着せ替え人形再びでした

 あと二ヶ月ほどでジークハルト様と結婚します。

 それは楽しみでもあり不安でもあるのですが、結婚前ということで、いろいろと忙しいです。ええ、いろいろと……。


「殿下、こちらのお色はいかがでしょうか?」

「こちらのデザインも素敵ですわ!」


 どこかで聞いたことがある言葉だけれど、ここはモーントシュタイン家ではなく、王宮。しかも、私とジークハルト様、そして魔物たちが住むことになるというお部屋に案内された。

 そこでカーテンや絨毯の色、テーブルやソファーなど、私やジークハルト様が使うであろうものをあれこれと決めているのだ。もちろん、その中にはドレスや装飾品も多数あるわけで……。


「薄い色だけでなく、濃い色もあったほうがいいだろう」

「そうですね。……でしたら、こちらのお色はいかかでしょうか」


 ジークハルト様付きの女官の一部がそのまま私付きの女官になるそうで、商人やジークハルト様に混じって、彼女たちもあれこれと口を出し、ドレスなどのデザインや色を決めていた。

 もちろん我が家もドレスを用意するので、これは王宮からというよりも、ジークハルト様からのプレゼント、ということらしい。

 その間の私はと言えば、色見本というかドレスのデザイン見本や既製品に近いドレスをあれこれと着せられ、ファッションショーよろしく着替えと披露を繰り返していた。


「……まさか、王宮でまた着せ替え人形になるとは思いませんでした」


 ポツリとそんなことを溢したところで、今日は王族に相応しい装いを決めるためだと言われてしまえば、どうすることもできない。

 なんだかんだと三時間ほど着せ替え人形になり、やっと開放されてぐったりとソファーに凭れていた。カチヤさんが紅茶を淹れてくださり、王宮で作られたクッキーもお皿に盛られ、テーブルに並べられている。


「ミカ、すまない。疲れただろう?」

「ええ、まあ……」

「これも王家の嫁ぐための儀式みたいなものだからな……諦めてくれ。まあ、陛下に嫁ぐわけではないから、この程度で済んでいるが」

「え……陛下ですと、もっと時間がかかるのですか?」

「ああ。時間も日数も、今日の何倍もあるぞ?」


 ジークハルト様の言葉に、頭痛がしてくる。王子妃でよかった……。

 とてもではないけれど、王妃や王太子妃など、私には務まらないと思ったのだ。王太后様はどこに出しても大丈夫だと仰ってくださったけれど、さすがに私にはそんな度胸はない。

 王子妃だって、本来ならば無理だけれど、好きになった方が王子だったから……ジークハルト様だったから、頑張れたのだ。そうでなければ、最初から辞退していただろう。


「ミカ、休憩したら王宮の庭に行ってみないか? まだそっちは案内していなかっただろう?」

「はい。いいのですか? 忙しいのではありませんか?」

「今日はミカと一緒にいると言ってあるからな……そこは大丈夫だ。だから、庭を散策しよう」

「はい、ありがとうございます。楽しみです」


 いろいろと談笑したあと、ジークハルト様のエスコートで庭まで歩く。一緒に住むようになればいつでも行けるというので、それも楽しみのひとつでもあった。

 これから行く庭は王族のプライベートの庭で、王族が招いた人か王族しか入れない場所だという。だからこそ警備も厳重で、常に騎士たちや女官、侍従たちの目があるという。

 護衛に魔物たち三人と、ギルさんを含めた近衛が数人、カチヤさんを含めた女官も数人ついてきている。もちろん、少し離れてはいるけれど、すぐにでも対処できる距離にいる。

 私の歩調に合わせて歩くジークハルト様は、庭の入口に来たところで、どのような花や樹木が植わっているのか、説明してくれる。紫陽花に似た黄色いザフラという花と、小さい品種のバラである、ピンクとクリーム色と赤のロジエ。ザフラは黄色の他に、薄紫と赤紫もあった。この辺りは日本と同じみたい。

