巫女様、起きたー
チチッ、チュンチュン、チチチ、という鳥の声に混じって
《巫女様おはよー》
《巫女様お話しよー》
という声が混じる。どうやら、雀たちが開いていた窓から遊びに来たようだ。
《桜は寝ているのだ。邪魔するでない》
《じゃあ王様、遊んでー》
《お話してー》
(うー……うるさい)
もう少し寝かせてよと思いながらも薄目を開けて声がしたほうを見ると、雀がカムイの頭に乗って、耳をつついたりしながら遊んでいた。カムイはそれを嫌がるでもなく、たまに前足を頭の側まで持って行って追い払う仕草をしたり頭を振ったりしているが、どうやら雀たちにとっては遊んでもらってるという感じのようだった。その光景に癒される。
「カムイ、雀さんたち、おはよう」
《巫女様、起きたー》
《お話ししてー》
「すまぬ、桜。起こしたか?」
「大丈夫。お話の前に、ご飯食べなきゃ」
ベッドから降りてパンを一つ掴むと、窓際によってパンをちぎる。ちぎったパンを更に小さくして窓枠にばらまくと、雀達が首をクリクリと動かしながらそれを見た。
《巫女様、ご飯?》
「うん、ご飯」
《子供たちにあげていい?》
「いいよ。君たちも食べて、子供たちにも食べさせたら、またおいで。そしたらお話しよう」
チュン、チチッ、チュン、と鳴きながらパンを咥わえて行く雀たちを見ながら、私もパンをちぎって食べようとして、顔を洗ってないことに気づいた。鞄からタオルを出し、カムイと一緒に部屋を抜け出すと水場に行った。
屋敷内だから、また靴を履かずに歩く。ハンナに見つかったらまた怒られるかなと思いつつも、結局誰にも会わなかったのでホッとする。
水場に着いてすぐにカムイに水をあげることにした。綺麗な水があればいいと言っていたカムイの言葉を思い出し、念のために水を浄化してからそれを飲ませた。
「わざわざ浄化してくれたのか?」
「昨日、カムイが『綺麗な水』って言ったからね。余計なお世話だった?」
「いや。巫女が浄化した水は、我ら聖獣にとっては何よりの馳走だ。助かる」
「ならよかった。もっと飲みたかったら言ってね?」
「わかった。その時は遠慮なく言おう」
嬉しそうな声で言い、水を飲み始めたカムイの様子をしばらく見たあとで、私も顔を洗って水を飲む。それは井戸水のように冷たくて美味しい水だった。
ホッと一息ついてその場所を見回すと、小さなテーブルの上に革袋の水筒が九つ置いてあった。水筒の下にはそれぞれの名前が書いてある紙が置かれ、その中には私の名前やフェンリルと書かれたものある。
昨日買い出しに出掛けたのは、マクシモスとマキアだ。二人のうちどちらが言い出したのだろう。昨日の様子から、二人は明らかに私にくっついて来る気満々だった。そのことに少しだけ罪悪感を覚え、胸が痛い。
でも、と思う。マキアとジェイドの仲良さげな様子を間近でなんか見たくない。そんな二人に嫉妬して、当たり散らしたくない。
「ごめんね。でも、ありがとう」
小さく呟いて革袋を取ると、その中に水を入れる。テーブルの隅に置かれていた羽ペンを持ち上げてインク壺に先端を浸すと紙にお礼を書き、フェンリルと書かれた紙には『カムイという名前だ』というようなことを書き、水を入れた革袋二つを持ってその場をあとにすると部屋に戻った。
ラポームを齧ったりパンを食べたりしていると、雀たちがまたやって来た。さっきより数が増えてるよと苦笑しつつも、残りの半分のパンを細かくして窓枠にばらまくと、雀たちがそれをつつく。その様子を見ながら、雀たちとしばらく話をした。
「ご飯はもうないよ。それと、ここは危ないからもう来ちゃだめよ?」
小さな声で雀たちにそう伝えると、あらかた食べた雀たちは《わかったー》と言って飛び立った。明日の朝には、私はもうここにはいない。雀たちにパンをあげることができないので、危ないから来るなと言ったのだ。
雀たちを見送ったあと、昨日リュックにしまったみごろを取り出して椅子に座り、昨日できなかったみごろで巾着を作る作業を始める。細長くすれば、昨日あげられなかった人たちのぶんも作れそうだった。
サイズを決めて裁断し、小さめの巾着を縫い始める。二つ目が終わるころ、遠慮がちに扉がノックされた。返事をしてそっと扉を開けると、マクシモスが立っていた。
「おはよう、マクシモス。どうしたの?」
「これを。昨日渡すのを忘れた」
ずいっと手が伸びてきて渡されたのは、革のサンダルだった。
「サンダル?」
「シェイラのぶんだ」
「私がもらってもいいの?」
