
「あ……」
初めて私の本当の名前を呼んでくれたアスト。それに、記憶の有無など関係ないと言い、私と友達になりたいと言ったアスト。
『黒木 桜』として認識してくれた。それがどんなに嬉しいことか、アストにはわからないだろう。だから私は素直に頷くと、アストは嬉しそうに頷き、ルガトも嬉しそうに微笑んでいた。二人の笑顔が似ているなとは思ったものの、今は先に聞かなければならないことがある。
「そう言えばアスト。侍女さんにあれだけ『滅びの繭』がくっついていたのに、何であの人を側において侍女にしてたの? アストには見えてないわけじゃなかったよね?」
「……ミリアは、わたくしが嫁いで来た時からずっとついていてくれた侍女なのですが、本当によくしてくれましたの。そして、よく気のつく方でしたわ。恋人ができて、婚約もして、本当に幸せそうでした。結婚後は侍女を辞めることになっておりましたけれど、それでもわたくしはミリアが大切だったのです。婚約者が何者かに殺された時は、それは酷く泣いて……」
当時を思い出しているのか、アストは目を瞑っている。
「ですがしばらくたったころ、ミリアの目が変わりました。いつもわたくしを穏やかに見ていた目が、憎しみを向ける目に変わってしまった。それがずっとわからなかったのです。知らないうちにミリアを傷つけていたのだろうか、だから『滅びの繭』がついたのかと悩みましたわ。でも、今回の件でその理由がわかりました。わたくしを殺そうとしていたとしても、ずっとわたくしの側にいてほしかった。それほど大切でしたのに……」
寂しそうな顔をしたアストの頭を撫で、ふと、ハンナやジェイドたちのことを思い出す。約束の四日目はとうに過ぎた。あの手紙を読んで彼らは怒るだろうか。それとも『リーチェ』ではない私がいなくなってホッとしているだろうか。
私がいることで、ジェイドとマキアの幸せを壊したくない。ラーディとハンナ、キアロとスニルたちに喧嘩をさせたくない。ズキン、と傷んだ胸に無理矢理蓋をしてそっと瞼を伏せたとき、アストが躊躇いがちに「あの……」と声をかけてきた。
「どうしたの?」
「あの、わたくし、サクラに謝らなければならないことがありますの」
「謝らなければならないこと?」
「ええ。実は……」
アストがそこまで言った時、馬車が止まった。先にデューカスの家に寄ると言っていたから、デューカスの家に着いたんだろう。
話ができなかったせいか、アストは「またあとで話しますわ」と子供たちを一旦私とルガトに預けると、開けられた扉から降りる。それに続くように子供を抱えたまま私とルガトが降りると、そこにはイプセンと『滅びの繭』が全く着いていない王宮にいた乳母たちがいた。
「あれ、乳母さんたち……」
「ここに来るよう、私が二人を呼びました。セレシェイラ殿、お子は二人に預けてください」
「なるほど。侍女は表向き、ってわけですか。……お願いします」
笑顔つきで乳母の一人に子供を差し出すと、びくびくしていた二人はハッとした顔をしたあとで、泣きそうな顔をしながら子供を受け取った。
「あの時は殴ったり脅したりしてごめんなさい。痛かったよね? 今は事情がわかってるし、本当にあんなことしないから。てか、そもそも私にはそんなことできないし」
「セレシェイラ様……」
「二人でアストや子供たちを支えてあげてくださいね」
はい、と返事をした二人はすごく晴れやかな顔をしていたからそれに満足していると、遠くから走って来る音がした。なんだろうと思って振り向いた途端。
「シェイラ!」
そう言われてギュッと抱き締められた。その声は、私を嬉しくも寂しくもさせる声で。
「ジェイド……?」
私は、男女構わず抱き付かれる運命なんだろうかと考えながらも、その腕の中で呆然としていた。
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