 他にも、ミニひまわりに似たプチイリアンソス、エプレンジュも白い花をつけている。


「綺麗……」

「だろう? プチイリアンソスは部屋にも飾れるからな。あとでモーントシュタイン家に届けよう」

「よろしいのですか?」

「構わない」


 我が家の庭には、大きなイリアンソスはあるけれど、日本にあるのよりも一回り大きいから飾ることはできない。なので、ジークハルト様の言葉はとても嬉しい。


 花を見ながらゆっくりと歩き、ロジエのアーチを抜けるとガゼボがある場所に出た。側には噴水もあり、暑い陽射しに清涼な雰囲気を醸し出していた。


「ここで休むとしよう。カチヤ、お茶の用意を」

「畏まりました」


 騎士たちが不審な物や者がいないか確かめたあと、カチヤさんがお茶やケーキの用意をする。それを横目に見ながら、ガゼボにある椅子に座る。

 今日の紅茶は、オランジュを使ったハーブティーのようだ。ケーキはクランベリーに似た果物を使った、タルト。

 タルトは見目がよくて、とても美味しそう。


「今日はジークハルト様に、新しいお菓子を持って来たのです」

「おお、どんなものだ?」

「スライムゼリーを使ったものなのですけれど……」

「スライムゼリー、だと?!」


 スライムゼリーを使ったと言えば、ジークハルト様だけではなく、カチヤさんたちにも驚かれた。ま、まあ、畑にしか使えないものだと皆様知っているから、驚くのは当然なのだけれど。

 今日持ってきたのは、オランジュのゼリーだ。ガラスの器に入れたゼリーはオレンジ色で、上に生クリームを絞ったものと、薄皮を剥いたオランジュがひと房。あとはミントの葉が乗せられている。

 それらをジークハルト様だけではなく、護衛や女官、魔物たちのぶんもあるので、配る。その後、解毒魔法をカチヤさんたち女官がかけ、紅茶やタルトと一緒にテーブルに並べられる。


「おお……本当にスライムゼリーを使っているのか?」

「はい。お兄様に『これで何か作れないか?』と聞かれて、いろいろ試したのです」

「ほう……アルが……」

「お父様もお兄様も、これならばと仰っておりましたので。よろしければどうぞ」


 グラスを持ち上げ、いろんな角度からゼリーを見つめるジークハルト様。その目がとてもキラキラと輝いていて、少年のようだ。

 そしてスプーンでひと掬いすると、プルプルと動くゼリーに、目を丸くしていた。


「おお……見た目よりも柔らかいな。それに、なんだかスライムを見ているようだ……」


 微妙な顔をしながらも、オランジュの香りがするからなのか、それを口に運ぶジークハルト様。


「おお! 冷たくて柔らかい。それに、オランジュの香りと味がするな! 暑いからか、いくらでも食べられそうだ!」

「お口にあってよかったです。ですが、これはデザートですので、たくさんは食べられませんよ?」

「そうなのか? 夏になると食欲がなくなる者が増えるからな……いいと思ったんだが」

「野菜をジュース――野菜を飲み物にして、同じように作れば、食欲がなくても栄養が摂取できますし、食べやすいですよ?」

「なるほど……」


 ジークハルト様が食べたあと、他の人も交代で食べている。誰もがその冷たさと柔らかさに驚き、スライムゼリーとは思えないほどの美味しさに顔を緩ませていた。

 今日は父経由で、陛下をはじめとした王族たちにも、試作として提供している。これにOKが出れば、スライムゼリーを使ったレシピが貴族だけではなく、平民にも流れることになっている。

 安いし、すぐに増えるらしいのだ……スライムは。まるでどこぞの黒光りした害虫のように。

 なので、見つけたらすぐに討伐するように言われているし、スライムならば成り立ての冒険者や孤児も簡単に狩れるそうだ。なので、レシピの公開に踏み切った。


「少しでも、孤児たちの食生活が豊かになるといいのですけれど……」

「そこは陛下と宰相が考えることではあるが、大丈夫だろう。陛下も宰相も、孤児のことには胸を痛めているからな」

「そうですか……」


 父と一緒に、領地の孤児院に視察に行ったことがある。寄付するのは、現金ではなく生活必需品だ。もちろん現金を寄付する人もいるけれど、それは教会にお祈りに行った時に少量の金額を寄付するのであって、孤児院には勉強道具や食材、洋服などを寄付する人がほとんどなのだという。

 冒険者の中には孤児もいる。十五歳になると孤児院を出て働かなければならないから、剣や魔法が得意な子は冒険者になり、自分が採ってきた食べられる魔獣や食材を、育った孤児院に寄付という形で恩返しする子もいるそうだ。


 この世界に争いはないけれど、魔獣大暴走モンスター・スタンピードによって親を亡くしたり、親に捨てられたりする子どもたちがいる。

 我が領にいる孤児たちのほとんどは、魔獣大暴走モンスター・スタンピードで親を亡くした子ばかりだ。その子たちに文字と数字を教え始めたのが兄だというのだからすごいし、それを領地の政策として積極的に取り入れている父は立派だと思う。

 もちろん、どこに就職してもいいように、最低限の礼儀作法も教えているのだという。


 それはともかく。


「ミカ、またこのゼリーというのを食べたいぞ!」

「そうですね。明日のおやつに、また違う味のものを持ってきますね」

「おお、それは楽しみだ!」


 キラキラとした目でゼリーを食べたいというジークハルト様に笑顔を向けつつ、明日は何を持って行こうか、と考えるのだった。


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