頷いたマクシモスにお礼を言うと、マクシモスは「起こして悪かった。ゆっくり休め」とだけ言ってその場を離れた。その後ろ姿を見送ってから扉を閉めると、そっと溜息をつく。
こんなにも気を使ってもらってる。それが嬉しい反面、申し訳なく思う。
サンダルを床に置き、食べ残していたラポームを食べきると、巾着を作る作業を始める。それが終わると、テーブルの上に元々置いてあった紙に「どうしても一人旅がしたいの。ごめんなさい」という内容の手紙を書き、水が入っている革袋二つをリュックにしまうと、もう一度ベッドに横になって目を瞑る。
外からはあれが足りない、これが必要などの話し声が漏れ聞こえてくる。着々と旅の準備をしている彼らに少しだけ罪悪感を覚えたものの、彼らが旅に出ることに安堵しそのまま眠りに落ちた。
***
『桜、起きろ』
ベロンと顔を舐められて、慌てて起きる。辺りを見回すと、開け放たれた窓から月明かりが漏れていた。
そっとベッドから這い出してベッドの下に隠してあった鞄と刀をベッドの上に乗せると、カムイが『それは何だ?』と聞いて来たので、「説明はあとで」と短く言ってリュックから袴に道着とTシャツを取り出し、それを着たあとでサンダルを履いた。
脱いだ服を折り畳んでテーブルの上に乗せるとその上に巾着袋、借りていたハサミと糸と針、端切れを置き、ハサミの下に手紙を置いた。余った巾着はリュックへとしまってからブーツは床に置き、刀を袴の腰ひもに差すと木刀の刺さったリュックを背負い、ドアノブに手をかけようとしてカムイに止められた。
「どこから外に出るの?」
『我の背に乗れ』
何の説明もなしにカムイに言われたが、カムイは躰を伏せたまま動かない。仕方なく背中に股がると『しっかり掴まっていろ』と言われた。首を締め付けないようにしがみつくとカムイは立ち上がって窓のほうに向かい、開け放たれた窓からその躰を躍らせた。
(まっ、マジかっ?! ここ、二階……!!)
ジェットコースターさながらの浮遊感に、何とか声をあげないように我慢してさらにカムイにしがみつくと、一瞬のあとにカムイは音も立てずに地面に降り立ち、そのまま屋敷をあとにして走り去る。
みるみるうちに小さくなって行く屋敷。心の中でごめんねと呟き、二度と会えないであろう皆に謝る。
(ジェイド……マキアと幸せになってね)
足音もさせずに森の中を風のように駆けるカムイにしがみつきながら、ジェイドの幸せと、皆の旅の無事を祈った。
しばらく走ったカムイは何かを見つけたのか、スピードを緩めて歩く速さになった。前を見ると山肌に沿ったようにゴツゴツとした岩場があり、一ヶ所だけぽっかりと穴が空いている場所がある。
「カムイ、どうしたの?」
「雨が来ると、森の木々が言っている」
「雨が? うわ、屋敷の窓開けっ放しだけどどうしよう!」
「あそこまでは届かぬから大丈夫だ」
「ならいいけど……」
聖獣はそこまでわかるのかと変な方向に納得しているうちに、岩場の穴に着いた途端雨が降り始めた。岩場は少し坂になっていて奥の方が高くなっているので、雨水が流れこんでくることがないのは幸運だった。
カムイの背中から降り、リュックから干しラクスを二つ出すとそれを食べる。カムイは食べ物はとらないと言ったが、念のためカムイに食べるかどうか聞くと食べると言ったので、それに驚きつつもリュックから干しラクスを二つ出してカムイの口に放り込んだ。
雨が降っているせいか少しだけ寒くなったので、カムイにくっついて膝を抱える。その状態のままカムイと話をした。
刀は私が通っていた剣道場の道場主にお使いを頼まれ、それを道場主に渡す予定だったこと。
今着ている道着は、その剣道をするための服であること。
などなど、他にもいろいろと話をした。カムイと話していてわかったのは、刀も道着も、別の大陸にある国にあるということだった。
「へえ……そうなんだ」
「しばらくその服を着ているのであれば、旅をしていた者にもらったとか、買ったとか言えばいいだろう」
「うん、そうだね、そうする。ありがとう、カムイ」
「ああ。……しばらく雨は止みそうもない。桜、横になってやすめ」
「でも……」
「我がいる。寒かったら、我にくっついて眠ればよい」
しばらく考えてから「わかった」と言って刀を腰紐から抜き、リュックも背中から下ろすと膝を抱えたままそこに横になる。カムイは私を抱き締めるように一緒に横になると、背中からカムイの体温を感じて、そのまま微睡むように眠った。
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